道路構造物ジャーナルNET

Vol.4  地域価値を高める橋を構想する―設計条件を考える(上)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.10.17

はじめに

 今回もご覧いただきありがとうございます。
 前回までは、「あらためて橋の目的を考える」と題し、「渡る」以外の橋の目的として10の例を挙げて、実際の橋とともに紹介してきました。その狙いは、橋の持つさまざまな可能性を広げることにありました。
 今回の原稿を書くにあたり、ふと思い立って道路橋示方書(共通編)を開き「1.3 設計の理念」を見てみると、橋梁設計で考慮すべき最初の事項が、「使用目的との適合性」となっていることに気がつきました。解説には「使用目的の適合性とは、橋が計画通りに交通に利用できる機能のことであり、橋の性能を全て包括する概念である(下線筆者)」とあります。渡ることが橋の第一義ではあるものの、使用目的に照らして必要な橋の性能をすべて含むと読むことができそうです。
 使用目的の適合性を判断するには、まず使用目的を決めることが必要ですよね。それは、橋の構想を練ることでもあります。そこで今回からは、「地域価値を高める橋を構想する」と題してお送りします。テーマが大きく手に負えるか不安ですが、これまで関わってきたプロジェクトの経験も踏まえながら、みなさんと一緒に考えていけたらと思います。

橋の構想を練る

 みなさんは、橋の設計に取りかかる際に、まずどのようなことに取り組んでいますか?
 現地に行ってイメージを膨らます、縦断図に橋の側面シルエットを描いてみる、地図を広げ架橋場所の特徴を探る、図書館に行って場所の歴史を調べる、設計条件を検討するなどでしょうか。何から始めるのかは、人によって違うかもしれませんが、上記のような作業を、同時進行的に、あるいはぐるぐると繰り返しながら、橋の構想を練っていく方が多いのではないでしょうか。僕もそのひとりです。
 もし、設計条件を確認したら、すぐにCADで図面を書いたり、構造計算ソフトを回すことが多いなぁと思う方がいましたら、ぜひこのぐるぐると巡る作業にチャレンジしてみてください。きっと今よりも、橋の設計が楽しくなると思います。
 なお連載では、構想を練っていく過程の作業を、文章の都合上、切り分けながら紹介していきます。ですので、取り上げる順番が構想を練る際の順番というわけではないことと、実際にはこれらの作業を行き来しながら構想を練っていることにご留意いただければと思います。

2種類の設計条件

 最初に取り上げたいのは「設計条件」です。設計条件は、ときに厄介な存在ですが、それが無ければひとつの形に決めることができない存在でもあります。僕は、設計条件には2つの種類があると思っています。ひとつは外から与えられる条件で、もうひとつは自ら設定する条件です。
 外から与えられる条件は、図-1の左側に記載したもので、橋として成立するためにクリアしなければいけない条件です。普段よく使う設計条件だと思います。それに対し、自ら設定する条件は、満足しなくても橋としては成立するけれど、地域価値を高める橋を目指すためには必要な条件です。
 というのも、外から与えられる条件の項目には、場所に関わる条件が不足しています。ですから、これらの条件だけで検討を進めると、似たような道路条件や河川条件であれば、場所の重要度や景観の特徴などと関係なく、同じような橋を構想することになってしまいます。
 地域価値を高める橋を目指すには、その場所ならではの条件を付け加える必要があります。その着眼点として、空間の履歴、場所の風景、人の活動、経済性の4つに注目して考えていきたいと思います。


図-1 橋梁設計における外から与えられる条件と自ら設定する条件

空間の履歴という概念

 哲学者で、多くの地域づくりに関わる桑子敏雄先生が提示した概念に「空間の履歴1)」という重要な考え方があります。よく見ないと気がつかないかもしれないけれど、どのような空間にも、それまでの人々の営みや思想、出来事が染み込んでいて、人々はそうした文化的な意味が蓄積された空間に生きていると、桑子先生は言います。それを「空間の履歴」と名づけ、それに意識を払って暮らすのか、そうでないのかは、ひとの人生の豊かさに大きく関わる。なぜなら、空間の履歴は、そこに暮らすひとの履歴も形づくるものだからだと指摘します。
 橋を架けることは、その空間に新しい履歴を追加する行為です。桑子先生の考え方を踏まえれば、そこに暮らす人々のアイデンティティに関わる行為だとも言えるでしょう。橋に限らず、建設という行為は、そういう責任を負っている。まずは、そのことに自覚的でありたいと思います。

空間の履歴と向き合うには

 さて空間の履歴と向き合うにはどうしたら良いのでしょうか。桑子先生の定義によれば、必ずしも物理的なものとは限りませんので、現地を見るだけではわからないものもあります。物理的なものであっても、空間が改変されることで壊されたり、隠されている場合もあるでしょう。
 ですから空間の履歴と向き合うには、場所の歴史や特徴を調べることが必要です。この場所はどのような成り立ちと特徴を持っているのか、周辺の街並みはどのように変わり今に至っているのか、水辺はどのように使われてきたのかなど、地域の歴史資料を読んだり、昔の写真を探したり、ときには住民から話を聞くといった作業を通じて把握していきます。
 ただ調査のための調査ではありませんので、あくまでも橋を構想するための手がかりを考えながら、調べていくことが大切です。

西仲橋での向き合い方

 具体的な取り組みの例として、東京都中央区の月島地区と勝どき地区に架かる西仲橋を紹介します。設計は、エイト日本技術開発+イー・エー・ユーで、僕は景観意匠検討委員会の委員長として関わりました。
 月島といえば、「もんじゃ」を思い浮かべる方が多いと思いますが、まさに西仲橋はもんじゃの店舗が並ぶ西仲通りが月島川を渡るところに架かる橋です。月島川は、隅田川から朝潮運河へと流れる、約500mの短い河川で、川幅は40m程度です。明治時代の造成によって生まれた川で、現在はコンクリート護岸ですが、その裏側には当時の石積み護岸が残っています。昭和30年代の先代の西仲橋の開通式の写真を見ると、お祭りと一緒にお祝いされている様子がわかります。その頃は、川沿いには木造の長屋や倉庫が並んでいましたが、その後、桜が植えられ、遊歩道が設けられました。
 ただ近年、勝どき地区を中心に敷地の集約化と建物の高層化が進み、空間の履歴が見えにくくなるとともに、両地区の特徴でもあるヒューマンスケールな街並みが失われていく状況になっていました。
 そこで西仲橋では、周辺が大きく変化するなかで変わらない価値をつくることが大切だと考え、空間の履歴をできるだけ可視化することを目指しました。つまり地区周辺の歴史・文化・雰囲気・イメージを大切にしたデザインにすることをコンセプトの最初に掲げ、それに沿って側面形状や橋面のデザイン、石積護岸の再利用など具体的なデザインに反映させています。詳しいデザインの特徴は、参考文献2)をご参照いただければと思います。


図-2 ヒューマンスケールな水辺の雰囲気を引き継ぐ

図-3  水辺の情緒を引き出す橋の側面形状とライトアップ

築地大橋における向き合い方

 ふたつめの事例は、80年以上に渡り隅田川の第一橋梁だった勝鬨橋の下流部にかかる築地大橋です。設計は、大日本ダイヤコンサルタント(当時:大日本コンサルタント)です。皆さんもご存知のように、隅田川には永代橋や清洲橋といった関東大震災の復興橋梁群を始め、錚々たる橋が並んでいます。その新しい第一橋梁ですから、やりがいの一方で、プレッシャーも相当のものだっただろうと思います。
 当時の検討過程をまとめた資料3)を見ると、設計にあたり5つのコンセプトがたてられています。その最初に挙げられているのが、「新技術の適用など、隅田川橋梁群の知的伝統を受け継ぐ橋」です。これは、橋梁群の設計思想という空間の履歴を引き継ぐという向き合い方を示したものだと言えるのではないでしょうか。未来の隅田川にかかる橋にも引き継ぐことができる素晴らしい向き合い方だと思いますし、実際にできた橋は、見事に隅田川橋梁群の知的伝統を受け継いでいると思います。


図-4 洗練されたシルエットの築地大橋

さまざまな向き合い方

 紹介したふたつの事例はどちらも特殊では? と感じた方が多いかもしれません。確かに、空間の履歴を読み取るのが難しい橋のほうが多いですよね。ただ空間の履歴との向き合い方は、必ずしも大きな物語である必要はないと思います。地形の改変をできるだけ抑える、橋のたもとの木を守る、これらも空間の履歴ときちんと向き合った大切な成果ではないでしょうか。
 前者でいえば、新東名の佐奈川橋を見た時、橋自体の美しさにも感動しましたが、それと同じくらい、その足元にも感動しました。竹割り型土留め工法と呼ばれる基礎形式と、地形のかたちに合わせて切土面を細かく分割することで、できる限り樹木を残すとともに、元地形のかたちがほぼ保たれていたからです。別の雑誌4)に書いたことですが、こういう姿勢、つまり空間の履歴との向き合い方が橋の品格に関わるのではないかと感じます。


図-5 新佐奈川橋の足元(2014年撮影)。今はかなり馴染んでいるのではないだろうか

 後者として例に挙げるのは、ドイツ・ハイルブロンのネッカー川に架かるブライヒンゼル橋(Bleichinselbrücke)です。シュライヒ・アンド・バーグマンによる設計で、2015年に竣工しました。2018年のドイツ連邦橋梁建設賞5)を受賞していて、そのデザインも大変魅力的で、別の機会にまた紹介したいと思います。
 この場所は、かつてクレーンや造船施設などがあった川港でしたが、2019年の連邦ガーデンショーによって、エリア一帯が公園や住居として生まれ変わりました6)
 写真を見ると、橋のたもとの大きな樹木をはじめ、元から存在する樹木を丁寧に残し整備していることがわかります。完成してから4年ほどしか経っていないにも関わらず、場所に風格が感じられるのは樹木の効果が大きいと思います。
 このように考えると、空間の履歴は、橋そのものだけでなく、施工の影響範囲や前後の道路など周辺も含めて捉えることで、デザインの工夫の幅が広がりそうです。


図-6 ブライヒンゼル橋。写真右の橋のたもとの大木が橋の魅力を高めている

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