公共事業予算大幅縮小のなかで起きた問題
良いモノ造りができないジレンマ
一時期、公共工事の予算を大幅に縮小しようとしていた時期がありました。特に中高年の方々は鮮明に覚えておられるのではないでしょうか。当時、私は施工者側の現場監督でしたが、過当競争で予算が苦しいこともあり上司から手抜き工事の指示を受けたことがありました。それに対して退職覚悟で断固拒否したことから会社では孤立しましたが、最後まで何とか貫き通すことができました。
その時、周辺工事においてもマイナス管理を超えてグレーゾーンを狙った管理が公然となされましたが、私が指示された手抜きより大胆な不正を隠蔽したり、その行為を発注者に指摘される施工者もいました。そういった現場を見ていると、どの技術者も「不本意ながら予算がないから仕方ない」という閉塞感で満たされていたように思います。そうしたことが永年続いたことから、良いモノ造りでの生き残りは事実上不可能と思うようになり、建設業を卒業することを考えるようになりました。
決定的だったのは、前述した手抜き工事を指示されて約3年後、実行予算で50%の赤字が見込まれた下請け工事の現場に配属となり、そこで上司の命令で赤字0%に改竄した実行予算書を作るよう指示されたことでしょうか。私は上司の顔もありましたが、折衷案として根拠もなしに楽観的な赤字40%の実行予算書を提出しました。頑張れば10%くらい追加工事で挽回できる可能性があると思っての予算書でした。そこで、上司から「先行するこの現場で大赤字でも、それに続く物件でペイできる。支店長の承諾を得ているから赤字0%で作成しろ」との説明・指示を受け、仕方なしに上司の言う通り赤字0%の実行予算書とせざるを得ませんでした。
そこでは、元請が工程に困っており、「このままでいくと作業員を毎日600人程度増員しないと間に合わないと発注者にいわれた。しかし、それを達成するにもコストがかかりすぎて現実的ではないしどうしたものか……」と解決できる元請職員はおらず頭を抱えていました。この発注者は世界的企業であり、世界中の大手ゼネコンとの取引経験から残り工期と進捗率を見て、それ以降どの程度の作業員数が必要であるか熟知して元請けとの工程会議に臨んでいたのでそれ以上の経験がない元請けは八方塞がりのようでした。そこで元請から信用を得ていたこともあり、これはチャンスと考え、休日昼夜問わずの突貫工事で工程を正常な状態にしようと考えました。
ここで上司から押しつけられた業者では士気も低く、元請の工程に間に合わないことから、昼夜問わず働いてもらえる業者さんを探して資金を集中して挑んだことから工程はあっという間に正常となり元請から多くの予算を獲得、あと僅かで黒字化というところまで挽回しましたが、そうした内情を知らない他の上司から僅かな赤字の責任を追及されました。
そうしたことに加えて、報じられる社会情勢において公共工事は悪と言わんばかりの時代だったこともあり「こんなことをこれからやっても評価もないし未来もない。さらに状況は悪化する予測だし……」と考え、業界に嫌気も差して、赤字の理由も上司へ一切言う気にならずにおりましたので、半ば解雇のような形で建設業から立ち去ることになりました。おそらく、そうした赤字現場は全国的に多く、同時期に元請下請の倒産や現場技術者や職人さんが業界から多く去っていった時期ではないかと思います。
補修工事設計で抱いた疑問点
設計照査に全力で取組み、損傷原因を究明
それから紆余曲折を経て、「さらに高い技術なら公益を確保できるのではないか」と考えたこともあり、様変わりした建設業(施工者として)に浦島太郎として戻ってまいりました。
その時に就職した会社の同僚から「コンクリートの補修は汚れ仕事で人気はないが、施工者も足らず国の大きな課題、費用対効果も高いし人の役に立つ」と聞いて興味を持つことに。その後、2011年に運良く橋(1935年建設)の補修工事に配属されました。
最初に、現場で調査・設計が妥当であるか設計照査した訳ですが、そこで設計に大きな疑問を持つことになります。何に対して疑問を持ったかですが、調査・設計では鉄筋爆裂箇所の原因が中性化となっていましたが、全ての鉄筋爆裂箇所の被りが5㎜程度以下というものでした。
そこで中性化深さを検査すると、中性化深さは最大100㎜を超えており、ほぼ全ての箇所で鉄筋背面まで中性化していましたが、鉄筋表面は錆びていたものの断面欠損はゼロというものでした。当時、私は中性化したら鉄筋は膨張すると思い込んでいたため、不思議に思いました。次に塩化物イオン含有量試験においては、ほとんど検出されない状態。初めての補修工事の設計照査でしたので訳が分りませんでしたが、当時与えられた補修の書籍では説明しにくい状況でしたので、いかに整理すべきか大いに悩み研究しました。
私としては、受注した工事の妥当性を設計照査で証明しなければならないですし、可能であれば手を加えて更に公益性を高める協議をしなければならないので、時代背景や診断の意図など真剣に考えました。そこで、会社で補修を専門としているコンクリート診断士からは「設計はマニュアルに従っているので間違いありません。設計と同じ照査結果とすれば問題ありませんので、発注者に同じように報告してください」と言い含められました。私も与えられた書籍が絶対とすれば、現場の状況は設計書通りであることは筋が立つと思いましたが、それでは原因も対策も間違いと思い、何か見落としていないか様々な角度で考えました。
そこで、自分なりに診断基準の意図を想像しながらですが、考えをまとめ発注者に対して説明したのは、鉄筋爆裂について設計では中性化が原因とされていましたが、中性化は関係なく単純に鉄筋被り不足の箇所に限って水と空気で鉄筋が錆びて膨張した結果コンクリートが剥落していること。ひび割れについて設計では中性化・乾燥収縮が原因となっていましたが、ひび割れのほとんどが曲げ応力が卓越する箇所に集中していましたので、学生時代に習った構造力学の曲げモーメント図等の考えを用いて説明し、補修方法についてもそれに見合う施工方法を別途協議しました。書物にないことを様々な角度から説明するよう努力しましたが、その数年後にひび割れの原因については【疲労】としてコンクリート工学会の診断技術に追記されたことから、協議に応じてくださった監督員と良い協議ができたと思っております。
参考までに時代や法令によって使われる材料が大きく変わることがありますが、海砂を使っていない時代の橋は飛来塩分等が少なければ被りが薄くても全く錆びないことを1930年に建設された橋が解体された時に確認したことがあります。この解体された橋梁においては、被りが最低13mm(写真-11)はじめ、多くの箇所で被りがとれていませんでしたが、全く錆びていないことを確認しました。
写真-11 1930年建設 被り13㎜で錆びていない
こうした川砂を使ったような古い橋では、被り不足が多く、その位置だけは鉄筋爆裂があるので慌てるかと思います。鉄筋爆裂は、橋が崩壊しそうに見えるかと思いますが、古い橋梁でも飛来塩分が少ない地域では、補強が可能な場合は長期で使用できると思いますので慌てず調査しながら、場合によってはその後の対応を学会の先生方に相談すると良いのではないかと感じました。
初期欠陥部分が劣化因子侵入のフリーゾーンとなって早期破損に至る
新設コンクリートの長期耐久性を追求することが重要
そうした現場を経験してからというもの、私は周りのコンクリートの不具合を見る度に、検査は何が必要であるか、その結果から更に検査が必要だとしたら何が良いか考え、予測した診断結果から補修工法は何が良いか考えたりすることが一時期ありました。そうした事を頻繁に考えた結果、全ての破損が初期欠陥部分に集中していると気付きました。初期欠陥部分が劣化因子侵入のフリーゾーンとなって早期破損しているという考え方です。飛沫帯などの環境が厳しい箇所もありますので程度の差はありますが、結局どのコンクリートにおいても初期欠陥の部分から破損するのは同じという結論に至ったのです。
そうしたことから、今後どのようにすれば公益に最大限貢献ができるのか考えた結果、初期欠陥の調査・診断・補修では再劣化も防げず、劣化の根源と言うべき初期欠陥の新設構造物はこれから継続して増えるばかりで、いつか予算が追いつかなくなるのではないかと考えるようになりました。
公共工事はストック効果によって国民を豊かにすると考えられていますので、コンクリートの維持管理に費用があまりかからないほうが良い訳で、このままでは良くないと考え出しました。そこで補修の道へ進めば中・長期的に社会貢献できると思いましたが、ここは在るべき姿すなわち新設コンクリートの長期耐久性を追求すべきとの結論に至ったのです。
ただ、ここでハッキリ申し上げたいのは、先輩方が構築した構造物において初期欠陥が多いから無駄だったという評価は妥当ではないということです。私も、小さな構造物を構築してきましたが、コンクリートのことを良く分っていなかったことから、良かれと思ってスランプの上限要求や加水もしていました。人手不足で、企業に人を育てる予算も限られ、教育もあまりなされずに現場へ配属された時代、意図して不良品を構築した訳ではなく、与えられた少ない作業員、足りない器械で施工しようとすれば選択肢が限られてしまうはずです。
それが良いとは言いませんし、悪かったと反省すべきでしょうが、これは経験しなければ誰も分らないことでしょうから今後の対応が大切だと思います。大切なことはPDCAサイクルを回してよりよい環境としていくことだと思います。
私は運良く、構造力学の恩師がアメリカで教鞭を執って日本に帰って来られたことから「構造物が壊れる理由を理解した上で設計・施工しなければならない」と教わりました。恩師は構造物が壊れる状況をアメリカで経験していましたので、おそらく耐力不足と劣化の両方による破壊を言われたのでしょうが、学生時代の私は耐力不足で破壊されるイメージしかできずに卒業したので、恩師の言われたことが今になって少し理解できるようになりました。卒業して約20年後の気付きでしたので、これから挽回できるよう日々精進して恩師に応えようと思います。
半永久的な寿命の構造物に挑戦
経験しながら改良し続けることがモノ造りの楽しさ
少し話がそれましたが、私としては数多くのコンクリートを観察しておりますが、今まで緻密と思われるようなコンクリートが壊れるのを一度も見たことがなかったので、そうしたコンクリートがどのような期間で劣化するものか、もしかしたら半永久的に劣化しないのではないかと疑問に思っています。
我が国では品質の底上げがなされたと思われるコンクリートのサンプルは山口県・東北地方整備局・群馬県の取組み以降、ストック中であることから、ライフサイクルコストの指標・尺度のようなことはこれから解明されるのだと思います。そこで、せっかく新しく造るコンクリートなら半永久的な寿命である構造物に挑戦しようと考えたことから今の新設コンクリートの施工技術を考えるにいたっておりますが、実情はいまだに気付きの連続ですので、私の人生において完成形までたどり着くことはないかも知れません。経験しながら改良し続けることもモノ造りの楽しさですし、恩師が教えてくださったように私も伝えていくしかないと思っております。
時代が変われば材料・工法・環境・条件等も変わって、さらに違う技術も必要でしょうから、時代に合わせて進化することも求められるものと考えております。問題として、人も資金も限られることから、現場技術の継承ができる環境はほとんどありませんので、今後途絶えていく方向かと思いますので、ここは瀬戸際だと感じておられる先輩方は多いのではないでしょうか。
ただ、基準書を守って仕事をするのが精一杯だという厳しい状況において、私も会社や発注者から「基準書を守れば間違っても良い」と言われ続けましたが、今後は自分で考えたオリジナル技術を信じて公益を確保できるまでにPDCAを回して社会貢献したいと思います。そうした時、先に述べたように「根拠はあるのか」、「責任は取れるのか」、「ルール通りしてほしい」等々あるかも知れませんが、そこは自分で蓄積した技術を丁寧に説明して理解を得た上で協働していくことも大切かと思います。
コンクリートの耐久性は生コン打設当日で決まる
生コン打設時に費用をかけてもLCCで数十倍以上の費用対効果が見込める
いま、世の中は効率化に向かっており、それは良いことですので推進しなくてはなりません。ただし、毎回主張しているように、コンクリートにおいては丁寧に施工したほうが維持管理費用のコストが圧縮できて良質なデータもストックしやすいと思います。
コンクリートの耐久性は生コン打設当日でほとんど決まります。効率化された場合の人数と比較すると2~3倍程度の作業員が必要となりますが、手間を惜しんで将来的に定期的な調査・設計・補修する費用が多くかかることを考えたなら、生コン打設時に作業員を3倍かける費用は、数十倍以上の費用対効果が見込めるのではないでしょうか。人も資金も限られていますので、どこに資金を重点的に配分するか考えるべきだと思います。
表題の「補修の時代だからこそ見直すべき新設コンクリートの品質と重要性」について、皆さんはどう感じられたでしょう。公共事業ですから限りある資金・人材・資材等で費用対効果が最も高く、国家の持続性を考えた時、偉大な先人達の構造物は一部でそのまま残っていることを考えますと、新設コンクリートを丁寧に施工することが最も維持管理費が安くなり、LCCの効率化となるのではないかと思いますが、皆さんはどう考えるでしょうか。
私も修行の身ですので全国の構造物を見て回っているところです。良ければ皆さんの最高傑作または失敗作について議論したいと思いますので、そうしたコンクリートを構築した時は是非お声がけいただきたいと思います。
先日、高山植物の自生する標高の高い地域において蝉が鳴いていました。同県の温かい海岸線で蝉は全く鳴いていなかったことから不思議だなと周囲を観察すると、10年前には硫黄が出ていなかったはずの箇所で硫黄が出た形跡が複数で確認でき、そこでは気温も高く、アスファルトについては5度以上熱かったので少し不気味に感じました。そこでは硫黄による構造物劣化が顕著でしたので、次回はそれについても紹介しつつ雑談形式で記事にできないかと考えております。
以上、今回もまとまらない文章・独り言にお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。