■はじめに
コンクリート構造物の長寿命化の必要性に鑑み、近年、代表的な劣化因子である水や塩化物イオンの侵入抑制が期待される種々の表面保護工法[1]が広く適用されています。写真-1は、波浪時に水圧、砂利による摩耗、大きな玉石による衝撃を受けやすい寒冷地沿岸部の道路橋の橋台にウレタン製の表面被覆材が施工された事例です。水や塩化物イオンの侵入抑制効果に加えて、弾力性に富み、伸び性能も高く、部材の形状が複雑でも施工できる長所を有しています。
一方で、寒冷地では写真-2に示すような表面被覆材の損傷事例も確認されています。表面被覆材に剥がれや浮き、裂きといった損傷が発生すると、場合によっては、コンクリートの劣化予測の見直し、ライフサイクルコストの修正を余儀なくされます。
写真-2 表面被覆材の損傷事例(寒冷地の道路橋)
技術相談を受けたこのような事例では、厳格な品質管理のもとで製造され、各種の基準値(例、耐薬品性、透水阻止性、伸び性能…)を満足する製品が採用されているわけですから、表面被覆材の素材の欠陥が問題視されるケースは極めて稀です。大抵、議論されるのは、設計(例、施工方法、材料選定…)や施工後の環境についてで、特にウレタン製の表面被覆材とコンクリートとの付着強度を低下させる要因の一つに水があげられます。図-1に示すように、施工時のコンクリートの表面水分率が高いと付着強度は低下することが広く知られています[2]。
図-1 施工時の表面水分率と付着強度の関係([2]を加筆修正)
しかしながら、実際の現場で求められる合理的かつ実用的な施工方法、表面被覆材の損傷に及ぼす施工後の環境の影響に関する知見などについては不明な点が多くあります。著者もその答えを求め、北海道開発局の協力を得ながら調査・研究を行っていますが、本稿では、その一例についてご紹介します。
■表面被覆材の損傷に及ぼす施工後の環境の影響
調査場所は、北海道神恵内村沿岸に立地する192本の直立型消波擁壁の脚柱です。写真-3はその全景です。この消波擁壁は1988年に建設されました。幅500mm、奥行き700mmの脚柱が700mm間隔で設置されたスリット状の構造で、写真-4に示すように、打ち寄せられる波を擁壁内に吸収させることで越波による路面冠水を防ぐ役割を担っています。ここでは波や玉石による脚柱の侵食・損傷の防止を目的に、建設から3年後の1991年12月、海面近傍(写真-3の白線で囲った範囲)にウレタン製の表面被覆材が施工されています。
写真-3 直立型消波擁壁の全景(北海道神恵内村)
写真-4 擁壁内の様子
20年経過後の2011年、脚柱の海側と内側(図-2)における表面被覆材の損傷状況とその形態を調べました。損傷形態は変状なし、端部剥がれ、浮き、裂き、消失の5種類に分類することとしました(写真-5)。なお、1つの脚柱に複数の損傷形態が確認されたときは、双方の形態をカウントしています。
調査に先立ち、写真-3に向かって後方の覆道に近い脚柱から順に1から192の通し番号を付け、それぞれの脚柱から水辺までの距離を調べました。図-3はその結果です。写真-6、7からもわかるように、海から打ち寄せられた玉石が多く堆積している脚柱は、被水を受けにくい環境にあります。
図-3 脚柱から水辺までの距離
写真-6 水辺までの距離が長い脚柱の周辺状況/写真-7 水辺までの距離が短い脚柱の周辺状況
図-4は目視調査の結果を示しています。
はじめに、海側の結果について説明します。脚柱全体に占める変状なし、端部剥がれのみ発生、浮きのみ発生の割合はそれぞれ約15~20%でした。裂きのみ発生、浮きと裂きがともに発生の割合は約3%で、前者に比べると割合は小さい一方で、消失の割合は約40%と高い値が示されました。表面被覆材は脚柱に鉢巻き状に施工されていますので、端部剥がれや浮きだけではなく、裂きが発生しないと消失には至りません。このため、表面被覆材に裂きが発生した後、その裂きが進展して消失に至る現象が起きていると考えられます。また、特徴的な傾向としまして、変状なしは水辺までの距離が長い脚柱番号1~50、消失は水辺までの距離が比較的短い脚柱番号101~192に多く集中していました。
次に、内側の結果を説明します。なお、脚柱番号21~30は内側の表面被覆材が玉石で全面が覆われており、観察が困難なため調査は行っておりません。脚柱全体に占める変状なしの割合は約40%で、海側よりも大きな値が示されました。端部剥がれのみ、浮きのみ発生の割合はともに約5%で、海側に比べると明らかに小さい結果となっています。このことは、波浪作用による表面被覆材端部の損傷や、端部からの水分侵入に起因する付着力の低下が、端部剥がれや浮きに至るプロセスの一つであることを示唆しています。裂きのみ発生、浮きと裂きがともに発生の割合は1~5%程度と少なかったものの、消失の割合は高い結果となりました。この傾向は海側と同様でした。
海側と内側を比べますと、変状なしは内側が、端部剥がれや浮きは海側の方が割合は多く、海側よりも比較的緩やかな環境の内部は損傷が進行しにくいと言えます。一方、消失の割合は海側、内側とも約40%と高い値を示しました。海側で発生した消失に繋がる裂き傷が側面を経由して内側にまで伝播したことで、表面被覆材全体が消失に至ったと考えられます。
図-5は、脚柱から水辺までの距離・部位と損傷発生割合の関係を示したものです。ここでは距離7m(脚柱番号1~50)、2.5m(脚柱番号100~175)、1m(脚柱番号176~192)の3区間について整理しました。距離1mは海側、内側とも100%で、損傷形態は全て消失でした。割合は距離が長いほど、また、海側より内側の方が小さく、水の影響が大きいことが定量的に明らかとなりました。加えて、現場は寒冷地ですので、表面被覆材の背面へ侵入した水が膨張収縮挙動を繰り返す凍結融解作用によって背面組織が凍害劣化し、損傷が拡大したことも考えられます。
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