風景の主役とスケール
橋を架けることは、その場所の風景を変える行為でもあります。そうであれば、前よりも良い風景にしたいですよね。
加藤誠平先生は、風景の観点から橋梁デザインのあり方を思考した著書『橋梁美学7)』で、橋梁デザインには「消去法」、「融和法」、「強調法」の大きく3つの方法があると述べています。雑駁に紹介しますと、消去法は、橋の存在を感じさせないようにすることで幅員の広さに対して橋長が短い橋などの場合に重要とし、強調法はこれといった特徴のない場所に新しい風景をつくる場合に用いるとしています。そして融和法は、全体の風景に対して橋を従的な存在としてデザインすることで、これが広範に用いられるべき方法だと述べています。
つまり加藤誠平先生は、まず風景の主役が何かを考えることが大切で、多くの場合、橋以外のものを主役にするのが良い。そして、その主役が引き立つように橋のかたちやスケールを考えることが大切だと指摘しているのではないでしょうか。
そこで、風景の主役を定めることと、風景のスケールを読み取ることに注目して、事例をもとに考えていくことにします。
風景の主役を定める―太田川大橋
設計チームの一員として関わった広島の太田川大橋8)は、太田川放水路という人工的な河川に架ける橋で、周辺は埋立地と、空間の履歴を読み取るのが難しい場所でした。このような場所で何を手がかりに検討を進めるのがよいのか、チーム内でかなりの議論をしたことを今でも覚えています。
結果として僕たちが選択したのは、架橋地から眺められる厳島を主役にすることでした。今でこそ、厳島は訪れる場所になっていますが、かつては上陸が禁じられた聖なる島で、遠くからその姿を遥拝する島でした。古くから大切にされてきた厳島と一緒に眺められるようにすることで、空間の履歴が薄い場所にふるさとの風景をつくることができるのではないかと考えました。厳島が主役ですから、それよりも小さい2連のアーチが並ぶような構造形式とし、歩道を海側に配置することで厳島と瀬戸内海を眺めながら歩ける道としています。
図-7 庚午橋からみた厳島と太田川大橋。橋を渡りながら眺めると、両者の見えがかりも変化する
(設計:エイト日本技術開発、協力者:イー・エー・ユー、空間工学研究所・二井昭佳)
図-8 桁下に配置した歩道部。瀬戸内の眺めが広がる
風景の主役を定める―天龍峡大橋
もうひとつ紹介したいのが、長野県飯田市にある天龍橋大橋です。設計はパシフィックコンサルタンツです。天龍峡は、天竜川の侵食によって造りだされた絶壁が約2kmにわたって続く、美しい峡谷で、国の名勝に指定されています。
天龍橋大橋に関わる資料9)をみると、渓谷の魅力を引き立て、渓谷の絶壁に工事の影響が及ばないように、アーチ支間・ライズ比1/11という国内で最も扁平なアーチ形状が採用されたことがわかります。加えて、桁下に遊歩道を設けることで、空中から天龍峡の風景を楽しむ新たな価値を創出するとともに、天龍峡にかつて架かっていた三代目の姑射橋(1932(昭和7)年竣工、鉄平石張りコンクリートアーチ橋)のイメージを継承して欲しいという地域の願いも受け止めていて、多面的な価値を創出する魅力的な橋です。
天龍峡を主役に据え、それに対して橋はどうあるべきか、どのような価値を創出できるのかを考え、橋梁の構想を練ったことで生まれた成果だといえるのではないでしょうか。
余談ですが、参考文献に記した国土交通省中部地方整備局の天龍峡大橋のウェブサイトは、設計の考え方や施工の様子が丁寧にまとめられていて素晴らしいなと思います。こういうわかりやすい情報発信が、橋の文化を支えていくのだと感じます。
図-9 渓谷にそっと掛け渡したようなシルエット(写真提供:西谷真吾氏)
図-10 「そらさんぽ天龍峡」と名づけられた桁下の歩道。絶景を楽しめる(写真提供:西谷真吾氏)
太田川大橋も天龍峡大橋も、橋以外のものを主役にしているわけですが、だからといって橋の魅力が減じているわけではありません。むしろ、そのくらいがちょうど良いバランスに感じます。これが、加藤先生の言う、融和法では風景に対して従的な存在として橋をデザインするのが良いとしている理由ではないでしょうか。
やや唐突ですが、だいぶ長くなってきましたので、今月はここまでとさせていただきます。来月は風景のスケールとして、クリスチャン・メン先生のガンター橋や島根県の新大橋を取り上げるところから始めます。
もしよろしければ、次回もお読みいただけると嬉しいです。
【参考文献】
1) たとえば桑子敏雄:環境の哲学―日本の思想を現代に活かす,講談社学術文庫,1999.桑子敏雄:空間の履歴―桑子敏雄哲学エッセイ,東信堂,2009.など
2) 山田裕貴ほか:西仲橋ー地域の歴史を継承し水辺の魅力を引き立てる橋,土木学会景観デザイン研究発表会講演集,No.10,2014.http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00897/2014/10-0385.pdf
3) 有江誠剛ほか:隅田川橋りょう(仮称)の形式検討と景観設計,橋梁と基礎,Vol.48,No.4,2014.
4) 二井昭佳:足元に宿る橋の品格,高速道路と自動車、Vol.61,No.3,2018.
5) ドイツ連邦橋梁建設賞HP:https://www.brueckenbaupreis.de/archiv/preis-2018/preistraeger-2018/
6) ハイルブロン市HP、ドイツ連邦ガーデンショー2019:https://www.heilbronn.de/umwelt-mobilitaet/gruenes-heilbronn/buga-gelaende.html
7) 加藤誠平:橋梁美学,山海堂,1936.土木学会附属土木図書館 戦前土木名著100書で読むことができます http://library.jsce.or.jp/Image_DB/s_book/jsce100/htm/095.htm
8) 二井昭佳ほか:広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技の概要と選定案の特徴,土木学会景観デザイン研究発表会講演集,No.6,2010.https://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00897/2010/pdf/B81A.pdf
9) 例えば国土交通省中部地方整備局 天龍峡大橋webサイトhttps://www.cbr.mlit.go.jp/iikoku/tenryu/