世界を震撼させたVWの不正
技術者倫理上最悪の事件
ドイツ・フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル排ガス事件が世界を震撼させた。私も十数年目に憧れの車であるフォルクスワーゲン・ゴルフを手に入れ、堅牢な車体と高速走行の素晴らしさに「流石、アウトバーンで鍛えられた名車」と感激し、国内のあちらこちらに橋梁を見に行ったことを今でも記憶している。その信頼していたドイツの有数の車両メーカーの起こした技術者倫理上最悪の事件である。
今回問題となった車両は、ディーゼルエンジンを制御するコンピューターに搭載しているソフトがハンドル操作などから「試験中」と判断すると、触媒を使った排ガス浄化機能が作動し、排気ガス規制の基準値をクリアするよう組み込まれていた。ところが、実走行での使用は「実走行」と判断し、排気ガスをクリーンにする触媒浄化機能は作動させず、車両から排出されるガス中のNOX等の有害物質は減少することがない事態が起こることを把握して利益のためのソフトが組み込まれていた。
それでは、なぜフォルクスワーゲン社は、この違法行為に手を出したかである。自動車使用大国である米国の環境規制は厳しく、自動車排気ガスについて①規制値をクリアーする、②使用開始から19年間環境規制値を新車当時の状態で保つ等である。今回問題となったディーゼルエンジンの魅力は、ガソリンエンジンと比較して低回転域から太いトルクが発生することから、初速のもたつき感がなく、巡航走行時も回転を上げずに走れ、燃費も良く安価な軽油を使用しているとメリットが大きい。さらに、昔問題となったエンジンの振動と騒音が遮蔽装置やゴムユニット等で劇的に抑えられ、問題は環境基準値を如何にしてクリアーするかであった。米国の車両に対する規制に対し、国内外の大手車両メーカは、ディーゼルエンジン搭載車の販売を予定していたが規制の厳しさに販売を先送りしたことは有名である。環境と燃費について、国内大手メーカーであるトヨタ自動車が販売しているハイブリッドカー「プリウス」が好調な販売状況を維持していることも、フォルクスワーゲン社が違法行為に走った大きな要因である。
さて、ここで問題としたいのは、専門技術者が当然守らなくてはいけない倫理が橋梁の部門においても守られているかである。国内では、またまた「道路橋の耐震補強工事における手抜き」が問題となっている。耳の痛い話である。ここで技術者の忘れてはならない最も大きな課題である倫理観について、私の経験した事実の一つを取り上げてみる。
一定以上の能力と経験の保有が大事
施工者、監督者、検査者各段階に
1.道路橋の溶接継ぎ手
道路橋を建設する場合、構成する部材を工場で製作するか現地で製作するか違いはあるが、どのような材料を使用してもどこかに継手ができる。例えば、鋼材の場合、鋼板を溶接によって繋ぎ合わせて部材を造る。溶接は、融接、圧接、ろう接に分けられ、橋梁に使われているのは、被溶接材である鋼板の溶接する部分を加熱、鋼板と溶接材とを融合させて溶融金属を作り出し、凝固させる接合方法である。
冶金的接合方法の一つである融接には、ガス溶接、被覆アーク溶接、サブマージアーク溶接、イナートガスアーク溶接(ティグ溶接等)、マグ溶接、セルフシールドアーク溶接などがある。溶接は、リベットやボルトによる機械的接合法と比較して、①継手構造が簡単である。②継手効率が高く、優れた気密性、水密性がある。③接合する板の厚さ制限が少ない。③作業時の騒音が少ない。などの長所がある。また、短所としては、①溶接部分に加熱冷却によるひずみが発生する。②溶接部分に残留応力が発生、疲労強度等の悪影響が発生する場合がある。③母材の材質に熱影響が発生する場合がある。④ぜいせい破壊の発生防止が必要な場合がある。⑤溶接欠陥がある場合、性能上大きな問題となる。などである。
橋梁の突合せ溶接部に採用される溶接法は、サブマージアーク溶接が一般的で長所は、溶着速度が大きく、溶け込みが深く小断面開先の溶接が可能で、作業員の技量に寄らず安定した品質が得られるなどである。当然短所もある。サブマージアーク溶接は、設備費が高く、開先精度に厳しく、開先内の錆び、水分、油脂等の影響を受けブローホールが発生しやすいなどである。橋梁のアーク溶接自動化の先駆けとした工法で橋梁の溶接にも数多く採用されているが、溶接条件の選定が品質確保には重要な要素の一つである。このようなことから、溶接法によって鋼桁の製作を行うには、溶接技術者、溶接作業指導者、溶接作業者、非破壊検査技術者が必要となり、それぞれある一定の水準以上の能力と経験を保有することが大前提である。
写真‐1 垂直補剛材を溶接する状況
溶接構造の品質保証については、必要水準の技量と人格・良心を持つ溶接技術者が必要であること。担当する技術者には、バランスのとれた正しい常識の所有者であると同時に①溶接のプロセス・機器、②材料、③構造設計、④施工と検査等の溶接技術を偏ることなく習得することとしている。次に、私の経験した橋梁の重要な継手部に発生した溶接不良を原因とした疲労亀裂について説明する。