道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㉚

「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」の概要について

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2019.07.01

1. はじめに

 「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」は2018年度に編集作業を集中的に行ない、今回、2019年6月に東北地方整備局から通知された(本編巻末資料東北の道路の総合情報サイト) 。これより以前に、向定内橋を最初の実施例として、フライアッシュを用いた場所打ちの高耐久床版の試行工事が複数行われており、「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)」が当時の南三陸国道事務所長の佐藤和徳氏のリーダーシップにより作成されていたが、東北地方整備局からの通知には至らず、2016年10月にSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)のウェブサイトから公開される形となっていた。


向定内橋の高耐久床版の打設(エポキシ樹脂塗装鉄筋、フライアッシュを用いた)(当サイト既掲載)

 その後、東北復興道路の工事に対するフライアッシュの供給やレディーミクストコンクリート製造時のフライアッシュ投入に手間がかかる等の問題があり、残念ながらフライアッシュを用いた場所打ちの高耐久RC床版の施工数は増えていない。一方で、高炉セメントを用いた場所打ちの高耐久床版の試行工事が積み重ねられ、ひび割れ抑制や、防水工等を含む施工方法についても知見が蓄積されてきたため、今回の手引き(案)を通知することとなった。

 今回の手引き(案)は東北地方整備局から通知されたが、編集作業は東北地方整備局の実務者、これまでの品質・耐久性確保に実際に関わってきた筆者も含む学の複数の研究者、そして高耐久床版の試行工事を経験した施工者等で議論を重ねて行った。床版本体、防水工、舗装のいわゆる「三位一体」によって凍結抑制剤を大量散布する環境においても耐久性を確保する考え方や、床版本体の多重防護の考え方のブラッシュアップ、床版本体や壁高欄のひび割れ抑制対策、模擬床版による試験施工の結果に基づいた施工計画の立案、など関係者がこれまで耐久性確保のために模索してきた考えを実装した内容となった。本稿ではまず、この手引きの特徴について述べ、次稿以降で詳細の内容について解説していきたい。

2. 今回の手引きの特徴

 図1が、今回の手引きの目次構成である。筆者の観点で、この手引きの特徴を以下に述べる。

 
図1 「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」の目次構成

(1) ニーズから始める姿勢
 近年、東北地方整備局と筆者らが産官学の協働でチャレンジを重ねてきた品質・耐久性確保の取組みに一貫した考え方であるが、現実の構造物に生じている問題、不具合に真正面から向き合おうという考え方が今回も前面に押し出されている。そのため、1章では、東北地方のRC床版に生じている劣化の実態が記述されており、凍結抑制剤の影響、塩分環境下でのASR膨張の実態(東北6県のコンクリート製造工場から提供された骨材の反応性調査)、東北地方における鋼橋RC床版の土砂化の発生状況(図2)、防水工に過度に期待し過ぎてはいけないことを示す劣化状況・防水工施工時の不具合事例、等が示されている。この実態を受けて、真に構造物の耐久性を確保するための方策が記述される構成となっている。


図2 東北地方における鋼橋RC床版の土砂化の発生状況

(2) 「三位一体」の具現化
 防水工があるので、床版本体のみに過剰な耐久性を持たせる必要ない、という考え方もあるかと思う。防水工を施工した直後はよいのかもしれないが、舗装の切削オーバーレイが何度も重ねられる数十年以上の期間において、本当に床版の耐久性は確保できるであろうか?
 この手引きでは、床版本体、防水工、アスファルト舗装の3つが適切に設計・施工されて初めて、橋梁上部工の耐久性が確保される、という「三位一体」の考え方が具現化されている。これは、日本大学の岩城一郎教授や、金沢工業大学の田中泰司准教授らが強調してきた考え方である。現実の橋梁の劣化状況を見ると、床版本体が凍結抑制剤の影響を直接受けたとしても十分な耐久性を確保できる努力をすることが必要で、その上で適切な防水工がなされ、さらにアスファルト舗装についても劣化のしにくい構成や適切な施工を追求していくことが、本手引きで実践されている三位一体の考え方である。

(3) 多重防護のブラッシュアップ
 床版本体を高耐久化するためには、凍結抑制剤の影響のもとで生じる複合劣化を防ぐ必要がある。そのために、教科書的な1対1の対策ではなく、多数の劣化メカニズムの複合に抵抗できるための多数の対策のコンビネーションを、岩城教授や東京大学の石田哲也教授らが提唱してきた。本手引きでは、2016年版のSIPで公開された版での多重防護の考え方がブラッシュアップされた。従来はフライアッシュの使用のみであったが、ASRや塩害の抑制のために高炉セメントの活用も採択された。また、標準養生が終了した後の追加養生は、いくつかの劣化への抵抗性を向上させる効果があるため、多重防護の対策の一つの項目に立てることとした。なお、追加養生はRC床版のひび割れ抑制にも大きな効果を発揮すると思われるが、これについては稿を改めてRC床版のひび割れ抑制対策の回に論じたい。

 
図3 今回の手引きでブラッシュアップされた多重防護の考え方

(4) 新たなひび割れ抑制対策
 既設のRC床版にはひび割れが発生しているものが多く、新設のRC床版においては、施工段階で発生するひび割れはなるべく抑制されることが望ましい。しかし、竣工検査までの施工段階で発生するひび割れは、不適切な施工によるものを除けば、温度応力や、連続桁上の床版を分割して段階施工することにより生じる応力、さらには乾燥収縮による応力も発生し、影響要因も多岐に渡る。また、どのレベルのひび割れが許容されるべきなのか、ひび割れが耐久性に及ぼす影響も議論が発散しがちであり、適切なひび割れ抑制対策を講じるのは容易ではない。


桑折高架橋(仮称)での高耐久RC床版の打設
(左は模擬床版を用いた試験施工、右は本施工。当サイト既掲載)

 このような状況の中で、本手引きでは、これまでの試行工事における検討・分析結果や膨大な温度応力解析の結果等に基づいて、ひび割れが有害でないものにするためのひび割れ抑制対策を取りまとめた。この検討を主導的に行った筆者は、完全な対策ができたとは思っていないが、手持ちの情報により実践的な対策を提示することはできたと考えている。ひび割れ抑制対策の詳細についても、稿を改めて紹介することとしたい。
 壁高欄のひび割れ抑制対策についても、壁高欄の目地から発生したひび割れが床版に進展する事例等が試行工事においても見られ、改善策を盛り込んだ。その改善した対策自体もさらに見直そうと2019年度にも検討を続けているが、この状況についても別稿にて紹介したい。
 さらに、目次の3.10にあるように、ひび割れが生じた場合の措置について、発注者と施工者の責任についてもなるべく踏み込んで記述するように努力がなされた。ひび割れを巡る責任問題を明らかにすることには常に困難が伴うが、筆者らが山口システムから学び続けてきたエッセンスを少しでも反映するように努めた。これも別稿にて課題も含めて論じる予定である。

(5) 改めて、施工の基本事項の遵守
 いくら立派な耐久設計をしても、ひび割れ抑制対策を行っても、施工がずさんでは元も子もなくなる。それが私たちの取組みの原点であり、「山口システム」の出発点でもあった。本手引きにおいても、随所で施工の基本事項の遵守が前提条件であることを強調している。また、目次の3.6にあるように、まさに表層品質が命となるRC床版においては、施工の基本事項そのものが完全に確立されているとは言えないため、現場の状況に応じた適切な施工計画を立案するためにこそ、模擬床版を活用した試験施工を実施し、品質確保のための課題を抽出することを推奨している。真の高耐久床版を構築することは容易ではなく、本手引き自体も数多くの試行工事を通してブラッシュアップされ続けていくべきものであると筆者らは考えている。

3. 今後の動向

 2019年6月に通知された手引きは、早速、東北地整の試行工事で活用され、改善すべき課題が抽出され、次の改訂へフィードバックされていくものと期待される。様々な先進的な内容が盛り込まれた手引きだけに、逐次の改善が必要であり、手引きのタイトルに「2019年試行版」の文言が入ったことが、今後の改善の意思を東北地整が示したものと期待している。なお、タイトルに改訂した年を入れるというスタイルは、改善の歩を止めない意思を明確にした山口システムのアイディアである。
 筆者自身も、この手引きの内容をそのまま忠実に実行することだけを目標にはしておらず、例えばひび割れ抑制対策のブラッシュアップや、東北の寒中施工における高耐久床版の適切な養生方法等、について実践的な検討を重ね、手引きの改善に引き続き貢献していきたいと考えている。
 本稿では、手引きの概要について述べたが、次項以降では、本稿でも概説した手引きの特徴的な内容について掘り下げて分かりやすく解説することとしたい。
(2019年7月1日掲載、次回は2019年8月に掲載予定です)

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