PCグラウト充填不良対策は防錆剤入りを慎重に検討
中空床版橋の補修に関して検討中
――それでは次に、橋梁研究室で研究中の動向について、お聞きしたいのですが
長谷 昨年も紹介しましたが、PCグラウトの充填が不十分な箇所への再注入工法やPC桁の残存プレストレスの評価方法、コンクリート中空床版橋の打換えに関する設計・施工方法について研究を進めています。
――打換えというと具体的には
長谷 既設の劣化が生じているコンクリートをウォータージェットではつり、補修材で打換えるものです。断面修復の比較的規模の大きなものですね。全断面修復もありますが、基本的には上層側の劣化した部分を打換えるものです。(概要は下図参照)
――材料はどのようなものを用いるのですか
長谷 施工条件や規模に応じてモルタル、コンクリートが使用されます。
――グラウト再注入は、昨年度のインタビューで2020年度の改定に間に合わせたいとおっしゃられていましたが
長谷 現在、NEXCOの施工管理方法として性能評価試験法を検討しました。基準にするためには、実橋の施工実績が少ないことから実橋の試験施工を踏まえながらフォローアップを行う予定です。一方で、一般社団法人プレストレスト・コンクリート建設業協会(以下「PC建協」という)から『プレストレスコンクリート構造物補修の手引き「PCグラウト再注入工法」2020年4月』(以下「手引き」という)が発刊されています。PC建協の手引きは、変状の確認されたPCグラウトの充填不良に対して、PC鋼材の調査から再注入を行うまでの手順をしめした技術資料として作成されています。
NEXCOの高速道路では、PCグラウトの設計・施工技術が比較的古いPC橋の維持管理において、長期保全対策として予防保全的にPC鋼材のグラウト充填状況を調査し、必要なグラウト再注入を計画的に実施していくこととしています。また、高速道路では凍結防止剤を散布する路線が多いことから、PC鋼材の腐食抑制対策としてグラウト材に防錆剤を混入して再注入を設計・施工する場合があります。そのため、NEXCOの施工管理方法として防錆材を混入した場合にも適切に評価できる試験法の案を提案しています。(概要は下図参照)
――防錆剤とはどのようなものを指すのですか
長谷 グラウト再注入において、塩害の影響を受けたPC鋼材に対して、グラウト材料に亜硝酸リチウム、イオン交換樹脂、塩素吸着剤などの防錆剤を混入させるもので、防錆剤を混入するとPCグラウト材を評価するレオロジー特性(物質の変形と流動に関する物理学的特性、この場では固体と液体の中間的特性をもつ複雑な物質が注入の際にどのような特性をを示すか、という意味)に及ぼす影響が異なることから、その再注入グラウトの材料と施工性能を評価するために品質管理の基準試験方法を提案したものです。
残存プレストレス量評価方法 コア応力解放法の適用精度を確認済み
表面ひずみ法は引き続き研究を進める
――残存プレストレス評価方法の研究状況については
長谷 これまでの研究ではコア応力解放法がある程度精度よく使えるということを確認しました。また、表面ひずみ法については、東京理科大学(加藤佳孝教授)、飛島建設㈱、東電設計㈱との共同研究を引き続き進めています。表面のひずみとひび割れの開閉を計測することで、プレストレス量を推定する方法です。(概要は下図参照)
――大規模更新における床版取替では、継手の様々な合理化はもちろん、NEXCO中日本金沢支社で見られるように縦締めPCによる床版の一体化といった手法も採用されています
長谷 現場に応じて様々な継手方法や縦締めなどが採用されていることは承知しています。今後の実施動向を踏まえて、性能照査方法について検証していくことを考えています。
縦締めによるプレキャスト床版の継手施工。間詰部が極小化される(井手迫瑞樹撮影)
――NEXCO3社の保全事業部の幹部の方も言われていましたが、現在は比較的現場も少なく、各社はエース級の技術者を配置しています。しかし、今後ピークを迎えるとそうした慣れている技術者が足りなくなり、不慣れな技術者が配置されていく可能性もあります。それまでに床版取替の現場に応じたある程度の標準化を総研で示すようなことは考えないのですか
長谷 各社での現場での蓄積をフィードバックし、完全な標準化は難しいまでもモデルケースの提示ができないかを模索していく必要はあると考えています。今後は現地に人が足らず、とりわけ熟練労働者の確保が難しくなる局面も考えられます。生産性向上の観点からは、熟練度が低い作業者でも安全・確実に施工が可能で、現場で行う作業量を減らせる施工方法、品質確保方法がこれから求められると思います。
――金沢支社は壁高欄までも一体化したプレキャスト部材を標準的に採用していました
長谷 各社とも橋面上でリニューアル工事をやる規制日数や規制時間を極力抑えたいと考えており、その結果として壁高欄一体型のプレキャスト床版が採用されているのだと思います。総研としてはそうした新しい技術や提案が耐久性を満足しているのかどうか確認できるようなシステムを作っていく必要があると考えています。
壁高欄一体型プレキャストPC床版(井手迫瑞樹撮影)
既設橋の地盤と基礎杭の連成作用を考慮した耐震照査方法を検討
同照査方法により信頼性を確保し基礎の保有性能に期待
――耐震補強関連では
長谷 既設橋の基礎工の耐震照査を行う時に地盤や杭の地震時の連成作用を実験的に確認し、その結果から耐震性能照査において、合理的な設計照査を行う方法を提案するための研究を行っています(概要は下図参照)。
――耐震補強分野では各社とも厳しい状況にあります
長谷 高速道路ではランプ橋など橋梁と道路が交差する箇所は狭小な場所が多く、耐震補強を行うにも施工ヤードを確保しづらいなど苦労しながらの施工を強いられます。合理的な耐震性能照査を行うことで信頼性を向上させ、そのうえで、補強規模が縮小できることも確認できれば、管理者としてもメリットが出てくると考えます。
――耐震照査法の標準的なものができれば、コンサルタントも設計しやすくなりますね
長谷 耐震性能照査では、コンクリート杭の耐荷力を定量的に評価することや地盤と杭の相互作用による状況を再現したばねをモデル化し、それを組み込んで照査することで合理的な耐震性能照査が可能となり、耐震補強設計の合理化にもつながります。
――設計の負担を軽減するというよりは施工の負担を軽減したいということですか
長谷 既設橋において、最新の耐震基準で耐震性能照査を行うと、大規模な補強が必要となる場合があります。そこで、既設杭の耐荷性能や地盤と杭の相互作用を評価して合理的な照査を行うことで、補強量を軽減できる場合があると考えています。性能評価方法が明確になれば設計の信頼性が向上します。
――たしか、JR総研がそうした研究をかなり前にまとめていますよね
長谷 はい。鉄道などでは、既往の研究にもありますが、高速道路橋の既設橋の場所打ち杭に対しても、今後の研究において、可能な範囲で合理的な耐震性能照査法を提案できればと考えています。
――ありがとうございました
(2020年7月29日掲載)