普及に向けて
けい酸塩系表面含浸材を現場で使用すると、あくまでも一例ですが、図-5~9のような結果が得られます。けい酸塩系表面含浸材は、コンクリート組織の固化を図る目的で選定するのが適当と言えます。塩化物イオンの侵入に関しては、和歌山県内で13年間行われた暴露実験でも同様の知見が報告されています[9]。塩化物イオンの侵入抑制を期待するのであれば、前報「実環境でのシラン系表面含浸材の効果の持続性について考える」でもお話しましたが、シラン系表面含浸材の選択が適当と言えます。
以下、要望したい点を示します。
図-7で圧縮強度、静弾性係数が増進した結果を示しましたが、無塗布の圧縮強度は45~50MPa、静弾性係数は約30GPaです。一般に道路橋で使用されるコンクリートの設計基準強度を十分上回る値です[10]。「塗布するとコンクリート組織が固化されます」とけい酸塩系表面含浸材の特徴を熱心にPRしても、構造物の管理者からの「強度は十分出ているのに、なぜ、けい酸塩系表面含浸材を塗る必要があるのか?」との質問の答えにはなりません。「供用中、凍害によって桁を支持する橋座面の弾性係数が経年低下することのないよう、予防保全のために使用」(写真-1)、「劣化が著しくひどくなければ、コンクリートに発生した耐久性に影響する微細ひび割れの充填に有効」[11]など、けい酸塩系表面含浸材がどのように役立つのか、管理者の立場に立った説明が求められます。
近年、コンクリートの保護材料は数多く開発、販売されています。構造物の管理者も同じく、多数の保護材料の中から最も適切な工法を選択します。けい酸塩系表面含浸材の更なる普及には他の保護材料とどこが違うのか、優位性は何か、といった明瞭な説明が必要です。
実験により、新たな技術の特徴を明らかにすることは、もちろん大切です。しかし、メーカーにとってもユーザーにとっても特徴の把握はゴールではなく通過点であり、ニーズが合致してこそ採用、普及に繋がり、技術が活かされるのではないでしょうか。メーカー、ユーザー、研究機関が議論を重ねることで課題を明確化、解決し、より効果的な技術の開発、普及に繋げていく取り組みがますます重要です。
【参考文献】
[1] 土木学会:けい酸塩系表面含浸工法の設計施工指針(案)、コンクリートライブラリー137、2012.7
[2] 北海道開発局道路設計要領、第3集橋梁、第2編コンクリート、参考資料B
[3] 遠藤裕丈、島多昭典:寒冷沿岸域に5年間暴露したけい酸塩系表面含浸材塗布コンクリートの性能評価、土木学会第71回年次学術講演概要集(V部門)、2016.9(本原稿執筆時点(2016.6)では投稿中)
[4]-実例で見る思想と実践- コンクリート構造物の補修・補強、(株)産業技術サービスセンター、pp.225-228、2016.3
[5] 気象庁アメダス
[6] 林田宏、田口史雄、嶋田久俊:超音波伝播速度測定における実コンクリート構造物の凍害深さ推定について、コンクリートの凍結融解抵抗性の評価方法に関するシンポジウム、pp.71-76、2006.12
[7] 堀宗朗、多田浩治、斎藤裕、三浦尚:細孔構造の変化に着目したコンクリートの低温劣化の診断法の基礎的研究、コンクリート工学年次論文集、Vol.13、No.1、pp.723-728、1991.
[8] 遠藤裕丈:凍結融解と塩化物の複合作用によるスケーリングに対する耐久性設計法に関する研究、北海道大学学位論文、2011.3
[9] 宮島英樹、近藤拓也、佃洋一、宮里心一:13年暴露したけい酸塩系表面含浸材の性能に関する一考察、第15回コンクリート構造物の補修、補強、アップグレード論文報告集、pp.7-12、2015.10
[10]北海道開発局道路設計要領、第3集橋梁、第2編コンクリート、第2章
[11]名和豊春、鈴木美樹、長沼洋:高浸透性コンクリート表面改質材、月刊ファインケミカル、Vol.35、No.4、pp.5-12、2006.4
【遠藤 裕丈 氏のコンクリート構造物報文シリーズ】
「シラン系およびけい酸塩系表面含浸材の適切な使い方」
「実環境でのシラン系表面含浸材の効果の持続性について考える」
「凍害に対するコンクリートの耐久性設計の課題と展望」