高速道路をはじめとする道路橋の大規模更新・修繕事業において、単純合成桁橋の床版取替えは実績が積み重ねられつつある一方、連続合成桁橋の床版取替えは手つかずのまま残されている現場が少なくありません。中間支点部における引張応力やひび割れ制御、プレストレス導入の有無など構造挙動が極めて複雑であり、設計・施工両面でのハードルの高さが大きな障壁となっていました。
こうした状況を打破すべく、土木学会 複合構造委員会の「床版取替えにおける既設合成桁橋の設計・施工技術に関する研究小委員会」(委員長:ものつくり大学・大垣賀津雄教授)は、複合構造レポート17『連続合成桁橋における床版取替え技術の現状と展開』を発刊しました。完全合成と非合成の中間に位置づけられる「弾性合成桁(不完全合成桁)」の概念を導入し、連続合成桁の更新を合理化する狙いについて、大垣委員長にお話を伺いました。
連続合成桁が抱える課題と「弾性合成桁」を提唱した背景
――本書を取りまとめた背景・動機について教えてください。
大垣賀津雄 委員長(以下、大垣):合成桁は古くから多くの研究がなされてきた構造形式ですが、体系的な技術成果が十分に集約されてこなかった側面があります。特に連続合成桁は、中間支点上のプレストレス導入の有無、ひび割れ制御の方法、さらには部分合成・断続合成・弾性合成など多岐にわたるタイプが存在し、その実態は技術者の間でも広く共有されているとは言いがたい状況でした。
現在進められている高速道路リニューアル工事において、連続合成桁は施工中および完成後の双方で特有の技術的課題を抱えています。既設構造の特性を正しく把握しないまま更新後の構造(合成桁化または非合成桁化)を決定してしまうと、無駄な補強が生じたり、無理のある設計・施工に陥ったりする恐れがあります。この問題を打破する切り札として着目したのが「弾性合成桁」という設計思想です。
――報告書の全体構成と具体的な狙いについてはいかがでしょうか。
大垣:本書は全6章で構成されています。
- 第1章:合成桁の概要
- 第2章:合成桁橋の床版取替え工事の実績調査
- 第3章:接合構造(プレキャスト床版間および桁・床版間)
- 第4章:床版取替えの概要と合成桁橋における課題
- 第5章:床版取替え時の主桁の補強法
- 第6章:合成桁の評価と弾性合成桁
巻末には、実際に床版取替えが実施された合成桁橋梁の調査データも網羅しています。
具体的な狙いの一つは、既設合成桁の弱点への対策です。合成桁は鋼桁部分(特に上フランジ)が薄く弱いため、床版撤去時の座屈リスクや、現行のB活荷重に対応しきれていない現状への手当をどう講じるかを整理しました。
もう一つは「ずれ止め」の問題です。プレキャストPC床版を用いる場合、接合用スリットや孔の寸法制約から十分な本数のスタッドを配置できず、道路橋示方書(道示)の規定を満足させることが困難なケースが出てきます。完全合成と非合成の中間領域を「弾性合成桁」として正当に評価・設計できれば、過密なスタッド配置や過大補強を抑え、施工性を大幅に高めることが可能になります。
「弾性合成桁(不完全合成桁)」とはどのような構造概念か
――弾性合成桁の基本的な考え方について詳しく教えてください。
大垣:弾性合成桁は、学術的には「不完全合成桁」とも呼ばれます。本来、完全合成桁は桁と床版が完全に一体化している構造、非合成桁は接合面で滑りが生じる重ね梁構造を指します。しかし、実構造物ではスラブアンカーなどが介在するため、非合成として設計されていても実態は合成桁に近い挙動を示すものが多く存在します。ただし、アンカーの剛性が低かったり付着が切れたりすると、完全一体ではなく「適度なずれ」を伴って変形します。これこそが弾性合成桁です。
専門的に言えば、「ばね定数を考慮した柔なずれ止めを用いる不完全合成桁の設計方法」となります。床版を連続させつつ、中間支点付近で床版と鋼桁の間にずれを許容することで、床版の引張応力を低減できます。また、正曲げモーメント区間でも柔なずれ止めにより不完全合成とすることで、桁端部に集中する水平せん断力を緩和できます。
――歴史的には古くから提唱されていた概念なのでしょうか。
大垣:約60年前に橘善雄先生が名著『連続合成桁橋』の中で提唱された構造概念です。当時は微分方程式を解く計算負荷が極めて高く、実務への適用は見送られて研究レベルにとどまっていました。しかし、現代の計算環境を用いれば合理的な設計計算が十分に可能です。床版更新時にずれ止めの本数や間隔に制約を受ける長支間橋梁において、この弾性合成桁の考え方を取り入れる意義は非常に大きいと言えます。
本書の第6章では、弾性合成桁の微小区間における変形と力のつり合いに基づき、基礎微分方程式を具体的に展開しています。評価指標として「フレキシビリティ定数(床版と桁のずれやすさを示す指標)」を用いれば、実態に即した合成度合いを定量的に判定でき、ずれ止め本数の最適化や鋼桁補強量の適正化へとつなげることができます。
床版撤去技術と主桁補強工法の最適解
――既設合成桁の床版撤去では、特に馬蹄型ジベルの切断・除去に苦慮する現場が多いと聞きます。
大垣:調査した既設合成桁橋梁の実績でも、桁・床版間の接合にスタッドを用いた橋梁だけでなく、強固な馬蹄型ジベルが用いられている橋梁が多く確認されました。撤去技術に関しては、標準工法に加えて、中央自動車道・落合川橋で採用された「サブマリンスライサー」や、阪神高速道路で適用された「Hydro-Jet RD工法」など、近年導入が進む新技術の適用事例を紹介しています。
――第5章で解説されている「主桁の補強法」のポイントは何でしょうか。
大垣:合成桁の最大のリスクは、「床版を撤去した瞬間、鋼桁単独の耐力が極端に落ちる」という点にあります。上フランジの圧縮座屈やウェブの横倒れ座屈への配慮が欠かせません。
補強のタイミングとしては、床版を撤去した状態で桁補強を行う手法を推奨しています。床版死荷重が作用していない状態で補強材を効かせることで、新設床版架設後の死荷重に対して高い補強効果が得られるためです。施工時の通行規制期間を短縮するためには、床版撤去前に補強材を仮止めしておき、撤去直後に本締めを行う手順が極めて有効です。
――具体的な補強部材の選定についてはどうお考えですか。
大垣:従来の当て板(鋼板添接)や外ケーブル補強に加え、炭素繊維補強(CFRP)の事例を提示しています。個人的見解としては、既設の鋼断面が薄く脆弱な合成桁に対して、新たなボルト孔を削孔する行為はできる限り避けたいところです。定着部が必要な外ケーブルや添接孔を要する鋼板よりも、母材を傷めず軽量に施工できる「CFRP貼り付け補強」が極めて有力な選択肢になると考えています。ただし、CFRPを母材と確実に一体化させるためには、既設桁の塗膜を確実に除去して適切な下地処理を行うことが大前提となります。
今後の展開:実証実験・解析と施工者への技術波及
――今後、橋梁更新に参入する施工者にとっても重要な指針になりそうですね。
大垣:これまで合成桁の床版更新をリードしてきた共同企業体は、PC専業と鋼橋ファブリケーターが強力に連携している体制が主流でした。しかし今後は、地方ゼネコンや中堅建設会社が単独で施工を担う場面も増えてくるはずです。鋼構造の精密加工に依存しないCFRP補強のような扱いやすい工法や、過度な補強を回避できる弾性合成桁の設計手法は、幅広い技術者にとって実効性の高い手引きとなるはずです。
今回の報告書は既往知見の整理と理論的枠組みの提示が主軸ですが、今後は学術機関(関西大学、大阪工業大学など)および橋梁メーカー有志と連携し、実構造物を想定した解析や載荷実験を通じて、弾性合成桁の実証データをさらに補強していく方針です。
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