⑤洗掘リスクに対する河川橋りょう基礎の維持管理
JR西日本リレー連載 鉄道土木構造物の維持管理
西日本旅客鉄道株式会社
鉄道本部 構造技術室
基礎・トンネル構造 担当課長
濱田 吉貞 氏
1 はじめに
鉄道における橋りょうの多くは、明治から昭和初期および高度経済成長期の路線網拡大時期に建設され、100年以上にわたって供用されているものもあります。その間には地震や台風といった自然災害を直接的に経験したものも多く、橋りょう自体の劣化の有無にかかわらず、周囲の地形や環境が建設当時とは大きく変化したことで、橋りょうとしての性能に影響が生じたものも少なくありません。特に河川橋りょうでは、建設時と現在とで周辺地形や河川流路が大きく変わったものも少なくありませんが、平面線形の変更が道路と比べて容易でない鉄道では長年、鉄道事業者の手によって検査や修繕が定期あるいは不定期に施され、線区需要や河床など周辺の変化に対しても、必要により橋脚や橋台を補強しながら、多くの橋りょうでその位置や姿を維持し続けています。本稿では、近年多く発生する異常増水に対する、河川橋りょうとりわけ橋脚基礎の維持管理について紹介します。
2 鉄道橋りょう基礎の維持管理における現状と課題
橋りょうを含め「線路」に含まれる構造物に対しては、省令等1)2)で2年ごとの定期検査が義務付けられており、維持管理標準3)で構造物の検査を図1のように分類し、このうち「通常全般検査」をこの定期検査に位置付けています。加えて、新設あるいは架け替え、大規模な補修や補強を行った構造物については、工事完成時の状態および健全度を把握する初回検査を行うことが示されていますが、特に供用期間中の周辺環境変化がその性能に影響される河川橋りょう基礎の維持管理では、当初の状態を把握する初回検査は重要といえます。
図1 鉄道構造物における検査の分類
橋りょう下部構造物は、桁などの上部工や列車を支え、地盤に安全かつ適切に荷重を伝達する役割を担うものです。橋脚本体や桁等の上部構造物は地上にあるため、目視でその状態を把握することは比較的容易ですが、基礎は地中にあるためその状態を直接目視で確認することは困難といえます。加えて、明治から昭和初期にかけて建設された多くの鉄道橋りょうは、当時の技術的な背景のためか河川内橋脚でも基礎の根入れが浅いものも多く、河床の変化に対する支持力の感度が大きいにもかかわらず、常に水面下にある河床を目視で確認することは非常に困難です。近年ではゲリラ豪雨ともいわれるような集中豪雨が各地で増加し、鉄道河川橋りょうが河川の異常増水で流失し、地域の交通が長期にわたり遮断される事象が発生していますが、流失には至らずとも、増水によって橋脚周りで洗掘が急速に進み、基礎地盤の支持力が低下することによって橋脚が傾斜あるいは沈下し、列車が運行できなくなる事象もしばしば発生しています。
近年の鉄道橋りょうの被災状況を受けて、現行の維持管理標準3)を補足するものとして、「鉄道河川橋りょうにおける基礎・抗土圧構造物の維持管理の手引き4)」が2021年6月に公開されました。この手引きでは、河川増水による河床の変化がもたらす橋りょう基礎の変状に対し、過去の発生事例とそれを防止するための保守の勘所や対策が具体的に示されています。
レール上を高速走行する列車にとって、軌道の変位は安全に大きく影響します。数センチの軌道変位でもそこを走行する列車が脱線する恐れがあるため、軌道を支える橋りょうについても、供用中に有害な沈下や傾斜を生じさせない維持管理が安全確保上求められます。特に河川橋りょうは橋脚および基礎が常に流水作用を受けるため、降雨による増水等によって橋りょう周辺で河床の洗掘や侵食が発生する等、基礎地盤の劣化リスクが常在します。このため鉄道では、河川水位が一定以上上昇すれば、列車の運転を規制して安全確保を図る一方、維持管理の営みとしては、後述する検査等によって目に見えない橋脚基礎や河床の状態を定期的に把握しつつ、洗掘や河床低下が生じあるいはその恐れがある場合には、橋脚の安定を維持もしくは向上させるため補修や補強対策を講じることとなります。
3 洗掘リスクおよび基礎の健全度を調査する方法
橋りょう基礎の検査では、構造物の地中や水面下での状態を確認する必要があり、直接目視が困難な条件の克服が大きな課題となります。特に河川橋りょうでは、周辺環境の変化や増水等による澪筋の変更など河床地形が比較的短期間で変化するため、基礎の健全度低下も短期間で発生することがあり、実際明治期から戦前にかけて建設された橋りょうでは、建設時からの河床環境の変化によって、現在の澪筋上にあるにもかかわらず基礎根入れがほとんど無いような橋脚も存在します。そういった橋りょうでは、これ以上の洗掘や河床低下が健全性に対する大きなリスクとなるため、維持管理標準等3)4)においても、地中や水中にある橋脚基礎の健全度低下予兆をとらえるための検査および調査の技術手法がいくつか示されています。
(1)洗掘リスクを判定する採点表
維持管理標準等3)4)では、これまでの鉄道橋りょうにおける被災事例の分析をもとに、洗掘を受けやすい橋りょうを抽出するための採点表(表1)が示され、鉄道では広く活用されています。
立地環境および周辺の地形や河床の状態などをもとに河川内の橋脚をそれぞれ採点し、その点数によってそれぞれ橋脚の増水時における洗掘リスクの有無を判定するもので、各評価項目には洗掘被害への影響を考慮してそれぞれ配点が設けられており、全項目の合計点が110 点を下回ると「洗掘リスクがある橋脚」と判断し、より詳細な調査や対策を講じる必要があると判断されます。また、表の点数欄に「◆」がついている項目は、単独でもそれに該当すれば洗掘されやすいと評価すべきと判断され、点数にかかわらず注意を要する橋脚として管理することとなります。当社では、主な河川橋りょうの橋脚に対して採点表を作成し、110点を下回ったり、「◆」がつく橋りょうに対しては、必要により河川水位に対する運転規制値を定めるとともに、より詳細な調査や対策検討を行うことで、列車の安全確保をしています。
表1 洗掘を受けやすい橋脚を抽出する採点表
(2)河床調査における洗掘深計測
洗掘リスクに対する調査で最も重要なことは、橋脚基礎の根入れ状態を把握することで、そのためには橋脚周りの河床の高さを確認する必要があります。多くの鉄道事業者では、河川橋りょう近傍の河床高さの分布を計測し、過去の記録と比較することで橋脚周りの根入れの変化を把握し、基礎の健全度低下につながる洗掘や河床低下の有無を確認することを目的に、全般検査または随時検査における調査の一つとして河床調査を実施しています。
河床調査の主な方法として、橋脚周りの複数地点で「洗掘深計測」を実施しますが、その最も一般的な方法として「レットロープ測定」があげられます(図2)。これは、先端に錘のついた目盛付きロープ(レットロープ)を、水面あるいは橋上から河床高さ測定位置に落とし、錘が着底した状態で張ったロープの目盛を読むことで、予め図面等で把握している橋脚基礎高さに対する河床高さを、直接的に測定するものです。橋上から調査でき、作業も容易なことから広く用いられますが、測定環境によっては流水や強風の影響でレットロープが撓む等による測定誤差が生じる欠点があり、やや作業に熟練度が求められます。
図2 レットロープ測定
最近では超音波やレーダーを用いて水深をより正確に測定できる測深機が普及し、洗掘リスクが高い橋りょうに対しては、後述の桁下水位モニタリング技術などもあわせて実施することで、より広範で精度の高い管理ができるようになりました(図3)。ただし、非接触の測深機は、濁った水では音波が河床に到達せず測定困難となることが多いため、流水が比較的濁っていない河流の穏やかな時期に調査することが望ましいとされています。
図3 船上から測深機(写真中央)を用いた河床調査
当社においては、洗掘リスクの高い橋りょうに対しては特に、通常全般検査とは別に毎年梅雨前の時期に随時検査として、レットロープや測深機を用いた河床調査を行っています。
(3)桁下水位のモニタリング
河川の流量が増加すれば基礎の洗掘リスクも高くなります。それだけでなく、河川が異常増水して水位が桁の高さに達すると、強い流水圧が桁に作用し、あるいは上流からの流下物が桁に衝突する等によって、橋りょうが転倒し流失する恐れもあり、近年の豪雨による鉄道橋りょうの被害は大部分がこのメカニズムによるものです。そこで主な河川橋りょうでは橋脚に水位標を設置し、必要な時は現地で係員が目視で監視を行い、水位が桁に迫れば運転規制を行う等で安全を確保しています。最近では橋りょう付近にモニターカメラを設置したり、桁下に超音波式水位計を設置して水位を常時計測したりする方法もあり(図4)、WEB等を介して情報を常時共有し、係員を現地配置せず遠隔で水位を監視する方法も普及しており、当社でも多くの主要な橋りょうにおいて実施しているところです。
図4 水位標による水位監視(左)および超音波式水位計(右)