-分かっていますか?何が問題なのか- 第63回 景観とメンテナンス(その3)
‐良いモノを作るための鍵はそのプロセスにある‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
熊本大学 葛西昭准教授を偲ぶ
『都市橋梁の持続的デザイン ‐補修・補強のホーリスティック・アプローチ‐』
4.おわりに
何を今更ではあるが今回の連載の表題は、「景観とメンテナンス」である。
今回の表題を見て多くの読者は、景観を考えて造った道路橋のメンテナンス手法についての話題提供であろうと判断した人が最初は多かったと私は思っている。2回の連載を読み進んだ読者の多くは、大きく2つに分けられると思う。都市景観を重視する人、景観について齧った人で繊細な人は、確かに吊り治具の追加設置は外観を大きく変えることから重大事件だ!! これだから何時まで経ってもメンテナンスに関する評価が低くなると思った人のグループに属すると思う。都市景観を考えない人、景観について齧った人でも大らかな心の持ち主は、小さな吊り治具の設置ぐらいでは外観は大きくは変わらない、ミクロ的な目で見て汚点を探し出して批判するより、マクロ的な目で見ることがメンテナンスには必要であり、些細なことでいちいち騒ぐなと思った人のグループに属すると思う。また、今回の連載シリーズは、道路橋のメンテナンス手法についての細かな解説、経験談が中心となっていると思い込み、自分にも役立つ箇所が多いはずと判断したが、読んでみて期待外れだと思った人のグループもあると思う。
さて、約1年前、私が今回の連載で語る話題提供の題材に「景観とメンテナンス」にしようと考えたのは、我が国の空の玄関として、そして、海外の要人が日本に最初に触れる東京国際空港(羽田空港)の重要な景観を創り出す赤茶色の巨大なアーチが様変わりする一大事件が行ったことが起点にある。私としては、景観とメンテナンスに苦労した一人として、この難題を何とかクリアーした経験談を多くの人に知ってもらい、参考にして貰いたいと思ったのが大きい。私自身、過去に何度も同様な景観改変事件を起こした主犯として後悔したことは何度もあり、事件を起こし周囲から批判的な意見を浴びせられるそのたびごとに、自らの軽はずみで配慮の無い行為を恥じていることが背景にある。
「景観とメンテナンス」を書きたいと思った理由は他にもある。それは、私として非常に残念な思いで知った、若くして亡くなられた熊本大学工学部葛西准教授に関係する。写真‐24が在りし日の葛西昭准教授の姿である。何ともにこやかな、葛西先生の人柄が良くわかるカット写真である。葛西先生は、今から2年前の8月2日に48歳の若さで亡くなられたが、葛西先生とは、日本鋼構造協会の委員会『景観を考慮した都市橋梁の補修・補強、改築法の調査研究小委員会・委員長京都大学杉浦邦征』で委員として参画した際、貴重な意見を何度もお聞きし、激論を戦わせた間柄である。
委員会当初は、出身校の名古屋大学に在籍(助手から講師)されていたが、委員会が終わる2010年に熊本大学の准教授として移られ、これからの活動を期待されていた有能な研究家、教師である。小柄で、お人好しの太っちょ、私自身大好きな研究者であった。2016年の熊本地震発災によって校舎、特に工学部の校舎が壊滅的な被害を受けた時、葛西先生は、日々の生活が大変な状態となったにも関わらず、私に対して、地震の状況、復旧・復興の基本的な考えや活動などを詳細にお教えいただいたことを今でも昨日のように思い出す。葛西先生が亡くなられ、私と一緒に活動し、取り纏めた『都市橋梁の持続的デザイン ‐補修・補強のホーリスティック・アプローチ‐』が本棚にあるのを見て、何とか『景観とメンテナンス』の切り口で書き、葛西先生を偲ぼうと思ったのである。葛西先生の研究キーワードは、鋼構造、耐震工学、構造工学であるが、材料が過大な力を受けた時、構造物がどのような挙動を示すか、鋼構造と地震などについて、奥が深かったと記憶している。
熊本地震が発災した直後、電話をして無事かどうかをお尋ねした時、電話口で笑って「髙木さん、大丈夫ですよ、私は無事です。工学部の校舎は壊れましたが、是非、熊大に寄ってください。桂花でも、マルイチでも、大黒でも、好きなところラーメン食べに行きましょうよ」と話してくれた。葛西先生が若くして亡くなられたことは、我が国の鋼構造分野の一人としてとても残念である。。崎本先生の時代から私は、講演会などで熊本大学には何度か御邪魔し、九州エリアの特筆すべき技術を学んできているが、大学の門をくぐることは二度とないと思う。そのわけは、私の慕う葛西先生が亡くなられたことにある。私が熊大に行くとたぶん、葛西先生に纏わる種々なことを思い出し、涙がこみ上げ、会話にならないと思うからである。連載表題は「景観とメンテナンス」であるが、今回のサブタイトル「‐良いモノを作るための鍵はそのプロセスにある‐」は、葛西先生と苦労して纏めた『都市橋梁の持続的デザイン』のあとがきに記述した一節にある。この言葉は、小委員会で葛西先生も確信し、そして私も同様に考え、現在も実行している私の大切な格言となっている。(次回は2022年12月1日に掲載予定です)