シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」③
「ひび割れ抑制システムから品質確保システムへ -施工の基本事項の遵守と表層品質の向上-」
横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
准教授
細田 暁 氏
シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」
①寺小屋から全国へ それはコンクリートよろず研究会から始まった「コンクリート構造物の品質確保とコンクリートよろず研究会」
② 山口県のひび割れ抑制システムの構築 -不機嫌な現場から協働関係へ-
の続きです。第3回からは当シリーズのコーディネーターである細田暁・横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 准教授が執筆します(井手迫瑞樹)。
1. 着想
2009年3月に私は山口県のひび割れ抑制システムに出会った。これだけ真正面から、行政が主体的にコンクリート構造物のひび割れ問題に取り組んで、かつひび割れ抑制という成果を挙げていることに心から驚いたことを今でも覚えている。10月には、さらに深く勉強したいと思い、またコンクリート工学に従事する土木、建築、材料の信頼できる研究者にこの取組みを知ってもらいたいと強く思い、コンクリート工学会(JCI)の「高性能膨張コンクリートの性能評価とひび割れ制御システムに関する研究委員会」のメンバーを率いて山口県を訪問した。JCIのこの委員会は、その5月に発足したばかりの委員会であったが、私が幹事長を初めて務めた研究委員会であり、山口県のシステムに衝撃を受けた後に正式発足したため、委員会名称に「ひび割れ制御システム」を付け加えた経緯がある。10月18日に私とともに山口県を訪れた産学のメンバーは、山口県の二宮純氏(当時砂防課長)、施工者、材料供給者等の話題提供を聴いて一様に驚いていた。私の横で、大手ゼネコンの建築系の最前線の技術者が「どうしてこんなことができるんでしょう。」と驚きの言葉を私に伝えたことが今でも鮮やかに思い出される。
一方で、土木学会コンクリート委員会の335委員会「構造物表層のコンクリート品質と耐久性能検証システム研究小委員会」(委員長:岸 利治 東京大学生産技術研究所教授)が二期目の活動を行っている最中であり、私も幹事の一人を務めていた。335委員会は、「品質原点回帰」を旗に掲げ、最初の大々的な実構造物調査として、一期目の活動中の2007年4月に我が国最初の本格的な鉄道ポステンPCである第一大戸川橋梁の詳細調査も行っていた(写真1)。この調査を皮切りに、数多くの実構造物調査が実施されており、筆者もその多くに参加した。建築分野で先行して検討されてきた、コンクリート構造物の非破壊試験や微破壊試験を委員会では集中的に勉強し、新たな試験方法の開発に着手した研究者もいた。私の研究室においても、表面吸水試験(SWAT)の開発に着手し、試作機を用いて実構造物等でも計測を行っている段階であった。
写真1 土木学会335委員会による第一大戸川橋梁の調査(2007年4月)
超一級の品質であった第一大戸川橋梁を含め、種々の実構造物の表層品質を調査していた経験と、施工の基本事項の遵守がなされた山口システムの構造物群を現地で見た感覚から、私は山口システムにより、ひび割れが抑制されたのみならず、表層品質も向上したに違いない、との仮説を立てるに至った。
2. 有志による表層品質の予備調査
2010年度に、山口県のひび割れ抑制システムの運用前後の構造物で表層品質を比較する調査プロジェクトを企画した。335委員会での検討を通して、いくつかの非破壊の手法を用いて表層のコンクリートの緻密さの違いを定量評価することが可能であると考えていたからであり、特に、コンクリート施工記録が整備されている山口県のひび割れ抑制システム運用後の構造物の調査からは、様々な知見が得られるであろうと私は期待していた。
2010年4月に山口県の実構造物で有志による予備調査を行った。335委員会の岸委員長、蔵重勲副委員長(電力中央研究所)、半井健一郎幹事長(広島大学)らとともに、山口県のひび割れ抑制システムの運用前後の構造物について、リバウンドハンマー、表層透気試験等を用いて表層品質の簡易調査を行った。7月に企画していた本調査のための予備調査の位置付けであった。予備調査に同行した335委員会のWG主査であったJR東日本の松田芳範氏は、各種スポイトでの「水かけ」試験により、「表層品質の良いコンクリートは水を吸いにくいため、水をかけると水が垂れる。品質の悪いコンクリートは、すぐに水を吸い、濡れ色がすぐに無くなる。」と現場で解説した。ひび割れ抑制システムの運用後の構造物では、「水かけ」試験でも、吸水されずに水が長く垂れ落ちる様子を皆で観察した(写真2)。
写真2 ひび割れ抑制システム運用後の構造物への「水かけ試験」で垂れ流れる水
山口県とも事前に相談して、ひび割れ抑制システムの運用前後の構造物をいくつか選定し、皆で議論しながら表層品質の調査を行った(写真3)。その日の調査を終え、懇親会の場で、蔵重副委員長と半井幹事長が中心となって取りまとめた調査結果の速報が発表された。簡易的な調査ではあったが、システムの運用前後の構造物で、リバウンドハンマーの値は大きくは異ならないのに対し、表層透気試験で計測された透気係数は、システム運用後のものが小さい傾向を示し、表層品質が向上している可能性が示された。山口県の構築してきたひび割れ抑制システムにより、ひび割れが抑制されるのみでなく、かぶりの品質の向上にもつながる総合品質向上施策とも言えることが分かり、懇親会は大いに盛り上がった(写真4)。
写真3 予備調査における表層透気試験と試作品段階であった表面吸水試験での計測
写真4 2010年4月の予備調査に関わったメンバー