第90回 「プレーヤー」と「プロ」、「インハウスエンジニア」
民間と行政、双方の間から見えるもの
植野インフラマネジメントオフィス 代表
一般社団法人国際建造物保全技術協会 理事長
植野 芳彦 氏
4.地方自治体のインハウスエンジニア
私も、富山市に赴任以来と言うか赴任が決まった段階で、それまで、あまり気にしていなかった、地方自治体のインハウスエンジニアに関して、どうレベルアップしていこうかと真剣に考えた。もともとが実地に経験する機会が少なく、わかったふりをしなければならない。(失礼)しかし、わかったふりと言うのはあながち違っていないだろう。地方自治体の技術系職員の意識とレベルをどう上げるかは非常に難題であった。さらに、彼らは2年から3年で異動してしまうという宿命がある。これは、こんな機関では1人前にはなれないのだ。あえて日本の公務員はそういう制度を取っている。1人前を育てない制度である。公務員になる人間は在学中も比較的優秀である場合が多い。
いかに優秀とは言え、特に土木技術、エンジニアリングの世界においては、全くの素人である。かつて、干されていた時代に、外資系のコンサルの日本法人で顧問をしていた時にそこのフランス人の社長と食事をしながら話に上ったのが「植野、なんで日本人の新入社員は入社して、一人前のエンジニアではないんだ? フランスでは大学の理工系を卒業した段階で1人目のエンジニアとして認められる。これは、その後の、企業側の人材教育としてすごいリスクだ。」と言う質問を受けた、「それはですね、社会がそういう制度であって、教育システムがそうなっているからだ。」という答えをしたが、まさにそれなのである。
外部から見ればそもそもおかしいし、その後の社内教育もできていない。これが日本が先進国から遅れていく理由である。実務教育がほとんどできていない。最近の土木系学科は、〇〇環境デザイン科とか都市デザイン学科と言うように名前すら変更し、学生の任期を取りカリキュラムの中に橋梁工学が無い場合もある。ましてや、桁を壊した経験もない。そういう人たちが役所にも民官にも大勢いて「橋りょうやってます」と言われても困ってしまう。
まずは実地で、現場に行ったり、協議に同席したりして、少しずつレベルアップしていくことにした。まがり何にも、私には40年ほどの実績がある、しかも他の方にはない様々な特殊な経験があった。これらを数年で、教え込むのは無理である。鼻っ柱の高い奴にはダメ出しをしたり勝手にやらしてみたりと、といろいろ手を使ってみた。現場に行き、「これはやばいな!」と車を止めた瞬間に話すと「なんでわかるんですか?」と言うから、「匂いで分かるんだよ。」と言ったりもしたが、事実匂いで分かる。これは、ひび割れをいくら拾ってもわからないだろう。
10年たってみればだいぶ変わってきた、職員も考え方やレベルがだいぶ上がっている。業者さんの方も、同様である。「セカンドオピニオン」と言うことで全数(2300橋)の点検結果を、一緒に見てきた。ああでもないこうでもないということもあったし、明らか見間違っているものもあった。これも最初のころは、ひどかった“手抜き”や“見ていない”と言うこともだいぶ少なくなった。最初はひどかった明らかに手抜きしたものがあった。これに関しては判断ミスよりも厳しく、言った。結局は「もう一度やり直せ」なのである。
橋脚天端部の鉄筋量不足
桁の施工不備
なかには、「足場を撤去してしまった。」と泣きついてくるものもいたが、「それは、そっちの事情であって、やってないのだから契約不履行にするか?」とも言った。だから嫌われたわけであるが、これは公務員の職務として当たり前であり、安易に認めてしまうことは、良くないことである。許せる範囲と許せない範囲が有る。
一般の方々や素人(議員も含む)は、恐らく、どこの企業でも、同じような能力で、同様に仕事ができると考えているだろうが、そうではない。その証拠に、企業ランクというものをつけている。これは役所によって、考え方が違うが、どこの発注者でもランク分けはしている。これを無視すると事故を起こす。コンサルも同様である。
私の個人の考えだが、維持管理に関してはなかなかコンサルだけでは難しい場合がある。餅は餅屋で、よくわかった方々の専門性も重要である。「使えない設計図」とよく言われるが、これは事実である。まあ、しかし、設計は大したことはない。(難しいものもあるが)実際には現場で施工するほうが、よっぽど大変だ。図面を再現し現場に合わせていかなければならない。この辺も発注者は正確に理解してやらないと、負担を施工業者に背負わせ続けることになる。前工程の不備は後工程のリスクとなり、不備につながる。結果、運用や維持管理に大きく影響し、余計な予算が必要となる。
もうこの辺で我が国も、発注形態を大きく見直す時期だと考えているが、なかなかそうはいかない。世界的にもうすでに遅れている。これは何が悪いのか? 私のような力のないものは改革する力はないがいつも矛盾を感じている。これでは発注するほうも大変である。
インハウスエンジニアには、雑用的な発注業務や住民対応などから少しでも解放させ、本来将来的に重要な政策的業務を職員に、になってもらいたいと思うのは私だけだろうか?この時、プロの方々やスペシャリストの力は非常に必要である。世の中が複雑化し、公共事業も複雑化してくれば、いろんな分野の専門性が必要になってくる。
インハウスエンジニアは、実際にはスペシャリストにはなれない。しかし、プロのマネージャーとしては活躍できる。事業を完成するために、よく考え、スペシャリストやプロをうまくマネジメントして、まとめていくことが重要である。何よりも考え抜くことである。
5.まとめ
世の中には、それぞれ役割分担がある。それぞれの立場もあるし得意不得意もある。この辺を、理解できていない人間が居る。余計なことに口を出してきたり、自分の考えを押し付けて関係ないクレームを言ってくる。通常の場合、聞き流してもよい場合もあるが、相手の立場によってはそうではない場合がある。こういう方々は、おおむね、これまでの対外経験の希薄さが原因である。自分の立場と相手の立場、自分のその発言によってどうなるのか? のリスク管理はもとより経験がないことを意味するが。大手企業の役員においてもそういう方が居るので、幸せな方だな! とうらやましくもなり、その企業の程度が露呈してしまう。これは、現役の方は、よくよく考えたほうが良い。私は、現役ではないので、本音を言っている。責任の度合いが違っているからである。これでも、現役の時はだいぶ押さえていた。
役割分担は重要で、自分の役割と他人の役割を十分考慮して、生産性がどうしたら上がるのか考えたほうが良い。これまでと違い複雑な世の中になっている専門性が重視される一方、技術者の素人化が起きている。考え方が古いかもしれないが、修行時代は重要である。これが、ないとプロにはなれない。ましてやスペシャリストなんて無理無理! 様々な専門性は、実際に経験してみないと、スペシャリストの域には達せないと私は思う。どんなに天才的能力を持っていても、経験していないと分からない。話を聞いていて、言葉の重みが違ってくる。また、これが、わからない人たちも多い。
かつて、K橋の損傷において、最初はコンサルの手抜き点検が問題であったが、支承のローラーの逸脱が大きな要因であることが分かった。この時に、周りは「老朽化による支承ローラー部のボルトの腐食による破断」と言っていたが、私は「衝撃による破断だ。」と言ったがあまり議論されなかった。しかし、これは、ひび割ればかり拾っているから、そうなってしまう。なんでも老朽化と腐食でかたずけようとする。破断面を見れば腐食での破断面なのか、疲労や衝撃による破断なのかは一目瞭然である。老朽化老朽化となんでもそれで済ましてしまうと問題は解決できない。正確に見極め何が原因か推測していくことが重要である。
鋼製ローラー沓の損傷状況写真
材料や部材を、破壊した経験がないので、なんでも腐食なのである。ひび割れは誰でも素人でもわかる。しかし破断面から判断できるのはプロである。最近は大学で材料実験などもしていないのであろうか?荷重の流れと言うのは設計時にも重要であるが、原因を判断する流れとしては重要である。力学の基本であるが、時々それを無視した設計が目につく場合もある。学校で教えられていない事項も実務の世界では必要なのである。
また、「ゲルバー構造」と言うことも理解できていなかったのには驚いた。これは職員がではなく、コンサルがである。まあ、古い構造なので仕方がないのかもしれないが、維持管理には古い構造が多々出てくる。支承なども現在は使われていない構造がある。
ゲルバー構造、どこがゲルバーか分かりますよね
このかけ違い部は見えないのでの内部に不安がある
架け替え時に、ばらして内部を確認
教育に関し私は素人であり門外漢なので、何も言う立場にないが、デザインと構造は違う。お互いに、守るべきところがある。これは、実際に事業を実行していくうえでは、マネージャーが調整していかねばならない。このマネージャーの域を超えてデザイナーが口を出してくるのもおかしな話である。
我が国においては土木は経験工学だということが通説である。これをできるだけ、生産性を上げ効率化する努力は必要である。しかし、皆さんが勘違いしているのは「技術」と「道具」である。道具は効率化してくれる便利なものであり、大いに活用していくべきものである。しかし「技術」は効率化できない。自ら、身につけて行くべきものである。だから土木の世界は厄介であり嫌われるのだろう。AIは道具であり、技術ではない。
恐らく当面は無理である。道具は使いこなすものであって、それを使えばことが足りるというものでは無い。(次回は2023年8月中旬に掲載予定です)