軟弱地盤 生態系保持空間 長大支間 板厚95mm 様々な課題への挑戦に満ちた現場
羽田連絡道路(仮) 上部工閉合までの軌跡
川崎市川崎区殿町と東京都の羽田空港をつなぐ都市計画道路殿町羽田空港線ほか道路築造工事における橋梁の架設が完了した。(鋼桁部分のみ2月3日閉合)同橋は多摩川の最下流を渡河する橋梁であるが、架橋位置の川崎側には河川管理者が位置付ける生態系保持空間が広がり、橋脚はもちろん、工事用桟橋であっても構造物の設置は出来ない。また、航空法による転移表面および水平表面区域であり、A.P.+48.1~52.2mを超える構造物の設置もできない。そのため斜張橋形式はもちろんFC船も大きなものは制限に引っかかる。地盤も軟弱で上層30~40mがN値10未満の軟弱なマヨネーズ状にも似た粘土層が広がっている。そのため支持地盤までは約40~50mを有する。さらに、河川の水深が浅いために桁を運ぶ台船などの喫水を確保するため、予め浚渫するなど、事前に多くの準備を必要とした。2019年10月には台風19号によって河川内に大量の土砂が堆積したことから遅延を余儀なくされるなど、通常の製作・架設能力だけでなく、有事の対応能力も問われる現場であった。その詳細についてレポートする。(井手迫瑞樹)
※文中の写真や図表は、注釈がない限り五洋建設・日立造船・不動テトラ・横河ブリッジ・本間組・高田機工JVの提供。
川崎市南部を羽田空港と文字通り直結する橋梁
鋼桁の色彩決定ではパープルブルーを選定
同路線は、「羽田グローバルウイングス」(羽田空港跡地地区)と多摩川を挟んで対岸に形成される殿町の「キングスカイフロント」を結ぶ路線であり、多摩川に架けられる橋梁は、川崎市南部を羽田空港と文字通り直結する橋梁である。多摩川河口に架設する橋梁であり、川崎側には自然豊かな干潟がある。そのため、橋梁形式の選定においては「河口の広がりを感じる水平基調の景観と調和」、「自然環境との一体感を感じられる橋上の開放感」、「河川空間への圧迫感の低減」が求められた。そうした景観を実現するため景観検討会を設置し、鋼桁の色彩、歩行者空間の色彩、高欄や防護柵の色彩・形状、照明、周辺との接続やそのほか付属物に関わることを決定した。鋼桁の色彩決定では、多摩川と空に融和しつつ、橋梁の存在感を適度に感じさせる色として、マンセル値5PB(パープルブルー)7.5/0.5を選定した。
照明は車道(歩道)において防護柵(高欄)に埋込む形にすることにより、ポール照明を無くした。高欄からはみ出ることになるポール照明を排除したことで景観性が良くなるほか、干潟の動植物へ影響を与える光の漏れも抑止できる。照明も含めて高欄の高さに抑えることができるため、点検時に橋梁点検車を走らせやすくなり、維持管理の向上も見込むことができる。
多摩川河口干潟に配慮
架設地に広がる多摩川河口干潟に配慮し、自主的環境影響評価を行ったほか、工事に先立って干潟の生態系など各分野の有識者の指導・助言のもと、「干潟の保全・回復計画」を策定した。施工にあたっては、定期的な環境モニタリング調査や環境アドバイザー会議を実施するなど環境への配慮を強く求めた。
作業前の干潟空間
基礎は河川部P3、P4を鋼管矢板井筒基礎に
陸上部はSC+PHC杭
路線的には、川崎市の国道409号と、東京都の都市計画道路環状8号線を結ぶ。工事延長は約870mであり、そのうち674mが橋梁構造である。橋梁形式は渡河部(P2~P5)を橋長602mの鋼3径間連続鋼床版箱桁橋(複合ラーメン)とし、川崎側取付部(A1~P2)を橋長72mの鋼2径間連続鈑桁橋としている。P3~P4間の支間長240mは複合ラーメン構造形式では国内最大級である。橋脚はRC逆T式橋台、RCT型橋脚(P1、P2)、RC壁式橋脚(P3、P4)、P5は国土交通省が施工しているランプ桁と接続するため、大規模な橋脚となり、ラーメン式橋脚とした。基礎はA1~P2、P5を杭基礎(SC+PHC杭、φ1,000)、P3、P4を鋼管矢板井筒基礎(φ1,200)とした。
羽田連絡道路平面図および横断図
同側面図
同事業は、羽田空港と川崎市の殿町「キングスカイフロント」を結ぶ成長戦略拠点の形成に向けた取り組みとして、「今までにない事業から工事・完成までのスピード感」をもって進められた。2015年度に基本・予備設計、環境調査を開始し、16年度には橋梁詳細検討や都計決定手続き、自主的環境影響評価の手続きに入り、2017年1月には事業認可を取得した。同月、早々に上下部一括となる設計・施工一括発注方式で工事発注し、17年6月に工事契約を結び、10月には工事が本格的に始まった。
想定の倍近い188,500m3を浚渫
浚渫工
施工に際してまず必要なのは、構造に必要な部材や台船が通過する航路を確保するための浚渫工である。これが想定の倍近い188,500㎥に達した。工事エリアの浚渫で済むと想定していたが、実際は0kmポストよりも下流側の航路部の浚渫も必要になったためだ。当初の海図や水深測量データよりもさらに土砂が堆積し、設計とは異なり現場は「0kmポストより下流側が想定よりも浅かった」。これが浚渫量の増大につながった。2019年台風19号(令和元年東日本台風)の影響については後記する。
浚渫工の施工状況
40~50mと非常に深い支持地盤
200t吊クレーン付き台船を中心に施工
基礎工
現場の地盤は軟弱である。架橋位置の地盤は上層30~40mがN値10未満の軟弱な粘土層が広がり、支持地盤までは40~50mと非常に深くなっている。具体的には河床は砂地盤が中心で、その下に約20m厚の洪積粘性土層があり、細砂層を挟み、固い洪積粘土層となっており、支持地盤は-50m下の江戸川層の細砂となっている。
現場には生態系保持空間があるため、桟橋などの陸上部からのアプローチができず、作業船による施工を行っている。多摩川の水深が浅く、喫水の深い船が使用できないことや羽田空港の空域制限範囲に位置することから、大きな作業船を使用できない。そのため200t吊クレーン付き台船を中心に施工を行った。
200t吊クレーン付き台船を中心に施工を行った
井筒基礎の鋼管杭はφ1,200と大径であるため、杭打ち船などのリーダーを備えた作業船で行うのが一般的だ。しかし、そうした作業船が入域するための水深を確保できないため、作業構台を設けて200t吊クローラークレーンによるバイブロハンマおよび油圧ハンマによるフライング打撃で打設した。油圧ハンマは国内最大級のS280を採用している。
鋼管矢板打設状況
杭長は最大63m
鉛直精度確保が大きな課題
杭長は最大63mもある。施工に際しては鉛直精度の確保が大きな課題となる。そのため、①全体形状一括構築タイプの導材の採用により、導材組立精度の向上を図り、さらに打設杭本数はP3で62本、P4で69本あるため②千鳥打設による打設位置の精度管理を行い、鋼管矢板を精度よく打設、綺麗な小判型に閉合することができた。
ここでいう導材(右写真)とは、鋼管の周りにある程度H鋼を建て込み、小判型のRの部分もH鋼を定規代わりにして建て込みを行ったもの。杭長は先述のような長さであるため、まず下杭約30mを一回打設して全周を閉合し、その後2本目の中杭約15m、3本目の上杭約15mを打設していった。3回に分けて打設するのは羽田空港の空域制限があるため。水深がある最初は長い杭を打てるが、水深で稼げない部分は2回に分ける必要があった。施工効率は1日当たり1本であった。
千鳥施工
鋼管矢板の打設完了状況
支保工は、水中掘削方式を採用し、掘削時の切梁本数を上段の1段のみとして工期短縮を図ると共に、潮位変動による鋼管矢板への応力変動の低減を図った。鋼管井筒は架設時に応力をかけてしまうと、本体にも影響が出るため、なるべく応力を架けずに切梁本数を削減するために水中掘削を図ったものだ。
切梁状況
掘削後、打設する底版コンクリートは2層打ちにし、1層については、水中コンクリートを打設し、先行地中梁の効果を持たせて、水位低下時の切梁段数を削減すると共に、構築および撤去にかかる工期を短縮した。切梁は3段(15mに1段)設置している。水位低下時の切梁架設は、作業足場の設置が必要になるが、組立式台船を作業足場にすることで作業空間の設置・撤去期間の短縮を図った。
井筒内の水中掘削状況
その後の基礎内部のコンクリート打設はコンクリートプラント船を用いて実施した。1回あたりの打設能力は600㎥であるが、多摩川を曳航できる喫水を確保するため積載量が制限されることから、実際の打設ロットは1回あたり300㎥(ロット高は約2m)とした。合計で1橋脚当たり11ロットを施工した。打設の最後の方は夏にかかったため、配合も夏季仕様(高性能AE減水剤を使用)にしている。P3とP4の基礎工の施工には実に1年を要した。
頂版打設状況
同時に上部工架設時の仮支点となるベントも、基礎工と同様にクレーン付き台船を用いて河川内に設置した。仮橋にはスーパーガーターを用いており上部工を架設できる作業構台にしているのが特徴だ。
スーパーガーダーの台船積み込み状況/支持杭打設状況
支持杭打設完了状況/構台架設完了状況
スーパーガーダー(エムオーテック製)架設完了状況
陸上部はクローラークレーンと3点支持式杭打機を用いてPHC杭を打設した。その後、橋脚および橋台の基礎下面まで掘削した。
陸上部下部工 PHC杭の打設