道路構造物ジャーナルNET

画期となる技術追求しミッシングリンク解消を 

阪神高速・幸社長インタビュー 自分で橋を造って走りたい

阪神高速道路株式会社
代表取締役社長

幸 和範

公開日:2016.09.26

常にあたらしいものを
 料金施策実現のためにもミッシングリンク解消したい

 ――社長就任に当たってもその経験を生かしていかれるとは思いますが、就任の抱負について
 幸 当社の企業理念は「先進の道路サービスへ」となっていますが、最後の「へ」が大事であり、ベクトルはそっちですよ、というのを「へ」で示しています。先進というのは常に革新していかなければならず、新しいものを求めていく。それは道路サービスにつながる全てのものに対してです。このことをしっかりと実現していくというのが私の役割だと思います。


企業理念と経営方針

 今年度のスローガンの中に「新たなステージに前進」という言葉がありますが、それを受けて「阪神高速グループビジョン2030」を作りました。ビジョンの基本的位置づけの中に「徹底したお客さま目線で」というキーワードがあります。この言葉と「先進の道路サービスへ」は、実は同じ意味を持っています。「徹底した」という言葉には深い意味があり、社員は実践を通じて確認、理解していくことが大切だと考えています。
 ――具体的な経営目標などは
 幸 当面重要な課題は、関西圏における高速道路ネットワークを賢く使う料金施策を実現することです。首都圏では新たな料金体系が今年4月1日にスタートしました。関西圏でもどのような形になるか国土幹線道路部会で検討中ですが、提言がまとまれば、それに基づいて国や地方と協議しながら進めていくことになると思います。我々の収入の大半を占めるものですし、「先進の道路サービスへ」という、お客さまへの価値の提供という意味で非常に大事なことです。関西圏の高速道路ネットワークの現状はとても「使いやすい」とは言えません。料金施策を実現するためにも、ネットワークのミッシングリンクを解消しなければならず、課題を共有しながら、我々のできる範囲のことをしていきたいと考えています。正式な組織ではありませんが、ボランティア的な参加を含め湾岸線技術調査室というのを作っており、若手中心に解析、構造技術、材料、施工などの勉強をしてきています。それらを核にしながら、いざという時にはすぐにでも立ち上がれるようにと考えています。


阪神高速道路および周辺道路のネットワーク

チャレンジングな新規プロジェクト
 大阪湾岸道路西伸部、淀川左岸線延伸部

 ――それは大阪湾岸道路の西伸部や淀川左岸線の延伸部に対しての準備ですね 
 幸 大阪湾岸道路は長大橋梁、淀川左岸線は大深度地下といずれもチャレンジングな現場であると認識しています。こうした新しい取り組みは、これまでも我々と施工会社を核とする民間団体(橋建協やPC建協など)、そして大学がうまく連携しながら新しい課題に取り組んできました。しかし、関西では新しい道路プロジェクトが無くなって久しく、阪神大震災からも20年以上経ちます。このような状況において、長大橋の技術一つとしても、技術力が維持されているのかを不安に思います。昔流のやり方が必ずしも良いとは言えませんが、従来で言う産官学が連携できるような場を構築する必要があると思います。もし当社が事業主体として任せてもらえるのであれば、全力を挙げて取り組みたいと考えています。
 ――事業量の縮小により、民も疲弊しています 
 幸 業界的には、維持修繕にシフトしており、新設分野での解析、施工や材料技術の研究をあまり耳にしません。誰かが問題提起し、解決していく必要があります。
 ――ある意味、こうしたプロジェクトにより人材を育てていくしかないのではないでしょうか。以前、鋼橋疲労分野の大家と言われる人と話したことがありますが、「俺は本四(の建設事業)に育てられた」と仰られていました。藤野(陽三)先生や渡邊(英一)先生、松井(繁之)先生のような先達者に頼りつつ、次代を担う若手研究者を育てる。それが維持管理にも役立つのではないでしょうか
 幸 当社に関係のある先生方にも、「大阪湾岸道路西伸部事業が現実味を持ってきた。情報を出してもらい、学生達に伝えたい。そうすると各学生の目の輝きが違ってくる」と言われています。新しいプロジェクトをこなしながら人を育てることが必要です。
 ――西伸部は3連の斜張橋などのモデルも見たことがあります。どうせなら吊橋で飛ばしてほしい所ですが
 幸 斬新なだけでは困るわけですが、車が通れる機能だけが確保できましたでもだめです。材料、施工技術、解析、景観形成、都市計画上の機能などについて画期となるものを追求していく。そうした観点から橋梁形式を決めていく必要があると思います。

西船場JCT なにわ筋・中央大通り交差部で桁架設
 550㌧クレーンを使って夜間に工事 

 ――一方で大規模更新・大規模修繕事業についてはどのように進めていきますか
 幸 西船場JCT拡幅事業において、8月6日の深夜に一部拡幅桁の架設が実施されました。街の中心部(なにわ筋と中央大通り交差部直上)で550㌧クレーンを使用して桁を架設しました。大規模かつ街中での架設ということで、最大限の注意を払いながら施工しました。今後、このような施工が大規模更新・修繕事業として実施されていくことになります。



西船場JCTの拡幅事業

 また、大規模更新事業には、大阪の湊町での鋼製フーチングの取替というテーマがあります。市街地の真ん中に設置された地下街との一体的な構造物であり、道路だけでなく地下街の一部改造を考慮しなければならない難しさがあります。現在、内部調査を実施していますが、錆の程度が思っていたよりは軽いということが分かってきています。調査結果を踏まえてすべて取り替えるという当初方針のままで良いのか、再度検討を実施しています。


湊町の鋼製フーチング内部状況

 ――大規模更新には喜連瓜破(付近のPC橋の架け替え)のような事業もあります。
 幸 インハウスエンジニアリングがプロとしての識見を発揮しなければ進まない仕事です。構造計画だけでなく、現実に生きている交通をどうさばきながら進めるか。どこまで現場線形をいじめて良いのか。高架下の街路も含めて、街の機能を左右する重大な仕事です。


喜連瓜破付近の橋の中央部の沈下

溶接部からUリブに進展したき裂

 そういった状況を如何にして我々がお客さまや住民の方々に丁寧に説明し、納得していただけるかが課題です。技術屋だけで進められる仕事ではありません。用地や広報など各セクションの専門家が実力を発揮しなければ事業は進まないと考えています。
 構造物を単に造るという新設全盛の時代から、既存の構造物を更新、修繕することで新たな時代に向かっての価値を作っていく、泥臭いですが面白い仕事だと思います。

自治体等の道路管理業務を積極的に受託
 将来は関西圏の自治体等管理道路橋の保全業務のコア組織に 

 ――最後に、阪神高速道路の収益の多様化について。コアはもちろん料金収入でしょうが、それ以外にどのような分野を伸ばそうと考えていますか
 幸 阪神高速道路に接続している他の道路や有料道路の管理を積極的に受託しています。大きな収入を得ることを目的としているわけではなく、関西の道路ネットワークを如何に効率的に運営していくかを考えたとき、我々が持つ道路管理体制を有効に活用すべきであろうという認識のもとに積極的に受託しています。赤字では事業の実施自体が困難となりますので、最低でもトントン、できれば少しプラスぐらいを目指しています。事業実施にあたっては、要求された仕様に飽き足らず、安全、安全、快適な道路の実現に向け、さらにレベルアップさせた提案をしています。これまでの阪神高速の経験をもとにした現実的かつ実現性の高い提案であり、結果、委託者からは、阪神高速に任せて非常に良かったという高い評価を毎年のように受けています。
 ――今、受託している道路は
 幸 大阪府と奈良県の道路公社の有料道路、大阪市の港湾道路です。自治体側も自分たちが管理している有料道路の管理部門(公社等配属の人員)を解放して、一般道路の管理業務に充てたいという大きな流れがあるようです。我々には、その受け皿になるという大きな責任があると考えています。
 また、平成26年度からは道路法改正により、橋梁やトンネルなど道路構造物について、5年に1回の点検が義務付けられました。しかし自治体では実施が困難ということもあり、当社のグループ会社が主になって、阪神高速道路沿線都市の橋梁の点検と維持修繕計画の策定を行っています。
 こうした状況を踏まえて、昨年、維持点検機能の強化のために、同分野に定評のある内外構造㈱(大阪市)を子会社化しました。将来的には点検・維持管理における関西での組織体を我々が中心になって構築し、長寿命化修繕計画の提案までやっていきたいと考えています。現在、MEC(Maintenance Engineering Community)活動を平成17年から実施しており、沿線都市のインハウスエンジニアリングの維持管理の意識も相当高まってきていますので、我々の役割は一層大事になってきていると考えています。

モロッコやケニアで事業推進
 ニンジャテック(特殊高所技術)など技術移転

 ――海外展開は
 幸 8月8日から約2か月間、モロッコ王国の高速道路会社の技術者を3人受け入れています。これはJICAの海外技術移転プログラムの一環で、特に橋梁の点検維持管理のノウハウ習得とニンジャテック(特殊高所技術)の技能資格の取得を目的としています。それらの技能とノウハウを習得し、自国での橋梁や送電線鉄塔などインフラの点検を実施していく考えのようです。
 この業務を請け負うに至った経緯については、昨年、モロッコを訪れた際に建設されたばかりのコンクリート斜張橋の現場を見たのですが、日本の標準からみると施工品質が相当低い。出来形から施工の状況、安全対策などすべてにおいてです。施工中の安全確保の不十分さなどは、それぞれの国の価値観によるものでしょうから、それは横に置いておくとしても、構造物は100年先もそこにあり続けなければならないのに、ひどい状況で放置される。エンジニアとして黙っておれないという思いから、モロッコの現場技術者や高速道路会社のトップに対して、少なくとも橋の供用開始前に点検し、初期記録を残しておかないと次の手が打てなくなると伝えました。


モロッコ国営高速道路会社とのMOU締結

 すると、「どないしたらええんや」と言われまして(苦笑)。モロッコはインハウスに管理技術もなく、点検維持管理に長けた国内業者もいない。そこで、出来うる方策を考えましょうということで、ニンジャテックも含めた点検技術の移転を提案し、実行に移しています。今後、我々も技術移転だけでなく、資本的なコラボレーションを展開するなど次のビジネスにつながるかもしれないと考えています。



ニンジャテックの指導

 一方で海外のコンサルタント事業も積極的に展開しています。過去5年間で約5億円の売り上げがありますが、特にこの1,2年は売り上げが急伸しています。ケニアでは昨年度から7年契約のプロジェクトが現在進捗中で、我々の役割は新設道路の調査と将来のメンテナンスを考えた道路設計へのアドバイス、施工管理、維持管理のマニュアルづくりを請け負っています。また積算体系の確立、ケニアの技術レベルを考慮した管理手段と構造物管理シート、管理項目の制作、長期にわたってのインハウスエンジニアの訓練といった業務も行っています。これについても技術協力的な側面が強く、コンサルタント業務で大きな利益を上げようということではなく、また、そういうことをやるべきではないとも考えています。
 ――JH試験研究所長などを歴任した方に聞いたことがありますが、いわゆる発展途上国の土木エンジニアという人々は上層子弟が多く、20年先を見据えるとその人材パイプは非常に重要になるということです。もちろん技術者として指導者になることもあれば、政治家に転身し国そのものの指導者になる人材もいる。将来的には利益を生み出すかも知れませんね
 幸 当社では、JICA専門家として社員をケニア、エチオピア、マラウイなどへ派遣し、技術支援や能力強化を実施してきたほか、ケニア、エチオピア、チュニジア、モロッコなどにおいて道路・橋梁の設計・維持管理に関するコンサルタント業務を受注、実施してきました。中には社員が大統領(ケニアのケニヤッタ大統領)から表彰を受けたケースもあるなど、能力強化の成果の大きさや業務成果の品質の高さなどについて、各国・各部局から高い評価をいただいています。業務を通じた人的つながりもより強くなり、また拡大してきており、こうした太いパイプはわが社にとって非常に大切な財産であると感じています。今後は、人員をある程度拡充し、海外での都市高速道路インフラの建設・管理技術の向上に寄与していきたいと考えています。
 ――ありがとうございました

【記者の目】
 温厚で親分肌、これは印象通り。しかし、印象的な現場はどこかという質問に、巨大な構造物をどのように建設したかではなく、どのように付近に住む市民と対話し、納得させながら建設を進めたか、ということを挙げたのは面白かった。本文中でも述べていたが、父も国鉄の技術者で京都大学では橋梁耐震の研究も行い、入社後も様々な現場を経験し、エンジニアとしてもトップレベルであるにも関わらず、である。技術に対するパッションはこのインタビューでも節々で感じ取れるが、それだけではなく心に橋を造る技術こそ重要視されていることが分かる。今後大阪湾岸道路西伸部や淀川左岸線延伸部、大規模更新・大規模修繕事業などをこなしていかなくてはならない。幸社長の指揮のもと、素敵な構造物と街づくりが進んでいくことを期待したい。(井手迫瑞樹)

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