道路構造物ジャーナルNET

―スイス・フランス・日本の事例―

超緻密高強度繊維補強コンクリートによる橋梁の補修・補強

コサカ設計・アソシエーツ代表
(J-テイフコム施工協会理事)

上阪 康雄

公開日:2023.06.01

1.はじめに

 筆者は国道、高速道路、地方道、鉄道など、数多くの橋梁の劣化・損傷に出会い、それらの橋の補修・補強対策に関わってきた。その中でも強く印象に残っているのは、山形県・秋田県を通る国道7号および新潟県・富山県を通る国道8号に架かるコンクリート橋・鋼橋の塩害対策である。多くのコンクリート橋では主桁の断面補修や表面塗装がなされていたものの、再劣化が顕著で、交通の安全性を守る早急の対策および架け替え検討が求められるケースもあった。そこで筆者が願ったのは、より耐久性の高い断面補修材料の採用であったが、2005年当時の補修材料、例えばポリマーセメントモルタルは、10-20年寿命を延ばす程度で、補修後100年の担保は無理であった。

 2010年、筆者はIABMAS会議京都2004でお会いしたスイス・ローザンヌ工科大学のブリュービラー(Bruehwiler) 教授を訪ねた。そこでは超高性能繊維補強コンクリート(UHPFRC)に関する興味深い研究がなされていた。本稿では、そこで進められた興味深い開発と、スイス・フランスの橋梁への適用、さらに同教授の指導・助言を契機として、我が国で進められてきたUHPFRC (J-テイフコム)の開発と適用例について述べる。

2.スイス・フランスにおけるUHPFRCの開発と施工例

 ローザンヌ工科大学(EPFL)は、世界の名門校(THE2023の41位)であり、ブリュービラー教授は、1995年に世界に先駆けて構造物補修工学(MCS, Maintenance, Construction and Safety of Structures)研究所を設立、補修材料・補強技術・モニタリング等、多岐にわたる研究を進めておられる。その中で筆者が注目したのが、補修材としてのUHPFRCの開発と道路橋への試験施工であった。その材料の特徴は、現場練りが可能でミキサー車での搬送ができること、超緻密で水や塩化物イオンを遮断し現場施工の防水層として機能すること、圧縮強度に加えて優れた引張強度と変形能を有すること(ひずみ硬化変形能が収縮範囲より大、図-1)、自己充填性を有すると共にチクソトロピー性も有し横断勾配にも対応できることなどである。

 この材料を用いた最初の試験施工は2004年10月,スイスのSION飛行場近くの地方道にて行われた.対象橋は長さ10m、幅6.5mのRC橋であり、凍結防止剤による塩害によって床版下面の鉄筋が腐食露出し地覆部にもひび割れが見られた。対策は片側の地覆を撤去した上でプレキャスト桁を1本、さらにUHPFRC地覆を追加して車道幅を5.90mから7.00mに拡幅 (図-2)、それから事前にWJ処理された床版上面に30mmのUHPFRC層を打設して一体性・耐久性を付加した。なお床版上のUHPFRC敷設は、ミキサー車と熊手・コテによる人力施工によった(図-3)。この橋の補修では、床版下面のひび割れ・鉄筋露出はモニタリングを兼ねてそのままにされた。その後19年が経過した現在、下面はそのまま乾燥状態が保たれ劣化の進展は全く見られない。

 その後スイスでは、セメントメーカー数社によってこの新材料の改良が進み、適用は道路橋・鉄道橋・建築の分野まで広く浸透している。その中で筆者が出会った歴史的道路橋のユニークな補修技術を紹介したい。

 1925年にロバート・マイヤール(Maillart)が設計し施工されたヴァルチール橋は、スパン長43.2m・車道幅3.0mのRC橋であり、1930年に施工されたサルギナトーベル橋(90.04m)とともに、奥深い山間部の渓谷にあるにも拘らず、橋梁デザイナー・マイヤールの代表作として、我が国からの訪問者も後を絶たない。奇しくもブリュービラー教授は、チューリッヒ工科大でマイヤールに直接学んだMenn教授の弟子にあたり、いわばマイヤールの孫弟子といえる。さて、そのヴァルチール橋は、2012年には長年の凍結防止剤散布など、特に桁側面の半円形排水孔からの塩害によって、痛々しい損傷を受けていた(図-4)。そこで、橋面の補強材、防水材、さらに舗装材として、2013年UHPFRC増厚工法が採用されることになった。図-5左は、振動機を使用して、狭い空間にUHPFRC材を敷設している状況、図-5右は、修復後の路面および側壁である。図-6には、補修完了後の美しくよみがえった全景を示す。


 次に示すのは、スイス高速道路への適用例である。リッデス高架橋(Riddes Viaduct)は、マルテイニから、ブリックを通り、マジョーレ湖に至るE62号の起点付近に位置し、1976年架設の長さ1200mの上下線分離のPC箱桁橋であり、凍結防止剤散布によって、33%のPC鋼線に劣化が確認され、鉄筋腐食も進行していた。さらに、アルカリ骨材反応によって、箱桁のコンクリート強度は、30%の低下が確認されていた。そこで、2021年の補修工法として提案されたのは、増厚部に鉄筋も挿入したR- UHPFRC工法である(図-7右)。この施工にあたっては、舗装撤去のあと、WJにてコンクリート表層を粗くし付着性を高めるのが一般的である。

 リッデス高架橋の床版補修・補強に対しては、検討の結果、支間一般部では、50mmのUHPFRCと横方向鉄筋の挿入、中間支点部(負曲げ部)では、元床版を深さ10-70mm切削後にUHPFRCと橋軸方向鉄筋の挿入、さらに一般部と同じ増厚工法を採用した。図-8は、下から見た高架橋と、右手の黄色い建物は、ミックスプラントである。また、図―9は、フィニシャーによる施工状況である。

 UHPFRCによる橋梁床版の補強は、フランスの高速道路にも採用されている。2021年、東フランスのディジョンに近いサオーネ川橋における補修・補強工法として、リッデス高架橋に類似した増厚R-UHPFRC工法が採用された(図―11)。

 さらに2022年には、同じ高速道路に架かるドウシェ高架橋(1970年架設、長さ500m)においても同様のR-UHPFRC工法が採用された(図―12)。

 ローザンヌは坂道の街として知られている。ただ、坂道でブレーキをかけて止まらなければならない路線バス停留所付近の道路舗装のわだち損傷は著しく、市道の管理者にとっては頭の痛い問題と言える。このような状況下で、市道担当者からの相談を受け、ブリュービラー教授が示した対策は、舗装上面へのUHPFRCの適用であった。2015年から街のバス停付近の車線には、基層アスファルトの上に、40mmの厚さのUHPFRC層を敷き詰め、その表面には滑り止め用のやや粗めの砂を振りかけた。この対策(図-13)によって、停留所付近のわだちはほとんど無くなり、市道管理者の悩みは解消されている。

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