日本インシークが実施 全磁束法と加振法で
和歌山県白浜町 人道吊橋3橋を詳細調査
和歌山県白浜町が日本インシーク(大阪市)に発注した日置川に架かる3橋の人道吊橋の詳細調査診断業務がこのほど完了した。3橋について詳細調査を行ったのは、2017年度に実施した橋梁定期点検で、いずれも早期措置段階Ⅲと診断されたためだ。詳細調査の結果、1橋で所定の安全率未満となっており、もう1橋でも損傷が大きく進んでいることが分かった。白浜町ではこの調査診断結果を踏まえて、2020年度、3橋の補修設計に取り掛かる方針だ。その調査方法と診断方法について詳しく取材した。(井手迫瑞樹)
3橋はいずれもJR白浜駅から2時間ほど山間に入った日置川の上流に架かる吊橋。架橋地点は山深いが対岸に定期的に果樹等を手入れに行く橋(A橋)、森林の管理に行く橋(B橋)、現住の民家がある橋(C橋)、である。これらの橋は地域住民の生活と一体になっている。
吊橋の生命線は桁を吊る「ケーブル」である。その損傷状況によって補修・補強設計が大きく変わってくる。最悪の場合、架替えも選択肢となる。今回、吊橋ケーブルの健全度評価としては、「全磁束法」を適用し、詳細調査した。
最下流に位置しているA橋は橋長119.7m(中央支間長101.8m)の単径間無補剛吊橋である。A1-P1が橋長5.6mの単純RC床版橋、中央が鋼製吊橋、P2-A2が橋長12.3mの2径間木橋という構造だ。塔は鋼製を採用している。1960年に供用され、既に59年が経過している。1998年度に水力発電施設周辺地域交付金を用いてサブケーブルを張っているが、ハンガーに張力がほとんど入っておらず、メインケーブルのフェールセーフとして用いられている。
側面から見たA橋/RC主塔を有するB橋(井手迫瑞樹撮影)
サブケーブルハンガーには張力が入っていない(A橋)
3橋の中間にあるB橋は橋長72.6mの単径間無補剛吊橋で、竣工年次は不明だ。A橋と同様、1998年度に水力発電施設周辺地域交付金を用いて補修工事を行っている。このB橋のみがRC製の塔を用いている。
最上流にあるC橋は橋長83.2mの単径間無補剛吊橋で、1960年に供用され、A橋同様、既に59年が経過している。2橋と同様、1997年度に水力発電施設周辺地域交付金を用いて補修工事を行っている。
3吊橋の状況を要約すると、それぞれ主塔や橋脚などに大きな損傷がない中で、顕著に損傷が生じていたのが、ケーブルとハンガー、桁、床版などだ。定期点検の評価では、A橋は主ケーブルに全面的な腐食が見られ、桁でも主桁・横桁・横構とも腐食損傷が顕著であり、早期措置段階Ⅲと判定された。B橋は、A橋と同様、程度の違いこそあれ主ケーブルが全面的に腐食しており、ハンガーの張力抜けも生じていた。桁はA橋と同様の状況で、こちらも早期措置段階Ⅲと判定された。C橋は他2橋と同様に早期措置段階Ⅲと判定されているが、ケーブルの状態は比較的健全であるが、桁の一部にはき裂が発生しており、ハンガーは張力抜け等が顕著であった。
A橋のロープ腐食状況(日本インシーク提供)
B橋のロープ腐食状況(日本インシーク提供)
C橋のロープ腐食状況(日本インシーク提供)
これらの定期点検結果を踏まえ、より詳細な調査診断の対象としたのが主ケーブルである。吊橋主ケーブルには中~長大橋に用いられるPWS(平行線ケーブル)から小規模な吊橋に用いられる各種ワイヤーロープまである。3橋には構造用ワイヤーロープ(つり構造用共心ロープ)(7×7及び7×19)が使われており、使用環境条件によっては保護メッキも早期に消失する。3橋の中では最上流側のC橋のケーブルにはほとんど腐食は無い。一方、B橋、A橋と下流に向かうにつれて腐食状況は顕著である。主ケーブルが損傷すれば落橋が免れない。また、主ケーブルの交換には仮設足場(通称;キャットウオーク)を必要とするなど多大な費用を要する。そのため、1月21日から23日にかけて全磁束法によるケーブルの非破壊調査、加振法によるケーブル張力測定、3D測量による吊橋形状測定及び再現設計のための部材調査を行った。これらの「現地調査」結果を踏まえて、日本インシークの「吊橋健全度評価システム」に則り、ケーブルの安全性評価など詳細な検討を行った。
全磁束法は、東京製綱及び東京製綱テクノスの技術を用いた。ワイヤーロープ内を通る磁束(全磁束)を測定することで、腐食などによる断面積減少を評価する手法だ。N極からS極に向けてワイヤーロープを飽和磁化させ、健全な状態の磁束と現状の損傷した状態の磁束の差を図り、その差によって断面積減少を求めるもの。その断面減少率からさらにワイヤーロープの強度低下率を求め、その健全度を評価した。同技術は、「本四の因島大橋、大鳴門橋及び南北備讃瀬戸大橋のハンガーロープの調査でも用いられている。その後、阪神高速の天保山大橋の斜材でも使われている。被覆(FRPやポリエチレン)した状態でも非破壊調査できるのが特徴だ」(日本インシーク・角和夫氏)。
全磁束法と加振法(日本インシーク提供)
全磁束法の設営状況(A橋、井手迫瑞樹撮影)
(日本インシーク提供)
ケーブル張力測定(加振法)では、部材調査や3D測量成果をもとに算出された計算上の張力と測定張力を比較し、大差ないことを確認した。この初期条件(形状)をベースに今後の補修設計を行うこととなる。
3Dレーザー測量は、吊橋の形状確認・再現設計のために行った。当初は橋桁上からもレーザー測量をしようとしたが、風などによる揺れが生じているため難しく、桁下などから作業を行った。これらの一連の作業は管理者側に設計資料が残っていないため必要になっている。他の自治体も古い図面のない橋梁調査ついては同様の工程が必要になるかもしれない。
詳細調査の結果、A橋は、7×7の構造用ケーブルを使用しており、見た目相応に耐力が低下している。ケーブルの断面積減少率が14%、強度低下率が48%と大きく、小規模吊橋設計基準(以下、「基準」という。)でいう活荷重満載(歩道用)の条件では所要の安全率を満足しない。個々の使用条件を考慮した検討が必須である。また、サブケーブルによる荷重分担も今後の検討項目である。ロープ素線全体が腐食しており、現状のままでは急速に耐力が低下すると考えられることから、早急にローバル塗装+防食テープ巻きの保全が望ましい、と診断した。
B橋は、7×19の構造用ケーブルを使用している関係で見た目上の錆や腐食以上に耐力を有しており、基準の安全率も満たしている。しかしながら、予防保全という観点から早急にローバル塗装+防食テープ巻きの保全が望ましい、と診断した。
C橋は、経過年数の割には非常に主ケーブルの状態が良く現状でも十分安全である。しかし、直射日光や雨水等の影響を直に受ける中央径間上面では亜鉛メッキが消失し、赤錆が見られることから、ローバル塗装+防食テープ巻きの保全が望ましい、と診断した。
調査には、同社の若手技術者も多く従事した。角氏は、「現在、吊橋に携わることは技術者としてほとんどない状態であり、若手技術者が調査とは言え、関わることは技術継承の点からも重要だと考えた。小規模ではあるが、吊橋を実際に扱いながら、私が培った技術を彼らに渡していければ、と」技術継承の点からの意義があることを強調していた。
小規模吊橋の主ケーブルの交換費用はA橋規模の国内実績では凡そ9千万円ほど要する。主ケーブル交換は抜本的対策となり得るが、国や市町村にとっては財政的に大きな負担となる。「技術者として交換という安易な判断ではなく、今回のような詳細調査診断を行うことで新たな方策・手段も講ずることが可能な場面もある」(角氏)と詳細調査の意義を強調していた。
(2020年4月21日掲載)