3 対策工事の実施
(1)地下水位を低下させる工事
①中央排水溝の新設
路盤下空洞の主たる発生原因は地下水位の高さにあることから、1984年頃3)より、トンネル排水を側排水方式から中央排水方式に変更するための、排水溝の設置工事が行われました(図6参照)。この工法は、図7に示しますとおり、湧水の導水勾配を確保し、細粒化が進む路盤面付近をドライな環境にする目的で実施されていました。
2項で示した路盤下空洞発生のメカニズムからも、最も合理的な対策工法であるものの、日々の列車の走行安全を確保しながら工事を行うためには、施工難易度が非常に高いうえ、既に一定量の空洞が発生している現状では、水位低下後に、空洞部に対する注入工事を行う必要があり、注入材が排水溝周囲に設置された透水性材料の隙間に浸透してしまい、水位低下の効果が十分に得られていない区間も存在することになります。そのため、現在では対策の選択肢からは外れている工法です。
しかしながら、変状メカニズムに対する対応としては最善と考えられる対策であり、その効果も、施工済箇所の多くが、以降の軌道沈下を抑制できていることから、有効な対策であると考えています。施工の難易度は、新たな技術の開発によって解消されてきた例が多くあります。今後の技術開発によって、再度本工事が抜本的な対策工事として施工される可能性は大いにあると考えています。
図6 中央排水溝設置断面詳細図 / 図7 中央排水溝設置位置と動水勾配の関係
②坑外集水井の新設
本工法は、谷地形部に開削工法で施工された土かぶりが小さい区間で、坑外に集水井を設置する対策により、水位低下を図った事例です。対象区間付近の地形、地質概要を図8に示します。対象区間は標高約400m弱のやや急峻な山地の谷間にあり、地質は真砂、強風化花崗岩、風化花崗岩などの花崗岩風化帯です。
図8 対象箇所の地形・地質概要
水の流れとしては、山側からの水(①)の他、開削工法での施工をふまえるとトンネルに沿った水(②)や南方に位置する、ため池からの水(③)も想定されました。この3つの流入パターンを想定し、対象区間の北西位置に集水井を設置して、集水効果を確認しながら水平ボーリングを順次施工しました。集水井とトンネルの断面を図9に示します。
図9 トンネルと集水井の位置図
施工後現在まで、トンネル坑内の水位は路盤面より低い位置にあることを定期的に確認しています。この工事は、崖錐地形特有の地質不良区間で、過去に注入工事を5回以上繰り返し実施したものの、効果が得られず、スラブ軌道の沈下が継続したことから、抜本的な対策として例外的に実施したものです。この工事では、水位を低下させるために、水平ボーリングを複数回に渡って施工しました。水位を下げるためには、地下水脈にボーリング孔を当てる必要があるものの、これは大変難しいです。地形や用地の条件も相当な制約を受けます。
(3)で述べる対策が確立されていれば、それで対応できていた可能性もあるため、本稿で紹介する4つの工法の中では、最も選択されにくい工法であると考えています。
(2)発生した路盤下空洞に対する注入工事
路盤下空洞に対する注入は、セメント系の注入材料を用いて、空隙を充填する方法で、山陽新幹線開業後より路盤下変状が生じた箇所への注入が随時実施されてきました。しかしながら、過去には地下水の流速が速いと思われる箇所では充填後、再び沈下する現象が多発していました。これを踏まえて、現在は、一定の流速下でもモルタルの水中分離抵抗性を高めるようEVA(エチレン酢酸ビニル)系の樹脂を添加した注入材を開発し、使用しています。現在、路盤下空洞に対する対策として最初に選択される工法であり、本材料の開発によって、開発前に使用していた材料では十分な効果を得られなかった区間でも、写真2に示すとおり、一定の効果が得られていることを確認しています。しかしながら、注入の効果は恒久的なものではなく、時間経過とともに、再発のリスクは高まります。そのため、耐久性の検証は重要であり、施工後の変化については随時検証を行っているところです。また、開発した注入材を注入しても、効果が十分に得られない箇所については、(3)に示す恒久対策を実施するという流れで維持管理を行っています。
写真2 注入実施後の充填状況(白色が注入材)
(3)恒久対策としての小口径場所打ち拡径杭新設
注入工事で十分な効果が得られない箇所に対しては、小口径の場所打ち拡径杭(以下、路盤支持杭という)を施工して恒久対策とすることとしています。路盤支持杭の構造概要を図10に示します。
図10 小口径場所打ち拡径杭の構造概要 / 写真3 開発した拡径ビット
路盤支持杭は、路盤全体を杭で摩擦支持する構造で4)、配置は線路直角方向に約2.5m、線路方向には約1.7m間隔です。路盤鉄筋コンクリートから鉛直荷重を路盤支持杭へ伝達するためには、杭頭の均しまたはりょう盤コンクリートを支持する部分の径を拡大する必要があります。そのため、所定の拡径部を確実に施工することが重要となります。そこで、遠心力により拡径ビットが開く装置を新たに製作しました。写真3に拡径装置を示します。この拡径装置や杭の削孔機械を保守用車両に搭載し、杭の削孔、拡径、コンクリート打設の一連の作業を実施できるよう保守用車編成を構成しました。この工事は、JR他社で施工方法が確立されたものを、山陽新幹線の地質に合わせて改良したものです。この工法も、得られる効果は大きいものの、安全に施工するためには多くの時間と費用を要します。そのため、現在、注入工事と路盤支持杭の中間に位置する工法の開発を行っています。
4 おわりに
連載第7回となる本稿では、JR西日本において開業直前よりおよそ40年間にわたり試行錯誤を繰り返しながら維持管理を行ってきた、山陽新幹線のトンネル路盤下空洞発生に伴う、スラブ軌道の沈下問題に対しての対策工事を紹介しました。多くの先人達が多くの失敗を糧にし、あきらめることなく挑戦してきた結果として、1次対策、恒久対策という工法を確立でき、新幹線の安全に寄与できているのだと考えています。
参考文献
1) 日本国有鉄道下関工事局:山陽新幹線工事誌(小瀬川・博多間),1976.3
2) 日本国有鉄道広島新幹線工事局:山陽新幹線設計施工資料,1974.3
3) 篠原洋一ら:山陽新幹線トンネル内路盤対策、交通技術、第40巻10号,1985.10
4) 坂本寛章ら:40周年を迎えた山陽新幹線トンネル路盤対策の変遷-検査手法と対策工法,トンネルと地下,2015.5