2.現場技術力の向上
【現場技術力の向上支援】
本稿の冒頭で紹介しました、国総研の根幹となる活動の3番目が、地方整備局等の現場技術力の向上支援です。国総研の研究方針で次としています。
現場に求められる技術力は、その水準に応じて、大きく以下の3つがあると考えられます。
ⅰ)技術基準等を正確に理解し、適切・柔軟に運用できること
ⅱ)現場で発生する技術的課題に際して、一定程度自立して対処できること
ⅲ)現場での課題を抽出し、技術基準等の改善に向けた提案ができること
国総研では、これら技術力の養成のため、研修、人材受入、出前講座等を実施しています。また、1.で紹介した、災害や事故、また、重篤な損傷等の現場が直面した課題に対する技術支援も、技術力移転の貴重な機会と捉えています。
図-7 国総研で実施する現場技術力向上に向けた主な取り組み
【宮原らによる人材育成に関する研究】
国総研においては、上記のように現場技術力の向上に向けた各種活動を行っています。また、皆さんの職場においても、技術者育成、技術力向上は喫緊の課題と思います。6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、重点投資分野の最初に「人への投資と分配」が位置づけられています。参考までに、それ以外の分野として「科学技術・イノベーションへの重点投資」「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」「GX(グリーン・トランスフォーメーション)及びDX(デジタル・トランスフォーメーション)への投資」とされています。
そのよう中、国総研の宮原史主任研究官(現、国総研企画課長)が、筑波大学堤教授とともに、道路橋を維持管理する技術力の解明について、一連の研究を行っています。
1)宮原史・堤盛人:戦略的な人材育成の実現に向けた道路橋を維持管理する技術力の解明の試み―ブルーム・タキソノミーの応用―、土木学会論文集F4(建設マネジメント)、Vol.76,No.1,pp14-28,2020.
2)宮原史・堤盛人:道路橋を維持管理する技術力の解明の試み―支援ツールの活用に着目して―、土木学会論文集F4(建設マネジメント)、Vol.76,No.2,pp132-145,2020.
3)宮原史・堤盛人:土木技術者の経験と学習―地方整備局職員の研究所出向と道路構造物を維持管理する技術力に着目して―、土木学会論文集H(教育)、Vol.78,No.1,pp20-37,2022.
4)宮原史・堤盛人:計量テキスト分析による道路橋を維持管理する技術力の解明の試み、土木学会論文集(投稿中)
5)宮原史・堤盛人:インフラの維持管理に関する研修による技術力向上効果の評価―道路橋の点検に着目して―、土木学会論文集(投稿中)
以下、これらの論文の一部を紹介します。なお、分かりやすくするため、一部、論文の記述から変更している箇所がありますこと、ご留意ください。
【技術力解明のための方法】
戦略的な人材育成に向けた技術力の解明として、教育分野で用いられる「ブルーム・タキソノミー」と呼ばれる枠組を用いている。ブルーム・タキソノミーは、表-1に示すように横軸を認知過程次元、縦軸を教える内容(知識)を類型化した知識次元とした2次元で構成される。
表―1 ブルーム・タキソノミー
認知過程次元は、表-1に示すように「記憶する」「理解する」「応用する」「分析する」「評価する」「創造する」の6領域から構成され、表-2に示すとおりそれぞれの次元に計19の認知過程が分類されている。ここで、認知過程次元の6領域は、単純なものから複雑なものの順序で配列されている。
表-2 認知過程の類型
知識次元は、個別・具体的な内容要素を指し示す知識である「事実的知識」(例えばコンクリートに関する用語の定義)、より組織化され一般化された知識である「概念的知識」(例えばコンクリートに関する基本原理・原則)、やり方についての知識である「手続的知識」(例えばRC部材の応力度計算、配筋設計の方法)、そして、自分自身の認知過程や人間一般の認知過程についての知識である「メタ認知的知識」から構成され、表-3に示すとおりそれぞれ類型化されている。
表-3 知識の類型
知識次元の4つのカテゴリーと認知過程次元の6つのカテゴリーを組み合わせることで、合計24の目標の類型を示すことが可能である。ただし実際には、特定の知識のタイプは特定の認知過程と結びつきやすい性質をもっており、表-1に示すように、1)「事実的知識の記憶」、2)「概念的知識の理解」、3)「手続的知識の応用」、4) さまざまなタイプの知識の複合体に支えられた「高次の認知過程(「分析する」「評価する」「創造する」にあたる)」という4つの目標の類型が考えられるとされている。
【熊本地震で被災した道路橋の復旧事例の分析】
熊本地震で被災した阿蘇長陽大橋(写真-1)の復旧事例についての分析を紹介する。阿蘇長陽大橋は橋長276mの4径間連続PCラーメン橋である。熊本地震の影響によりA1橋台(直接基礎)側の斜面が崩落し、これに伴ってA1橋台が沈下し、支承の破壊により、箱桁端部との間に鉛直方向に2m程度のずれが生じる等の被災を生じた。これらの被災に対する復旧においては、単に元の構造に戻すのではなく、同様な被災が少しでも生じにくくなるようにするための配慮が行われている。ここでは、本橋の復旧のうち、大地震で斜面が崩落しても構造全体として沈下しにくい橋台形式を採用したこと(写真-2)に関する復旧を分析する。
写真-1 阿蘇長陽大橋(復旧工事中の状況)
写真-2 斜面崩落の影響を受けにくい橋台構造形式の採用
分析結果を図-8に示す。図中、技術的な判断や検討の経緯を矢印で示している。この一連の検討では、「斜面変状により橋台前面の支持地盤が崩落した場合でもできるだけ通行機能を確保できるようにする」という復旧における方針の設定を起点としている。
設定した方針に基づき「RCラーメン構造により橋台を再構築する」という手段が提案されている。手段を提案する認知過程は「創造する」に分類した。また、本事例で提案された橋台形式は一般的な形式ではなく、橋梁設計の手続的知識ではなくコンクリート工学の概念的知識まで立ち返って方針に合致する手段を提案するに至ったと考えられることから、知識は「概念的知識」に分類した。
提案された橋台構造形式は、解析によりその妥当性を評価した上で採用されている。妥当性を評価する認知過程は「点検する」に含まれることから、認知過程は「評価する」に分類した。また、ここで用いられた解析手法は手続的知識に該当すると考えられることから、知識は「手続的知識」に分類した。
ここで、阿蘇長陽大橋では、地震直後に行われた地表踏査において地表面に開口クラックが確認され、地盤の緩みが懸念された。このため、採用されたRCラーメン構造の橋台において、橋台背面をどの位置まで伸ばすかが課題となった。橋台背面の位置は、地盤の緩みの範囲を把握することを目的として開口クラックが確認された範囲を包含して行われていたボーリング調査結果に基づいて判断されている。 そこで、「ボーリング調査を行う」ことを独立して分類した。各種調査手法を問題に適用する認知過程は「応用する」に含まれることから、認知過程は「応用する」に分類した。また、ここで用いられたボーリング調査は手続的知識に該当すると考えられることから、知識は「手続的知識」に分類した。
最終的に、ボーリング調査結果に基づき、RCラーメン構造の橋台の背面側をどの位置まで伸ばすかの判断がなされている。この判断は、ボーリング調査結果から橋台背面の位置を判断するにあたって重要な情報を「区別する」という認知過程が最もよく該当すると考えられることから、認知過程は「分析する」に分類した。また、この判断は橋梁設計の手続的知識に基づいて行われたと考えることも、地盤工学の概念的知識まで立ち返って行われたとも考えることができることから、知識は「手続的知識」と「概念的知識」の両方に跨るものとして分類した。
以上のように、ブルーム・タキソノミーの枠組を用いることで、復旧過程における様々な判断行為や検討内容を、認知過程と知識の両方の観点から分類することができた。
図-8 技術力の整理の例(斜面崩落の影響を受けにくい橋台構造形式の採用)
【道路橋の維持管理への技術指導事例の分析】
国総研究所では、土木研究所と連携して道路橋の不具合への対応、設計段階における疑義への対応など道路管理者からの要請に応じて技術相談に対応し、技術指導を行っている。技術指導では、道路管理者として判断するために必要な技術的論点とその検討方法等について助言を行っており、これらの技術指導の事例からも道路橋を維持管理するための認知過程と知識の組合せを分析することができる。そこで、平成25~27年度に行った118回分の技術指導の記録について、分析した。道路橋を維持管理するための認知過程と知識の組合せの分類結果を重ね合わせることで、道路橋を維持管理する技術力を普遍的に整理し、技術力の解明を試みている。分析結果を図-9に示す。
図-9 技術指導事例に基づく技術力整理の例
「事実的知識の記憶」に該当する知識には、技術基準における規定の有無、技術基準の改定年次に応じた規定内容の相違といった基本知識や、関連する過去の損傷事例や災害事例に関する知識が含まれる。
「概念的知識の理解」に該当する知識には、「事実的知識の記憶」とは差別化された技術基準類の位置付けや、技術基準類に示されている内容の前提条件、適用範囲、根拠等の解釈に関する知識が含まれる。
「手続的知識の応用」に該当する知識には、橋梁の設計、施工の方法や手順に関する知識や、道路橋の状態を把握するための各種の調査・検査手法、応力状態を推定するための各種の解析手法に関する知識が含まれる。
また、「メタ認知的知識」には、不具合や疑義を解決するための有効な対応プロセスに関する知識、損傷原因を究明することの難しさ等課題の難易度についての知識、現状における知識の限界に関する知識や自らの想定の限界に関する知識が該当した。
高次の認知過程にあたる「分析する」「評価する」「創造する」には、道路橋の維持管理における「a)方針の決定」「b)損傷状態の把握」「c)損傷原因の推定」「d)既設橋の性能評価」「e)対策の決定」という対応プロセスに関する構成要素が該当した。
【道路橋を維持管理する技術力に関する考察】
対応プロセスに沿って整理した図-9の高次の認知過程「分析する」「評価する」「創造する」に着目すると、道路橋を維持管理する技術力に関して以下のことが読み取れる。
・まず最初に「方針の決定」(「創造する」に分類)という認知過程がある。方針は対策の決定等にあたっての拠り所として参照されることから、方針の決定は以降の対応プロセスに影響する重要な構成要素となっている。
・方針を決定した上での「損傷状態の把握」から「対策の決定」までの対応プロセスには、「推定する」「見立てる」といった認知過程が多くある。このことからは、道路橋の維持管理においては必要な情報の全てが客観的に観察できるということはなく、合理的に目標を達成できるよう適切に推定、見立てを積み重ねる必要があることが読み取れる。
・同様に、「損傷状態の把握」から「対策の決定」までの各対応プロセスには、
1)「仮説を立てる」「可能性を考えつく」といった案出する認知過程(「創造する」に分類)
2) 1)で案出した事項から「絞り込む」「見立てる」といった認知過程(「分析する」に分類)
3) 2)の結果の妥当性を「評価する」認知過程(「評価する」に分類)
という横方向のサイクルが共通してみられる。このサイクルからは、各対応プロセスにおいて考えついた仮説や可能性を安易に採用して判断することなく、客観的な事実やそれに基づく推測に立脚して慎重に吟味した上で判断する必要性が読み取れる。
・残存耐荷力の推定や損傷の進展の見立て等には、「不確実性がある可能性を考えつく」認知過程がある。このことからは、道路橋の維持管理においては、適切な推定、見立てを行った上でもなお不確実な条件が残ることが避けられないこと、また、これらの不確実性までを考慮して合理的に目標を達成可能な対策を検討する必要があることが読み取れる。
・対策後の応力状態や維持管理段階に着目すべき部位や損傷に関する認知過程がある。このことからは、対策施工中のみならず施工後や供用後の維持管理段階も想定して対策を検討する必要性が読み取れる。すなわち、適切な対策を選定するためには、施工や供用後の維持管理も含めた幅広い知識が求められることが読み取れる。
これら対応プロセスに関する認知過程はいずれも、「手続的知識の応用」とは差別化され、「高次の認知過程」と整理される。すなわち、「損傷状態の把握」から「対策の決定」までの各対応を適切に行うためには、調査手法や解析手法を応用する技術力だけでは不十分であり、これらを技術的な判断や検討を支援するツールとして対応プロセスに応じて「使いこなせる」技術力が必要である。
また、これら高次の認知過程は、以下の様々なタイプの知識に支えられていることが読み取れる。
1) 有効な対応プロセスのような方略についての知識等、自由自在に使えるメタ認知的知識
2) 橋梁設計、施工や調査手法等の手続的知識と、その背後にある工学に関する概念的知識
3) 技術基準類や過去の損傷事例等に関する知識
なお、3)からは、個々の対応において得られる教訓が将来の維持管理のみならず設計、施工等の改善にも活用されるというサイクルも読み取ることができ、これらの情報が道路橋保全に携わる技術者の間で共有されることの重要性を見出すことができる。