第76回 木橋について:民間と行政、双方の間から見えるもの
はじめに:木橋という「難所」に挑む覚悟
――今回は「木橋」をテーマにお話を伺います。植野さんは富山に赴任される前、まさに木橋の分野に深く関わっていらっしゃいましたね。当時は「木橋技術協会」の会長も務められていたとか。
植野:そうですね。先日、国総研の木村所長も書かれていましたが、木橋は維持管理において非常に参考になる一方、採用する側やすでに管理している側には十分な木材の知識が不可欠です。能力や経験がない者が、中途半端な技術力で公共事業に手を出すのは非常に危険だと考えています。
植野:経験のない人は、無理して関わるべきではない。我々は、多くの方々の命を預かっているのですから。そういう方や企業は、必ずプロに相談して対応すべきです。
木橋との軌跡:10年を費やした技術基準の策定
――平成5年に始まった「木橋技術基準検討委員会」で事務局を務められたのが大きな転機だったそうですね。
植野:大正15年の内務省「木道路橋示方書(案)」以来、途絶えてしまった木橋の基準を現代版に改定する大仕事でした。林野庁との合同ということもあり、当初は「1年程度で」なんて言われていましたが、蓋を開けてみたら結局10年もかかりました(笑)。文献整理から始まり、様々な実験やモデル橋の設計・施工を行い、平成15年にようやく「木歩道橋設計・施工に関する技術資料」として世に出すことができました。
――当時は木材に関する専門の協会も少なかったと聞いています。
植野:全くその通りで、最初は木材の知識ゼロの素人でした。個別の企業にアンケートを出しても集まらなかったのですが、某業界新聞社の記者さんが各所に声をかけてくださり、勉強会を立ち上げることができた。それが後に「木橋技術協会」へとつながっていきました。あの時のご縁には今でも深く感謝しています。
――その中で見えてきた、木橋に関する最大の課題とは何でしょうか?
植野:大きく2つあります。ひとつは「一般の土木・橋梁技術者は木材の知識が不足している」こと。もうひとつは「木材関係者は構造物や橋梁に関する土木的知識が不足しており、建築のイメージで対応している」という点です。この乖離が非常に危うい。
現在の木橋を取り巻く状況と「近代木橋」の罠
――最近では「近代木橋」として、集成材を使った橋も増えています。環境意識やカーボンニュートラルの観点からも注目されていますね。
植野:そうですね。CO2を固定化した木造構造物を構築していくことは非常に意義深い。ただ、集成材やLVLなどの工業生産品を使った近代木橋であっても、自然素材である以上は劣化が激しい。鋼やコンクリートに比べて、点検や維持管理に相当な神経を使うことになります。
――特に材料選びや設計で気をつけなければならないことは何ですか?
植野:例えば、コスト面から輸入木材(外材)が使われることも多いですが、これが曲者です。国産材は外側から腐朽が進行するのに対し、外材の中には中心部から腐って外観からは分かりにくいものがある。さらに、水をいかに滞留させないかという「水仕舞」の配慮が不可欠です。これを怠ると、あっという間に劣化してしまいます。
植野:木橋は大きく分けると「純粋な木橋」「ハイブリッド橋」「疑似木橋(デザイン的に木に見せたもの)」がありますが、知識のないコンサルや行政はここを混同している。デザインばかりに気を取られて、材料工学や力学を軽視した結果、危うい構造物が世に出てしまうのが一番怖いところです。
カーボンニュートラルとこれからのインフラ
――SDGsやサステナブルといった文脈で、木材をインフラに活用する動きは今後さらに加速しそうですが?
植野:究極の循環型素材として、木材のポテンシャルは素晴らしいものです。適切に管理された木造建築や木橋はCO2の固着化に役立ちます。ただ、「メンテナンスフリー」という言葉に踊らされたり、面倒くさがるあまり維持管理を怠ったりしては本末転倒です。
植野:地方に行くと「とにかくコンクリート」となりがちですが、コンクリートも決してメンテナンスフリーではない。それぞれの材料の特質をきちんと理解した上で、適材適所で使うべきです。
おわりに:真の「プロ」に学ぶということ
――最後に、これからの土木界を担う若い技術者や、行政・民間の方々へメッセージをお願いします。
植野:技術において公平性はありません。条件は同じでも、知識、実績、能力は個人の努力によって全く違います。組織の中に閉じこもるだけでなく、外に出て本物の「プロ」や信頼できる先輩に教えを請い、裏を取る癖をつけてほしい。
植野:今の世の中は、他人のあら捜しや自己PRばかりが目につきます。そうではなく、将来を見据えて人を育て、構造物に対する責任感を持つこと。これを社会全体の課題として真剣に考えていかないと、取り返しのつかない事故につながる危険性があるということを、強く警鐘を鳴らしておきたいですね。
コメント