⑤洗掘リスクに対する河川橋りょう基礎の維持管理
JR西日本リレー連載 鉄道土木構造物の維持管理
西日本旅客鉄道株式会社
鉄道本部 構造技術室
基礎・トンネル構造 担当課長
濱田 吉貞 氏
衝撃振動試験で橋脚および基礎の健全度を判定
(4)衝撃振動試験
衝撃振動試験法5)は、橋脚などの構造物に直接衝撃を与え、その際の応答振動を用いて構造物の固有振動数を測定し、それを指標として橋脚および基礎の健全度判定を行うものです。この調査方法は維持管理標準3)でその試験方法が示されており、鉄道における橋りょうおよび基礎の定量的な健全度判定方法として広く定着しています。 基礎の健全度を固有振動数によって判断する原理は、構造物が健全で安定しているほど、く体や基礎の支持剛性が高いという考えに基づきます。すなわち、桁および橋りょう上部重量を1質点とし、く体の曲げ剛性も含めた基礎の水平支持剛性をバネとした1自由度系モデル(図5)を仮定すれば、この系の水平振動における固有振動数は、質点重量が同じならバネ剛性が高いほど大きくなります。逆に言えば、固有振動数が低くなることはバネ剛性が低下、すなわちく体剛性または基礎の支持剛性が低下していることを示すので、いずれにしても構造物としての健全度が低下していると判断することになります。これによって、地中や水面下を目視できなくとも、基礎も含めた橋脚の健全度を定量的に判定することができるというものです。 衝撃振動試験6)の基本的な方法は、まず振動測定機器を取り付けた橋脚の天端部を約30kgの重錘によって水平に打撃し橋脚の水平振動を計測します。そして、得られた振動波形を高速フーリエ解析することで卓越振動数を求め、これを固有振動数として健全度判定の指標とします(図6)。
図5 固有振動数による橋脚の健全度判定の原理
図6 衝撃振動試験の概要(上)および「IMPACT」による結果出力(下)
打撃による橋脚の振動は微細なため高感度の測定機器を用いますが、そのため測定される振動波形データには、同時に周辺ノイズ振動の影響も多く含まれ、実際の測定においても、フーリエ解析で複数の卓越振動数スペクトルが出現するため、固有振動数の判定に苦慮することが多々あります。(公財)鉄道総合技術研究所が開発した衝撃振動試験システム「IMPACT」は、打撃入力時刻をトリガーに複数回の打撃測定記録を同期し重ね合わせた合成波形をフーリエ解析することで、時刻的にランダムに発生する周辺ノイズの影響を相対的に弱めながら、打撃による応答振動をより励起させることで、必要とする固有振動数を得やすくできるシステムで、当社はじめ多くの鉄道事業者において、橋脚の定量的な健全度判定ツールとして用いられています。
構造物として劣化や変状の発生が無ければ、固有振動数の変化も基本的には生じないため、初回検査あるいは健全時に測定した固有振動数と比較して値が大きく低下してなければ健全な状態を保っていると判断できます。過去の固有振動数の測定記録が無い場合は、維持管理標準3)で示される鉄道橋りょう橋脚としての標準値算定法で得られた値との比較によって、測定した橋脚の健全度をおおよそ判定することになります。
なお、固有振動数による橋脚基礎の健全度判定方法としては、常時微動の記録から固有振動数を同定することを目指した研究開発が各方面で行われています6)7)。周辺環境からの作用による非常に微細な振動を扱うため、衝撃振動試験よりもさらノイズ振動の影響を受けやすく、固有振動数の同定には非常に高い解析技術が求められるものですが、重錘による打撃の作業を必要としないことから、遠隔モニタリング技術とあわせて、河川増水時における運転規制および規制解除に必要な安全確認を、適切かつより速やかに行える可能性が期待されています。
4 橋脚基礎に対する補修・補強対策
橋脚安定を維持向上させる対策工としては、橋脚周りの河床に捨石やコンクリート等を敷設する「根固め工」や橋脚フーチングの周囲を杭や矢板等で囲む「締切工」などが、橋脚周りの河床侵食を防止する方法として広く用いられます(図7)8)。過去にはフーチングを拡大して基礎の安定性を向上させる「はかま工」(図8)が講じられた橋脚も多くありますが、河積阻害の理由等であまり適用されなくなっています。
図7 根固め工(左)および締切工(右)の例
図8 はかま工の例 / 図9 「シートパイル基礎」の概要
また、締切り鋼矢板とフーチングを剛結することで、基礎の安定を大きく向上させる「シートパイル基礎」9)(図9)が開発されています。シートパイル基礎とは、フーチング周り四方全面を鋼矢板で囲んだうえで、あらかじめ溶接した穴あきジベル鋼板を介して、鋼矢板とフーチングを結合させる(図10)ことで、橋脚の地盤への定着を強固なものとする基礎構造です。砂質土が卓越した良好な地盤であれば、高い耐震性能が杭基礎よりも低コストで実現できることから、直接基礎と杭基礎との中間的な基礎構造として位置付けられており、高レベルな耐震性能を要する鉄道橋りょう新設で適用されています。
図10 鋼矢板とフーチングの結合
また、既設橋脚のフーチングを拡幅しつつ鋼矢板と結合する仕様設計も整備されており、橋脚基礎の耐震補強工法としても適用できます。鋼矢板と基礎地盤の摩擦によって鉛直支持力が大きく向上することから、当社では河床掘下げに伴う橋脚基礎の保全対策としてシートパイル基礎を適用し、施工しているものがあります(図11)。
図11 既存橋脚補強としてのシートパイル工法の施工
コンクリートブロック等による根固め工は施工性に優れていますが、増水でブロック下の河床が吸い出されてブロックが不同沈下すると、かえって洗掘を促進させてしまうことがあります(図12左)。また締切工については、施工後もその近傍で洗掘や河床低下が進行することがあります(図12右)。計画時に施工範囲を広くする(橋脚く体面から橋脚幅の約2倍以上の範囲とするのが望ましい)ことで、橋脚基礎の安定に対するリスクを低減できますが、根固め工や締切工が実施されている橋脚では、これら対策工の状態が健全であることを確認することは、検査における重要な着眼点の一つといえます。
図12 根固め工の不同沈下(左)および締切工周りの洗掘(右)
これらの対策の他、橋りょうからやや離れた上流側または下流側に堰堤や落差工を設けることで、橋脚周りでの河床勾配を緩めて流速を遅くし、河床の侵食を抑制する等の対策もありますが、河床を大規模に変更する工事でもあり、橋りょう側の対策として実施される事例は少なくなっています。
5 おわりに
連載第5回となる本稿では、広く鉄道の河川橋りょう基礎の維持管理について、近年頻発する豪雨増水に対する鉄道事業者の取組みや技術について紹介しました。明治期から至って現在もインフラとして機能している数多くの「古い」鉄道橋りょうを、将来も永く健全に保ち続けること、そして忘れたころに突然やってくる自然の脅威にも正しく向き合い、その備えに万全を期すことが土木技術者の大きな使命と考え、鉄道の安全と持続のため日々取り組んでいきます。
参考文献
1) 鉄道に関する技術上の基準を定める省令:平成13年国土交通省令第151号
2) 施設および車両の定期検査に関する告示:平成13年国土交通省告示第1786号
3) 鉄道構造物等維持管理標準・同解説(構造物編)基礎構造物・抗土圧構造物:国土交通省鉄道局監修、鉄道総合技術研究所編、丸善、2007.1
4)鉄道河川橋りょうにおける基礎・抗土圧構造物の維持管理の手引き:国土交通省鉄道局監修、鉄道総合技術研究所編、2021.6
5) 西村昭彦・棚村史郎:既設橋梁橋脚の健全度判定法に関する研究、鉄道総研報告Vol.3、No.8、pp.41~49、1989
6)欅健典・内藤直人・渡邉諭:外乱作用下における河川橋脚の常時モニタリング、土木学会論文集F4、Vol.75、No.1、pp.24-37、2019
7)吉岡延明・濱田吉貞・金哲佑・北川慎治・矢尾博信:常時微動の計測による河川内橋脚の固有振動数算出に関する研究、土木学会全国大会第76回年次学術講演会Ⅵ-888、2021
8)近藤政弘:わかりやすい土木講座「施工編」⑮橋りょう4洗掘防護工、日本鉄道施設協会誌、Vol.52、No.3、pp.74~77、2014.3
9)鉄道構造物に適用するシートパイル基礎の設計・施工マニュアル(第3版):(公財)鉄道総合技術研究所・(株)大林組・新日鐵住金(株)、2014.3