グラウト充填調査は広帯域超音波法を用い、充填不足箇所にはPC-Rev工法を適用
NEXCO中日本 西湘バイパス滄浪橋で脱塩+表面被覆工による補修とグラウトの再注入を試験施工
NEXCO中日本東京支社は昨年12月、塩害による劣化が進む西湘バイパス滄浪橋の現場を公開した。表面被覆や電気防食などを過去にも施していたが、鉄筋の腐食やコンクリートの剥落が生じており、さらにはグラウトの充填不足が生じている個所においてPC鋼材の腐食も起きていたことから、現在は脱塩+表面被覆工による補修とグラウトの再注入を行っている状況だ。また断面修復にはデンカRIS322エースを用いている。(井手迫瑞樹)
海に隣接している滄浪橋(井手迫瑞樹撮影)
高波が生じた際は越波をかぶるほどの厳しい塩害環境
最大では12.5kg/㎥の塩化物イオンが検出
滄浪橋は橋長約2.7km(上下線別、合計では約5.4km)の240径間もの径間数を誇るPCT桁橋である。同橋を含む西湘バイパスの小田原IC~西湘二宮IC間は1971年4月28日に供用され、以来51年以上を経過している。海岸線から殆ど離隔は無く、飛来塩分どころか、飛沫をもろに受ける環境で、台風などによる高波が生じた際は越波をかぶるほどの厳しい塩害環境である。過年度に行った塩化物イオン濃度調査では、鉄筋位置でも1.2kg/㎥の鉄筋発錆限界値を優に超える箇所が多く2~5kg/㎥、最大では12.5kg/㎥の塩化物イオンが検出されている。同橋は被りも34mmと現行被り厚に比べて薄い状況である。さらにPC鋼材の深さ(コンクリート表面から76mm)にも発錆値を超える最大で2kg/㎥程度の塩化物イオンが検出されている。西湘バイパス(NEXCO中日本管理区間)全体の1km当たりの損傷個所数は220件にっており、これは少し山側になる小田原厚木道路に比べ約3.5倍の損傷個所数となっている。
滄浪橋の現地状況(NEXCO中日本提供資料より抜粋、以下注釈なきは同)
損傷状況
西湘バイパスの構造物の内訳/塩化物イオン量調査
損傷状況 表面保護工が劣化し、コンクリート剥落が生じている。電気防食箇所も鉄筋がさびており補修のための電流が流れていない状況である(井手迫瑞樹撮影)
これまでも電気防食など塩害対策を行ってきたが......
PC鋼材にも損傷 調査した2,204箇所中274箇所でグラウト充填不足
NEXCO中日本もこの状態に手を拱いているわけではない。開通から約20年たった1991年頃には、西湘バイパス全体で塩害が発生したため、断面修復と表面被覆工に着手、滄浪橋でも93年頃までに240径間全体で補修を終えた。しかし、それでも塩害は収まらなかった。記者も沖縄などで取材した経験があるが、こうした海岸部においてはサンドブラスト、直射日光(主に紫外線)、またコンクリートと塗膜間の付着力の低下(全ての部材を覆っていないため、毛細管現象により水分が吸い上げられ、さらに温度の上昇によって逃げ場がなくなった水蒸気が付着力の弱い箇所から塗膜を破壊する)により塗膜が劣化、摩耗、損傷するケースが少なからずあり、そうした箇所は塩害に対して無防備になる。そうして生じた塩化物イオン濃度が比較的高い箇所88径間について、03~13年に電気防食工(外部電源、チタンメッシュ方式)を施した。しかし、それでも塩害が収まらない箇所があることや、電気防食の受電設備の管理が難しいことから、19年より54径間の桁および床版に対して脱塩+表面被覆工を実施している状況だ(右資料)。
さらに、本橋ではPC鋼材に損傷があることが分かった。PC桁の損傷発生箇所近傍で選定した37径間(P8~P12、P17~21、P84~P99、P100~P104)の2,204箇所を広帯域超音波法および小口径削孔により調査した結果、274箇所(約13%)でグラウト充填不足があり、その一部では腐食が生じていた。広帯域超音波法は、シース直上のコンクリート面に一対の探触子を配置し、広帯域超音波を受発信して波形を収録するもので、得られた波形から、シース反射波の周波数特性を分析することでグラウトの充填状況を判定できるもの。
広帯域超音波法と削孔調査
グラウト充填不足には再注入が有効
試験的に行っているグラウト再注入は、PC-Rev工法を採用
滄浪橋建設当時のグラウト注入工は、①1999年頃に導入されたノンブリーディングタイプのグラウト材料が本橋では使われていないこと、②PC グラウト材料や施工方法、施工機械などに関する技術水準が未熟(現在ではポンプの改良や流量計の導入など充填性を担保した技術となっている )であり、先流れによる空気溜まりが多かった、③PC鋼材の径とそれを保護するシースの径の差が小さいことからグラウトが充填しにくい、こうした要因により充填不足箇所が生じたものと考えられる(右図)。
問題は同地が塩害箇所という事である。「幸いにして海砂は使っておらず」(NEXCO中日本)、内在塩分による劣化はない。温暖なため凍結防止剤の散布も少ない。しかし、塩分環境は濃密で、さらに上縁定着(旧JHでは平成6年以降原則禁止している)であることから路面からの塩分を含んだ水の影響を受けやすい。同橋は平成10年代後半まで床版防水は未設置であった。また、供用後50年が経過していることから、中性化が進んでいる個所もあり、これも塩分が浸透しやすい状況といえる。そのため今回、施工管理基準検討のため試験的にグラウト再注入を行っている。
グラウト充填調査から対策完了までのフロー
PCグラウト再注入工に用いるシステム
試験的に行っているPCグラウト再注入はPC-Rev工法を採用した。PC-Rev工法は構造物の負荷低減(削孔径の極小化)、空洞量推定の高精度化、グラウト充填性およびPC鋼材防錆性能の向上を図り開発された再注入用グラウト、スネークポンプを用いた真空加圧切替式注入、を特長とする工法で、既に44件の実績を有している。削孔径は僅かφ15.5mmであり、その孔を調査と注入に併用することができるため、80mm程度の従来の削孔径に比べて既設構造物への影響を必要最小限に抑えられる。また、開発した専用のシース開削治具により削孔部の外周に沿って切り込み開削することが可能だ。
削孔後は専用のシース管開削治具で調査・注入孔をあけ、空洞量把握を真空法によって行う。減圧した規準容器とシースをグラウトホースでつなぎ、真空化した容器に空洞内の空気を吸引し、圧力の変化を計測することで、空洞量を自動推定するものだ。計測は1箇所について3回行い、その計測値の平均で算出する。
空洞量推定後は、ヤード内でグラウト材を製造する。グラウト材は粉体と水、混和剤からなりシース内への再注入に特化した無機系グラウト材で、φ3mmの狭い隙間に対しても充填できる能力を有する。練混ぜ量は1回に付き11リットル程度。同グラウト材を真空状態で吸引させた後、スネークポンプによる加圧に切り替え、最初0.3MPa、次いで0.6MPaまで圧力を上げて注入していく。グラウトの注入が止まった時点で、空洞内の充填が完了したとみなす。これらは別途パソコンで管理しながら、自動的に施工する。
塩害対策は脱塩工法+断面修復材で対応
抜本的対策として架替えも選択肢ではないか
塩害による再損傷を抑制するため、内部に浸透した塩分を除去するため脱塩工法(『吸水マット工法』)を用いている。さらに鉄筋の防錆処置を施した後に、断面修復材(『デンカRIS322エース』)を用いている。断面修復材は予め脱塩による通電に対する安全性を確認した。また、表面保護工は剥落防止性能も兼ね備えた工法(『ボンドキープVMネットレス工法』)を採用している。
脱塩工法(吸水マット工法)/断面修復工(デンカRIS322エース)
表面保護工(ボンドキープVMネットレス工法)
NEXCO3社では『最新の知見を踏まえた更新事業などの追加』の議論において、中空床版等の路面陥没などへの対応、PC鋼材の腐食およびグラウト充填不足への対応、舗装路盤部の疲労破壊への対応の3分野が検討されており、滄浪橋の現場もその貴重な知見を得る場となりそうだ。また、滄浪橋に関しては、こうした塩害補修を行っても再度劣化した場合は、NEXCO西日本の阪和道松島高架橋のように、抜本的対策として架替えを選択することも真剣に考慮する必要があるだろう。
基本設計は中央コンサルタンツ。元請はオリエンタル白石、一次下請はデンカリノテック(脱塩)、Take(グラウト充填工)など。