―スイス・フランス・日本の事例―
超緻密高強度繊維補強コンクリートによる橋梁の補修・補強
コサカ設計・アソシエーツ代表
(J-テイフコム施工協会理事)
上阪 康雄 氏
3.日本におけるUHPFRC(J-テイフコム)の開発と施工例
日本において研究開発が先行していたのは、2004年に土木学会より発刊された“超高強度繊維補強コンクリートの設計・施工指針(案)”に含まれる材料であったが、指針は熱養生を標準としており、現場での適用は不向きであった。そこでブリュービラー教授の助言を受けながら、札幌の寒地土木研究所、当時筆者が在席していた長崎大学、それに2,3民間会社の協力を得て、国内材料を使用してのUHPFRCの開発が進められた。2013年にはブリュービラー教授を札幌・東京に招き、日本製UHPFRCを見てもらったとき、この材料はまさにThixotropic Hardening Impermeable Fiber reinforced Cementitious COMpositeだと呼ばれ、ここにJapan-THIFCOM(J-テイフコム)が誕生した.この材料はJ-Tミックスセメント、鋼繊維(メゾおよびマイクロ)、J-T混和剤、水から成り、この材料の特長は、超緻密・高強度で流動性と材料分離抵抗性に優れ、かつ粘性に対する時間依存性を保持する(チクソトロピー性)ことで急勾配への対応が可能、さらに現場練りが可能で水中打設もでき、遮塩性・遮水性が必要な構造物の補修や外面保護に適することである。この材料についての詳細は、J-テイフコム施工協会ホームペイジ(j-thifcom.com)を参照されたい。
床版補修材料・防水材料としての一般的な材料特性試験に加えて、重要なのは輪荷重走行試験機による上面増厚工法の照査である。そこで損傷した既設床版に疑似したRC床版供試体を製作し、予備試験で下面に曲げひび割れを発生させた後、輪荷重走行部上面をウオータージェットで20mmはつり取り、J-テイフコムで補修した。走行試験状況を図-14に、載荷プログラムを図-15に示す。試験は寒地土木試験所で実施され、初期値120 kNから200 kN まで段階的に荷重を増加させて、150 kNに換算した走行回数が200万回に達するまで続けた。その結果、試験後もJ-テイフコムとRC床版との付着性能は極めて良好であり、補修層周りのRC床版上下面には多数のひび割れが見られるにもかかわらず、補修層にはひび割れは無く除荷後の残留変位は1mmと高い変形性能を示し、この補修工法の高い疲労耐久性が示された。
J-テイフコムを使用した最初の床版補修対象橋は、札幌郊外の厚別川に架かる建設後50年が経過した道路橋(4径間単純鋼鈑桁橋、長さ112m・幅6.8m・床版厚16cm)であり、舗装除去後の床版上面には凍害損傷、下面には湿潤した遊離石灰を伴う亀甲状のひび割れも数多く見られた。2014年10月、交通を迂回路に導いた後、対象橋の舗装を撤去、床版上面の脆弱化したコンクリートをウオータージェットで除去した。設計はつり厚は20mmであったが、凍害損傷が著しく平均で35mmのはつりとなり、J-テイフコム層施工も平均35mmとなった。橋台背面で練り混ぜた材料は、小型ショベル運搬車で打設位置に投入し、片側車線をガイドに沿って振動敷き均し機を移動させることで、残留気泡の除去と平坦性を実現した(図-15、図-16)。本材料は高流動性で自己充填性能を有するので、狭隘部や過密鉄筋部位への施工は容易であった。また補修後は、貫通ひび割れ位置においても高い遮水性能が確認されている。
J-テイフコムによる床版補修は、その後全国へと伸展している中、京都府舞鶴の道路橋では、補修の前後で効果確認試験が実施されている。この橋は1962年に建設され、1982年に拡幅がなされた2径間単純合成鈑桁橋(長さ49.8m,幅11.75m,床版厚18㎝)であり、補修は2017年5月に行われた。本橋は海岸線に近く潮汐の影響を受けるとともに、大型車混入率が高いことから、床版上下面の劣化が顕著であった。そこで、単なる床版補修にとどまらず、一定の補強効果も期待できる対策として、上面20mmをウオータージェットで撤去し、本材料に置き換える工法が選定された。施工は車線ごとに3回と拡幅部1回に分け、車線規制をして行った。先ず50mmの舗装と上面コンクリート10mmを切削し、残り10mmの上面をウオータージェットではつった。練混ぜは近くの駐車場で行い、そこから小回りの利く小型運搬車で現場に運んだ(図-17)。振動敷き均し機による締固め後にコテ仕上げ、珪砂散布、シート養生の順で進めた。全面の本材料施工を終えた後、専用の舗装接着剤を塗布し、アスファルト舗装を敷設した。
本工法による補強効果を検証する目的で、補強前後の床版および主桁の変化に着目した大型車(25.5 tf)載荷による試験を実施した(図-18)。この効果確認試験の結果は、常岡信希氏のH30年度近畿地整研究発表会イノベーション1部門報告もしくは筆者の橋梁と基礎2020年8月報告を参照されたい。
RC床版に加えてJ-テイフコムのニーズが高いのは、主桁端部に取り付ける耐震デバイスとしての鋼製ブラケットへの適用である。従来はコンクリート主桁に貫通穴をあけて、両側から固定していたが、主桁端部は鉄筋配置が蜜であり、また図面通りでない配筋が多く、デバイスの確実な固定は困難を極めた。一方、コンクリートへの付着性能および耐久性に優れたJ-テイフコムを充填剤に用いた取付け工法(図-19)は、大阪工業大学の定着デバイス破壊試験において良好な結果を示し(図-20)、施工の簡便さも相まって、全国の高速道、地方道橋梁への適用が順調に伸びている。
以下に、実橋梁への適用例をいくつか示す(図-21)。
その他、J-テイフコムは、橋脚、コンクリート桁、支承台座などにも使用されている。以下にこれまでの施工実績を図-22、図-23と図-24、図-25に示す。図-23の塩害を受けたRC桁に対しては、スターラップ・下側鉄筋をはつり出し、型枠を組んだ後に、J-テイフコムを充填した。
4. あとがき
本稿では,主として床版補修に対して開発されてきたスイスのUHPFRCと、スイスに学び、床版をはじめ多方面への適用を果たしてきた日本版UHPFRCであるJ-テイフコムについて、材料の概要および適用例について述べた。本材料は床版に加え、劣化の進んだ上・下部工・付属物への適用にも効果的であることが実証されてきている。しかしながら新しい材料であるため、その設計・施工に当たっては注意が必要である。本材料の設計施工に関しては、2022年(一財)災害科学研究所において、設計・施工マニュアル(案)が示されており、J-テイフコム施工協会に問い合わせて頂きたい。なお、本年8月25日(金)には、大阪大学中之島センターにおいて、ブリュービラー教授、松本高志教授らによるワークショップが開催される予定である。(一財)災害科学研究所からのお知らせをお待ち頂きたい。
最後に前述のJ-テイフコム設計・施工指針(案)作成にあたってお世話になった松井繁之大阪大学名誉教授、松本高志北海道大学教授、それにブリュービラーローザンヌ工科大学教授に感謝を申し上げる。なお、第2章の図・写真はブリュービラー教授のご提供、第3章の図・写真はJ-テイフコム施工協会の提供によるものである。