9.在来線高架橋の被害から、設計上の耐震性能と損傷レベルの検討1)
在来線の高架橋は、六甲道駅付近2.2kmにわたって大きな被害を受けました。この高架橋の配筋図から、柱の曲げ耐力とせん断耐力を求めて、変形性能を算定し、耐震性能を求め、被害の程度と、耐震性能の関係を見てみました。
ラーメン高架橋の設計は、1970年制定の国鉄建造物設計標準によって行われ、工事の竣工は上り線が1973年、下り線が1976年です。耐震設計は震度法で、全構造物とも0.2の水平震度で設計されています。2.2kmの高架橋はすべて震度7の地域内にあり、上下線でラーメン高架橋が158ブロック存在しています。図-3に当該区間の略図を示します。
図-3 JR東海道本線 住吉~灘間 高架橋
高架橋の設計上の耐震性能の評価は、平成4(1992)年制定の鉄道構造物設計標準・同解説の変形性能評価式に基づいて行いました。設計上の耐震性能とは、N.M.Newmarkのエネルギー一定則2)を仮定して求める耐震性能で、構造物が弾性応答したとした場合の最大応答加速度(震度)で示すものです。
弾塑性の部材が終局変位まで応答する地震力を求め、弾性部材に同じ地震を作用させたとき応答する最大値で、これが耐震性能に相当します。Ke=Ky×√2μ-1で求まります(図-4)。降伏耐力が同じなら終局変位の大きい変形性能に優れた構造物ほど耐震性能が大きくなります。
靭性率μは、既往の研究3)より次式(下右図)により算定しました。
図-4 N.M.Newmarkのエネルギー一定則
柱部材が降伏するときの水平震度は、設計水平震度が0.2で、地震時の鉄筋許容応力度が3500kgf/cm2の降伏強度の鉄筋に対して3000kgf/cm2としていること、柱の側方鉄筋を無視していることなどを考慮して、降伏震度を0.3と仮定しました。配筋図から靭性率を個々の高架橋ごとに求め、弾性応答加速度(震度)を求めました。
設計上の耐震性能と損傷度との関係
当該区間の全高架橋158ブロックについて、損傷度を評価しました。評価は一つの高架橋の一番損傷の大きい柱で評価します。表-1に代表的な被害状況と損傷度を示します。
Aランクは、構造物として倒壊するレベルの損傷、Bランクは倒壊しないが、柱の沈下が生じる状況、Cランクは曲げひび割れやせん断ひび割れが生じ、かぶりの剥落もあるが柱の沈下はないものです。
156ブロックについて計算した耐震性能と、被害状況から判断した損傷度を表-2に示します。
表-1 損傷度判定表
表-2 158ブロックの損傷度と耐震性能
設計上の耐震性能1200gal以上と計算された高架橋はほとんど無被害でした。また1000gal以上では倒壊に至ったものはありません。ここの軌道はスラブ軌道で、この軌道やレールが耐震性能に貢献しているのかもしれませんが、設計計算上は1200galの耐震性能があれば、阪神大震災クラスの地震でもほとんど軽微な損傷に収まっていることを示しています。
地震計に記録された地震動の最大弾性応答加速度は約2000galとなっていますが、実務の設計計算で1200galの性能があれば、この地震に耐えられたことになります。レールの効果や、設計計算のモデル、変形性能の算定式、地盤の減衰などの中に含まれている安全率などが影響しているのだと思われます。
この地震の後で、道路橋の示方書は地震による弾性応答加速度を2000galにすると決められました。川島先生が土木研究所の耐震研究室長から東工大に変わる直前に決めたのかと思います。川島先生のところに行き、「2000galは大きすぎないですか。もう少し小さくすべきではないですか」と話しましたが、すでに決めたことで変更できないとのことでした。鉄道としてどうするか考えましたが、道路と異なるのも良くないと判断し、同じ大きさとしました。
建築では、1981年の新耐震で定めた1000galの耐震性を確保して造った建築物の被害はほとんどないということで、地震の大きさを変えないとの判断をしていました。部分的な修正にとどめていました。1983年の基準から、鉄道は建築と整合させて1000galの耐震性を考えて対応をしていました。今回は建築とは異なることとなりますが、大きく決められた道路の基準に合わせるほうを選びました。
設計基準の耐震性能のレベルをどうするかについては、国鉄時代から上司と議論してきました。学問的な議論は別にして、鉄道と同じ程度の安全性が求められる道路や、重要建築物などと比べて耐震性が著しく低くても、著しく高くても望ましくないとの意見でした。コストをかけすぎることも非難されるし、ほかの分野よりも弱くても非難されることになります。工学なので、コストと安全度も、いろいろな面からバランスを取ることが必要だというのが技術基準の作成に責任を持っていた上司たちの判断でした。
2000galの耐震性能とするために、降伏震度を上げるとすべての部材が大きくなってしまいます。降伏震度をできるだけ現状維持として、靭性率をできるだけ大きくするようにして対応することにしました。帯鉄筋はそれまでよりも大幅に増やし、さらには主鉄筋の内側にスパイラルを入れたりするなど、配筋の工夫で靭性率を大きくして、降伏震度が上がらないように努めてきました。
L2地震というのは1000年に1度という程度の大地震といわれています。これに対して、できるだけコストをかけずに耐えられるものを造るのはエンジニアの役割です。多くの構造物はL2地震にあわずに、耐用年数を終えてしまうでしょう。ですから少ないコストで、L2地震に耐えるものとすることが重要だと思います。ただし、損傷しないということではないということも十分社会に説明しておくことも必要です。一般の人は無損傷を保証していると誤解をしてしまいがちです。無損傷を求めると、莫大なコストがかかるので、1000年に1度の災害には損傷はするが、人命は守るように設計をしているなどの説明が必要です。
降伏耐力の確保などは、しばしば起きる地震に対しての無損傷あるいは軽微な損傷にとどまることを確保するのに必要な性能です。
現行の鉄道の耐震基準では、最大応答加速度は2600galとなっています。新設構造物はこの基準によって設計されています。既設構造物の多くは震度法での耐震設計です。降伏耐力は300~400gal 程度で、建設時には大規模地震の検討は行われていません。実際の配筋から検討してみると、最大でも耐えられる弾性応答加速度は1000gal程度までとなっています。新設の基準で検討すると、ほぼすべての既設構造物は満足されません。
鉄道構造物の耐震補強は、この阪神大震災での損傷の分析を参考に、耐震性能の低い構造物から補強を進めています。最初にせん断先行破壊する柱を行い、次に800gal以下の耐震性能の構造物まで、その後に1000gal以下のものにというように、順次、耐震性能の低い構造物を減らすように行っています。
いつ、どれだけの大きさの地震が来るのかはわかりませんが、耐震性能の最低レベルを順次大きくしていくように補強を進めています。地震の大きさが最低レベルより小さければ無被害になるでしょうし、それ以上なら、次に補強する予定のレベルの構造物に幾分の被害は生じることになりますが、致命的な倒壊に至ることは防げるでしょう。今も耐震性能の最低レベルを順次上げるように補強が続けられています。
この地震の後にも新潟県中越地震や東日本大震災など、大きな地震をいくつか経験しました。耐震補強が性能の低い構造物から順次行われてきていることで、倒壊に至るような大きな被害は避けることができたのだと思っています。
安全性が高いことは望ましいですが、わが国の鉄道は今年で150年となります。耐震設計も震度法で始まりましたが、関東大震災の後からです。それ以前につくられた耐震設計のされていない構造物が今も現役で多く使われています。耐震診断をして順次補強が行われています。補強は、基本は柱の補強が中心です。これは実際の被害が、基礎などには生じていないことから妥当な判断と思っています。
新設の基準で検討すると基礎も補強が必要となります。補強には大きなコストがかかりますので、限られた資金でできるだけ多くの構造物の安全性を早く向上させるには新設の設計ルールと異なるルールで補強していくことは合理的な判断と思っています。新設の設計も、実被害の分析を重視して、より合理的にしていくことを期待しています。
【参考文献】
1) 石橋忠良、池田靖忠、菅野貴浩、岡村甫:鉄筋コンクリート高架橋の地震被害程度と設計上の耐震性能に関する検討、土木学会論文集No.563/I-39,95-103,1997.4
2) Veletsos,A.S and Newmark,N.M:Effect of Inelastic Behavior on the simple system
to Earthquake Motions,Proceedings of 2nd WCEE,Vol.2,pp.895~912,1960.7.
3)石橋忠良、吉野伸一:鉄筋コンクリート橋脚の地震時変形性能に関する研究、土木学会論文集第390号、pp.57~66、1988.2.
(次回は8月1日に掲載予定です)