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第35回 阪神淡路大震災の復旧にかかわった経験(その4)

次世代の技術者へ

土木学会コンクリート委員会顧問
(JR東日本コンサルタンツ株式会社)

石橋 忠良

公開日:2022.07.01

1.梁やスラブの損傷部の補修

 高架橋の多くは柱のみの復旧で済みましたが、中には柱の損傷により、梁やスラブにも損傷が生じたものもあります。高架橋と高架橋の間には一般に短いRC桁が端部の柱を支点に載っているのですが、広い道路などの場合はスパンの長い桁が載る場合があります。その場合、桁高が大きいので桁を受ける台座を柱の中間につくることとなり、台座の下の実際の柱の長さが他の柱よりも短くなります。大きな水平力を受けると、この短い柱の剛性が他の柱より大きいため、ここに力が集中して、先に壊れることになります。また、この柱に載っている桁の重量も大きいので、この柱だけが壊れて沈下するということが生じます。
 写真-1は桁を受けている端部の柱が損傷し沈下したので、それにより梁とスラブも引きずられて損傷しました。このように大きな桁を支持しているラーメン構造においては、端部の柱が壊れて沈下し、それにより梁とスラブが折れるという損傷も生じていました。


写真-1

 直し方は他の高架橋と同様に、壊れた柱を切断して、梁とスラブを元の位置までジャッキで持ち上げて戻します(図-1)。
 梁とスラブの損傷のひどい部分はコンクリートを壊して、鉄筋の再配置を必要な個所には行い、再度コンクリートを打ち直します。クラック程度の箇所はひび割れに樹脂注入で対応します。場合によっては、それに加えて鋼板接着などの補強を実施した例もあります(図-2)。


図-1 梁、スラブを元の位置に戻す準備/図-2 損傷した梁とスラブの復旧

 写真-2は梁とスラブの補修途中の状況です。この梁とスラブの補修においては後でスラブのクラックから漏水の恐れがあるので、防水の処置をしておくことが大切です。


写真-2 梁とスラブの復旧の途中

 以上で復旧の技術的な紹介を終え、以下に復旧に当たって印象に残っている事項について、今後の参考のために紹介したいと思います。

2.マスコミへの対応

 地震直後、マスコミの論調は、壊れた原因は施工不良というものがほとんどでした。また、マスコミに登場する大学などの先生も、構造物の設計に詳しくない先生の間違った意見がほとんどでした。構造物の耐震設計に詳しい先生の意見は、マスコミ的には面白くないので、ほとんど記事にされませんでした。土木の先生でも、構造や設計にかかわっていない人は壊れた外観から判断するので、間違ったことをコメントすることも見られました。
 橋脚の鉄筋の途中定着部でのコンクリートの剥落や、破壊状況などを見ると、試験室でのコンクリートとの円柱供試体の圧縮試験の破壊に外観は似て見えるので、鉛直地震動で圧縮破壊したなどの意見も報じられていました。橋脚のコンクリート強度は300kgf/cm2程度あり、常時の圧縮応力度は10kgf/cm2程度ですから、圧縮破壊するには重力加速度の30倍の30G程度かかる必要があり、そんなことはあり得ないと、設計の実務を知っていれば想定できます。

 2月に入り、高架橋の復旧がジャッキアップによりどんどん進んでくると、マスコミから「JR西日本は、けちって落ちた構造物を拾って復旧している。こんな復旧方法で良いのか。この方法が妥当だということを説明しろ」との話が入ってきました。私が説明しても納得しないだろうし、まったく技術の知識のない人に技術を説明するのは不可能で、ただつるし上げられるだろうと想像しました。
 その時期に土木学会の調査団が関西に来ており、京都のホテルに宿泊していることを聞きました。そこで、夜の10時ごろでしたが、学会のメンバーが泊っているホテルに電話して、当時の東大の岡村教授につないでもらいました。
 先生に復旧方法を説明し、マスコミから妥当性を説明しろと言われている旨を話しました。そして、先生からマスコミに説明して欲しいとのお願いをしました。私自身は先生がどのようにマスコミに説明したか確認していませんが、それ以降マスコミからの追及はなくなりました。あとで先生から伺ったのは、復旧方法は具体的にコメントしないが、担当している石橋は優れた技術者なので、彼が指揮しているのなら大丈夫とのような話をしてくれたとのことでした。

 地震など災害で現地に行った折、あるいはJRの記者クラブなどで、災害の復旧方法などを記者に説明する機会が何度かありましたが、専門知識のない大学を出たばかりの若い記者に、採用している技術が妥当であるという説明して理解してもらうのはほとんど不可能でした。
 JRの記者クラブなどでは、各社の記者がおり、多くの記者の中には何度か、直接話や説明をしたことで知っている記者もいます。その知っている記者が、この人の言うことは、信用できるのだと助け舟を出してくれて、技術について知識のない記者への説明に苦労している状況から助けてもらったことも何度かあります。全く初対面の技術の知識のない記者に信用してもらうのは大変なので、技術的な問題は、早めに学会などから正しく公表してもらうほうが効果的です。
 阪神大震災の10年後に起こった新潟県中越地震では、その震災の数日後には、被害状況と、その原因のコメントを土木学会のコンクリート委員会のホームページに出してもらうようにしました。コンクリート委員会の先生にすぐに現地を見てもらうように手配もしました。それにより、専門外の先生の間違ったコメントなどがなくなりました。
 その後も大きな地震で被害が生じた場合は、学会の調査団に早期に来てもらい、土木学会のホームページで被害状況と、被害に対するコメントを載せてもらうことにしていました。先入観を持ったマスコミの記事が出ないようにするには、この方法は効果的です。構造物の被害は外から見えてしまうので、事業者も隠そうとせずにオープンにして、学会など技術面で社会的に信頼のある組織のその分野の専門の委員会などからコメントしてもらったほうが、専門外の先生の無責任なコメントが広まらないために良いと思っています。

3.造り直すよりも、壊れた部分を直すことのメリット

 地震で壊れると、新しく造り直すことが一般に行われます。建築物等、設備を新しくしたい場合はそのほうがよいかもしれませんが、土木構造物など骨組みの構造だけのもので考えるなら、壊れた箇所のみ変形性能を大きくして直し、壊れない部材はそのまま再利用することが合理的と思われます。
 地震被害は実物実験であり、弱点箇所がわかったので、強度のバランスを変えずに補修すれば、また同じ箇所が壊れることが確認済みであるといえます。壊れる箇所がわかっているので、この部位の強度は変えずに変形性能を大きくするように直せば耐震性能が向上します。確実に構造物の性能が評価できるといえます。
 新しく造った場合は、設計通りに壊れるかどうかは不明です。構造物が地震で損傷を受けるのは、少ない部材の非常に狭い範囲に限定されています。そのごく一部の損傷で構造物全体が壊れるのです。他の部材の大部分は損傷を受けていないことがほとんどです。それをすべて壊して造り直すのは非常にもったいないと思います。是非とも壊れた部分のみ性能を上げて、ほかの部材はそのまま再利用して直すということを勧めたいです。
 写真-3は倒壊した高架橋のスラブ下の状況です。


写真-3 高架橋の梁とスラブは柱が倒壊しても損傷がない

 柱は破壊していますが、縦梁、横梁、スラブの被害は生じていません。梁やスラブを再利用して柱のみを造り直せば、十分復旧可能なことがわかります。これは設計面からも当然な結果です。
 柱は耐震設計がクリティカルですが、梁やスラブは列車荷重が支配的な部材で耐震的には余裕のある部材なのです。設計上、地震でクリティカルな部材が壊れて、その他の部材は被害がないのです。

4.早い復旧には

 損傷した構造物を早く直すには何が必要かというと、1つは判断できる技術者の存在、もう1つは工事のための資機材の入手と資機材搬入路の確保です。損傷程度はこれらに比べると大きな問題ではありません。
 ひび割れの補修も、大きくコンクリートが剥落している状況の補修も、近くに行き、足場を作ってしまったら、断面修復とクラック注入とでかかる時間の差はほとんどなく、それまでの進入路や足場などの準備工程に比べたら無視できる差と言えます。
 設計基準に損傷レベルを照査するというルールがありますが、あまり現実的とは思えません。倒壊するかしないかで復旧速度に幾分違いは生じますので、その照査は意味があるでしょうが。
 判断できる技術者がいないと、いつまでも方針が決まらないので、早期復旧は難しくなります。多くの人の意見を聞いて決めるのであれば、時間がかかるのはやむを得ません。誰を責任者にしたらよいかの判断ができない場合は時間がかかる方法を選ぶことになるでしょう。常に各人の技術力を把握しておくことが大切です。行政上の責任者と技術判断の責任者を分けて育てることも必要です。
 特に進入路の確保は重要です。道路や工事用のヤードがない場合は、他人の土地を借りる交渉をして、仮設の道路などを造らなくてはなりません。また官公庁からの認可を受けることの必要な事項もあります。これらを抜けがなく、交渉、処理していくスタッフも必要です。進入路やヤードが被災現場近くにない場合は、多くの時間はこの確保のための協議や交渉に費やされることになります。

5.騒音などにもかかわらず地元からの応援

 六甲道駅の復旧に関しては、NHKのプロジェクトXなどで紹介されました。復旧作業は、番組で紹介された六甲道駅だけでなく、その前後の現場も同様に大変でした。ただ、この場所は駅ということで、周辺の住民が多く見ることになったからプロジェクトXに紹介されたのだと思います。
 早く復旧するため、工事は昼夜で行われました。通常ですと、騒音や振動で周辺住民から夜間の工事をやめろ、などとの注文が付きます、この復旧工事で駅に面したマンションに大きな垂れ幕が吊るされ、そこに「こうじの皆さま、おケガのないように」という工事関係者への感謝の言葉が記されていました。いつも騒音、振動で嫌われる工事が感謝されたのはうれしかったので記憶に残っています。

6.被災地に行く場合の用意

 災害が起こると、現地への調査や復旧の応援に行くことがあります。この場合大切なことは、被災地の人の負担にならない配慮です。車や、宿の手配、食料や、ガソリンの準備など、応援に行く側で事前に充分準備していくことです。
 写真-4は、被災地のコンビニの様子です。棚にはほとんど何もありません。また都市部でない場所においては、店などもありません。食糧や水などは被災地に入る前に十分車に積み込んでいかないと、何も食べられないで過ごすことになります。


写真-4 コンビニの様子

 海外で大きな災害が起きると、マスコミなどで応援に行くべきだとの声が上がることがあります。特に交通の不便な場所などに行くには、自立して生活できる備えのある組織でないと、かえって迷惑となります。おそらくは自衛隊でないと無理ではないかと思います。
 国内で何度か災害調査や、復旧の指導で災害現場に行きましたが、行くときには必ず食料や水などの準備を確認しているのですが、たまに確認を忘れたことがあります。当然準備はしてあるだろうと思っていたのですが、実際は準備がされてなく、災害現場に入ってしまい、朝から夕方まで関係者全員、飲まず食わずの経験も一度ならずあります。

7.災害復旧の後方支援の体制も重要、技術者のみでは復旧できない

 災害復旧には、現場での復旧工事を実施する部門、復旧の方針を決め、設計図を作る部門のほかに、後方支援の部門が必要です。一つは部外との協議を進めるチーム。工事用の進入路の確保のための地権者との交渉や、行政機関などとの協議が工事のために必要です。さらには、現場に行く技術者のための宿、交通手段、被災地での食料の確保方法など、現場の技術者が復旧に専念できる環境を作る仕事です。
 この後方支援の体制が弱いと、現場で技術者が疲弊してしまうことになります。これは我々、事業者の場合も必要ですが、工事に係る建設会社にとっても大切です。被災地で食事をする場所はほとんどないのが一般ですので、そこに食事を運び届けるのは、現場の技術者や作業員の気力に影響する重要な業務です。建設会社の現場の責任者が自ら手配に苦労している状況も見ることがあります。工事よりも、作業員や社員の食事などの手配で疲弊してしまいます。

8.技術者の育成

 災害などの早期復旧には経験豊かな技術者に、判断を任せることが必要です。研究者とは異なり、広い分野の知識が必要です。設計、施工、材料の性質、資機材の入手方法、契約方式、構造物のトラブルに関する知識、補修方法、また部外の各分野の技術者とのネットワークなどです。
 設計、施工、維持管理、災害復旧など技術面のすべての分野の情報が入り、それにかかわる組織での育成が必要です。また、技術のみの経験では、施工やコスト、契約などの知識を得られにくいので、人事交流で、現場に何年かは勤務して戻るというような経験をさせることも必要です。そのような仕組みにて育成していくことが必要で、経験が重要ですから、このような技術者を処遇していく仕組みがないと育成は難しいと思っています。
 また、大きな組織でないといろいろな技術経験ができないので、大きな組織は人材を他組織から何年か受け入れて経験させてやるというような、広域的な仕組みで育成をしていくことも必要かと思っています。研究者の位置づけは論文の評価などで確立しているのですが、幅広い高度な知識と経験を持った技術者を育成し、処遇していく仕組みが我が国に非常に少ないのが現状だと思います。
 多くの優秀な技術者は途中から処遇上、マネジメント中心に変わっていってしまいます。また、維持管理と、建設とで一体的に技術情報が集約されていないことも多く、両方に常時かかわっている技術者も非常に少ないのが現状かと思います。管理面では建設と保守で分けてもよいのですが、技術面は建設と保守で分けずに経験させることが、災害復旧などのできる技術者育成に重要だと思っています。また、長寿命の、良い構造物を造るためにも重要です。

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