道路構造物ジャーナルNET

第85回 フィールドを用意するが、やってみる気はありますか?

民間と行政、双方の間から見えるもの

植野インフラマネジメントオフィス 代表
一般社団法人国際建造物保全技術協会 理事長

植野 芳彦

公開日:2023.02.16

3.リスク解決の取組み

(1)マネジメントとしての新技術導入
  富山市では維持管理の基本方針は平成27年度に策定した、「橋梁マネジメント基本計画」の方針に基づき実行していくものとしている。大きな、今後永遠に続くプロジェクトに対しては、何か基本の根幹となるものが必要であり、それを示したものである。つまり「戦略」である。もちろん、数年に一度はその時の状況を鑑み修正していくことも重要である(現在、改定作業中である)。


まずは、戦略

 本市が管理する橋梁は、2、300橋あり、その多くが高度経済成長期に集中的に整備され、架設後50年を迎えることから、今後一斉に老朽化の進行が加速することが明らかとなっている。また、明らかに工事当初からの施工不良により、劣化の進行が早まっている例も多々あり、完成検査時の受け入れ検査の厳格化や、精度も含めた意味での品質向上により、少なくとも、新規完成時には、弱点の無い状態であることも、今後重要なことである。
 この、基本計画の中では、主要な項目も定め、如何に取り組むかも示している。いわゆる「戦術」に当たる。この戦術の一つに「新技術の導入」を掲げている。調査手法や補修材料・工法と、新たな技術を恐れなく使い、評価していくことが必要であり、それによって将来維持管理の生産性と、効率が大きく上がればよいと考えている。

(2)セカンドオピニオンとマネジメントカンファレンス
 点検・診断は、措置の方向性を決定するための重要な業務であるが、点検による損傷度や診断による健全性の評価においてコンサルタントの成果における品質や精度が十分でなく、必要な成果が得られていない状況が明らかである。そのため、まず、構造物や業務の難易度によって、委託するコンサルタント等のレベルも分けて考えている。これには、各企業の調査も必要であり、資格要件の明確化や過年度の業務評価も重要となってくる。

 さらに、実施した点検結果・診断結果に対し、「セカンドオピニオン」として、点検・診断精度を確実に確保していくことを目的に実施している。業務を担当した、職員と業者に加え、他の職員や私が協議に入り全数チェックし、再調査の提案や、詳細調査の判断を実行し、職員の技術力強化のためにも実施している。
 近年、コンサルタントの構造物に対する実力が落ちており、その後の判断を誤らないためのものである。事実これまでに、セカンドオピニオンを実施し、重大損傷を改めて発見し、通行止め等の措置を、実施し安全対策を図っている。また、これにより、地元の、その橋に対する、依存度合いや重要性が見えてくる場合もあり、通行止めの措置も、新たな方針を得るための手法でも有ると考えている。

 診断結果が評価ⅢもしくはⅣの橋梁で、撤去を検討すべき橋梁に関しては、職員の判断の負担軽減のために、「マネジメントカンファレンス」会議と言うものを設定した。個別の橋に関して、第三者の有識者にアドバイス願う仕組みである。現場の確認も実施し、技術的根拠と社会的根拠で判断を行い、将来の撤去へ向けて、意見を議論している。

 我が国においては、第三者のチェックがあまり行われていない。公平な目で確認することによって、より説得力のある判断材料を示せることになり、職員の負担軽減を目指している。

 橋梁の撤去に関しては、なかなか、市民の理解を得ることは困難であり、感情的になってしまう場合もあるので、冷静な判断と粘り強い説明が必要である。当局側が「撤去」の判断を下しても、実際に実行に移せるのには、非常に時間がかかり、落橋や第三者被害への危険度は増加していくことになる。「セカンドオピニオン」と「マネジメントカンファレンス」は点検精度を上げ、将来の方針を合理的に決定するような手法であると考える。

(3)フィールドの提供と実証試験
 今後、点検等の効率化・高度化を実行していくためには、先進技術の検証も重要と考えている。現在の近接目視の精度を確保しつつ、先進機器を活用した、点検手法も随時実証している。


3Dスキャナーの活用

 モニタリングシステムの活用や、3Dレーザースキャナーなど、現在、複数の民間企業等と共同で実証試験を行っており、今後はその評価に入りたい。また、今後の橋梁マネジメントにおいて、新たな技術やノウハウを積極的に取り入れることを目的に実施している。私は、あまり積極的に宣伝はしていないが、国立研究開発法人土木研究所や、京都大学、大阪大学などの大学や、要望のあった民間企業15団体ほどとの協力協定を締結し、新技術の試験導入に協力し研究協力体制を取っている。


大阪大学の医学系研究者とのシート型センサー共同研究

 さらには「補修オリンピック」ということで、橋梁の補修方法などに関し公募し、北陸地方を拠点とする先生方の協力を仰ぎ、民間の技術を自由に試してもらい、その結果を評価する仕組みを実施している。これは新技術導入において最も不足している部分であるからである。これに関しては、本来国などの機関が行ったほうが権威もでき有効であろうと考えるが実施されていないので富山市のフィールドで実施している。今年で3期目である。今後は評価を本格化していく予定である。これに関して「ネーミングが悪い」と言うことが、指摘されているが、大きなお世話であり、ならば自分たちでもやってみろよ!なのである。


補修オリンピックなどを活用し、新技術を積極採用

 今の新技術に関して最も足りないのは、「実装のための実証」である、試してみて評価して実際に導入する。時間はかかるが確実である。この労を厭っては、先はない。

 さらに、今後予想される、財政難においては、民間資金の導入等を目的にした、「維持管理のためのコンソーシアムの確立の検討」などを実施し、PPP/PFIの可能性、維持管理分野における官民連携の可能性の検証、「包括管理導入検討」等も積極的に行っている。マネジメントとは単なる手法の話ではない、如何に物事に取り組むかと言う工夫が重要なのである。

4.将来への布石(今回のまとめ)

 富山市において、インフラのメンテナンスを考えてきたが、課題は大きい。最も不足しているのは、人材と財源であろう。この問題は、全国共通の課題であるが、目をつぶってきたと言う事実がある。様々な課題に対し判断が下せることが自治体の技術職員にとって今後重要となってくる。そのためには、今まで以上に、インハウスエンジニアの人材育成が必須である。的確な判断ができるインハウスの技術者教育と技術継承が必要となってくる。とはいえ、長年の「造る時代」の慣習の中で、新たな考え、新たな取り組みをしていくのは、非常に困難である。 自治体の場合、知らず知らずのうちに「消耗戦」となってしまえば、すぐに財政破綻への道をたどることになる。インハウスエンジニアを育成する必要を強く感じ、「植野塾」と称し、若手技術職員を中心にした、意識改革のための勉強会を、月1回ペースで開催してきた。60回以上実施した。「人財(あえて材ではなく)こそ持続可能な自治体を支えることが可能である。」将来に期待したい(私自身は2019年3月で退官したので、現在は求められるところで「植野塾」を実施している)。

 インフラメンテナンスは点検・診断を、単純にやればよいというものではなく、劣化原因を検証するのは簡単ではなく、様々な要素が絡み合っている。幅広い高度な知見と判断力が要求される。インフラメンテナンスにかかわる技術者の価値の見せ時である。非破壊検査技術や解析技術も理解していなければならないし、モニタリング技術への理解も重要である。点検を的確に行い、有効な管理法を導き出すためには、本来は、設計、製作、施工、材料、維持管理、非破壊検査技術、架設、撤去等の幅広い経験と知識が必要である。しかし、現在は官も民も速成された技術者が、かかわっている。これは、技術の継承と教育が十分でないからである。これではよい成果は出ない。まずは、構造物の基本は、わかっていないと、事故を起こす可能性が高いことも述べておく。

 先日、某道路を車で通りかかり、信号で止まった際に、壁高欄のチョーキングが気になった。「おお!やってあるな!」だったが良く見るとクラックは皆「クラック●mm」あとは断面欠損、鉄筋露出と書いてある。当たり前なのだが、その後が気になった。「どのように報告書がかかれ、どう評価しているのか?」まあ、他人の管轄場所なのでどうでもよいのだが、クラックには、経年によるクラックと施工時のクラックがあり、断面欠損と書いてあるところでは、断面欠損ではなく、施工時の充填不足だと思われた。これは私の見方が悪いのかもしれないが、点検者の技術力の差が出てくる部分である。これが報告された後に管理者がどう判断したかも重要である。

 新技術の導入やDX、AI等、技術者の道具となる技術も進歩していくが、その運用法や判断は技術者がしなければならない。そして、管理するインフラ全体を俯瞰的に長期的にどうしていくかと言う、マネジメント技術も必須である。施工時の不備なども多く、新技術だけでは解決しない。さらに、新技術を導入すればコストが下がると思っている方々も多いが、そうではない。新技術だけでは問題は解決しない。しかし、使わなければ進歩もない。コストに関しては、上がる代わりに何が得られるか?という検証も必要である。新技術を導入するには、まず官側の技術力が必要である。そして、精神である。現在、新技術を導入すれば、あたかもコストが下がると思っている方々が多く居らしゃるが、そういう議論になっているのは非常に残念だ。考えがおかしいし甘い。「ジェネリックと新薬の違い」がある。これと同じで、新技術は高くつく。それをどう評価するのか?が重要である。私は、長年、新技術や新事業の開発にかかわってきたが、開発コストをどこで吸収するかが課題である。コストを人工に置き換えたり長期的に見る工夫が必要である。


新技術の導入やDX、AI等、技術者の道具となる技術も進歩していく

 若手の技術者諸君は、恐れることなく自分の良いと思う物には挑戦してほしい。ただし、やみくもでは無く勉強してほしい。単に業者の言いなりではなく自分なりの判断が重要である。仮に新技術を使っても、それが正しいのかどうかの判断は必要であるし、新技術は単なる道具であるので過大評価は禁物である。採用し実施したら、必ず評価と記録が重要である。後輩にも伝えるのだ。

 そして、上司の方々は、若手の提案を、黙って認めてやる度量が必要である。暖かく見守ってやることが成長につながり、長期的に判断することもが組織のためになるだろう。維持管理は、そこに物がある限り永遠に続くのである。長い長い戦いであり、その中で、人を育て技術を磨くことこそが、大切であり、それには時間がかかる。上司の方々のように成長するには、この先何十年かはかかる。だから、早いうちに失敗させることも重要である。
世の中は、新しいことに挑戦できる少数の人間によって変化してきた。最初は多くの方には認められない技術も役立つはずである。多くの人が認める技術は、もはや新技術ではない。(次回は2023年3月16日に掲載予定です)

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