1.1月19日夜、ホテルにて
夜12時ごろ、ホテルに着くと、T建設会社の知っている人たちがロビーで私を待っていました。在来線の被害状況を見てきたが、被害がひどいので、一緒に明日現場に行って見てほしいとのことでした。午前のJR西日本での会議が終わった後、午後に案内してもらうということになりました。
翌朝はJR西日本の対策会議に参加させてもらうので、せっかくなので私の考えていた復旧案をそこに提出すべく、ホテルの部屋に入ってから、復旧案(図-1)をまとめました。
図-1 復旧案
それを20日の朝のJR西日本の対策会議に、私の個人の名前で提出しました。国鉄であったら構造物設計事務所という組織の名を入れていたのですが、今は会社も異なっている立場で、まして私の所属するJR東日本の組織としての提案ではないので、個人名にしました。
復旧方法は前回記述したように、倒壊した高架橋はスラブと梁をジャッキアップしてそのまま再利用し、柱を造りなおす。橋台が壊れて、落下したPC桁は、造った時と逆に主桁ごとに分割し、クレーンで吊って、撤去して、主桁を再利用するという方法です。
倒壊していなく、沈下も少ない程度の損傷の柱などは、ひび割れ部にエポキシ樹脂の注入などで補修すれば、ほぼ元の性能に戻りますので、簡単に補修できます。クラックへの樹脂注入や損傷部分の断面修復で、損傷前の耐荷性能に戻ります。耐震性能の向上は、その後で柱に鋼板を巻いたりすればよいので、とりあえず被災前の性能に戻すことを考えました。
早朝の会議で私の案を、JR西日本の土木の幹部に説明しました。皆、国鉄時代から知っているメンバーですので、私の案で行くということにその場で決まりました。国鉄時代一緒に仕事をしてきたので、災害時には構造物設計事務所が復旧案を作るという習慣がまだ残っており、私の案によることとなったのだと思います。
その後、施工の注意などのメモを追加しています(図-2)。
図-2 追加のメモ
震災直後、新聞などのマスコミは施工不良が構造物の倒壊の原因であるような論調が中心でした。復旧に当たっては、施工不良などと言われることがないように、施工不良の生じにくい工法をできるだけ採用してもらいました。また検査もしっかり行うようにしてもらいました。鉄筋の継手も、圧接はこぶを削り取る熱間押し抜き工法と、フレア溶接の接合に限定し、欠陥が生じにくい方法に限定しました。
2.この復旧案とした理由
この復旧案はすべて過去の知識からわかっているもので、新しいものはありません。ただし、これらの復旧方針の判断をすぐに行うには、設計の知識、施工の知識、また多くの変状構造物を見てきた経験、実験での破壊状況の知識、など過去の広い知識が必要です。
2.1 損傷した部材の復旧の技術的根拠
壊れたものの復旧に関しても多くの確認実験を、それまでに行ってきました。降伏した鉄筋の性能、熱を与えた鉄筋の性能、壊れたRC部材の樹脂注入での修復後の性能、これらはそれまで実験をして十分わかっていた事柄です。また、柱を鋼板で巻くと耐震性能が大きくなることも、すでに国鉄時代に私は実験もし、施工も東海道新幹線の構造物に対して東海沖地震対策として実施しています。
技術的な判断として、新しい事柄はなく、すべてそれまでの知識での判断です。降伏した鉄筋の、加熱しての性能も国鉄時代に構造物設計事務所の同僚が熱心に実験をしていたので、そのことも記憶していました。
確認のために、大きく降伏して曲がった鉄筋について、倒壊した高架橋から切り取り、JR東日本に持ち帰り、当時亀戸にあったJR東日本の東京工事事務所の試験室にて、1000℃程度で熱し、直線にして引張試験を実施した結果を図-3に示します。
図-3 倒壊した高架橋の大きく曲がった鉄筋を熱して直線にした引張試験
JR東日本の社員が直轄で試験をしています。ほとんどJISの規格の範囲に戻っています。今回のような大きく曲がってひどい状況の鉄筋でも予想通りの性能です。国鉄時代にも熱する温度を変えて曲げ戻す鉄筋の試験を見ていたのですが、今回はそれよりも大きく曲がっていたので確認のため試験してもらいました。
図-4は、熱する温度を変化させて、あらかじめ残留ひずみを与えた鉄筋の性能を調べた試験結果です。
図-4 予ひずみを与えた鉄筋の応力 ―ひずみ関係
680℃で熱した結果は、ひずみの影響はそのまま残り、降伏強度が上がり、伸び能力が減少しています。850℃で熱した場合は、与えたひずみの影響はなくなり、元の母材の降伏強度と、伸び能力に戻っています。
降伏した鉄筋をそのまま用いる場合は、降伏強度が大きくなった鉄筋としての挙動を示し、850℃以上で熱すると、元の母材の降伏強度の鉄筋としての挙動を示します。
鉄はそういう面で非常に優れた性質を持っているので、降伏ひずみを超えてもその性能を活用できる材料です。
一般に、鉄の伸び能力約20%を使い切るような設計はしていないので、降伏時のひずみは0.2%程度なので、降伏した鉄筋もまだ十分伸び能力は残っているので、そのままでも十分活用は可能です。ですから、基礎の移動などの強制変位で鉄筋コンクリートに大きなひび割れが生じ、ひび割れ部の鉄筋が降伏ひずみを超えても、鉄筋の定着部コンクリートが健全なら、そのままひび割れ部に樹脂注入をして、強制変位の原因を除けば十分そのまま利用が可能なのです。耐荷力は低下しません。
また図-5は、RC柱の供試体を交番載荷して耐荷力が低下した後に、損傷部を樹脂注入や断面修復をして、再度交番載荷をした結果です。鉄筋がひずみ硬化で強度が上がっていることや、樹脂のクラック注入でコンクリートが補強されていることの効果かと思われますが、最初の状況よりも補修後のほうが、性能が上がっており、補修により十分元の性能には復旧することがわかります。
図-5 断面補修した試験体の交番載荷試験
2.2 基礎の調査なしでの復旧工事に着手した理由
施工にあたり、すべての建設会社に集まってもらい、復旧方針の説明を私がしました。その時に建設会社の研究所の人などから、基礎を調査すべきだとの意見が出されました。私は「調査なしですぐに工事にかかってください。責任は施工者には負わせません。基礎について心配なことがあれば、復旧工事を終えてから調査することとします」と話ました。
私が30代の頃、月に1回程度、土曜、日曜に集まる耐震設計の勉強会に参加していました。数年続いたと思います。メンバーは埼玉大学の町田先生、名古屋大学の田辺先生、長岡技術工科大学の丸山先生や、八千代エンジニヤリングの前原康夫さんなどです。アメリカやニュージランド、イタリアなどの海外の論文や、基準、また国内での建築分野の研究などを皆で勉強しては議論していました。構造物は強度だけでなく、変形能力が大きいと耐震性能が大きくなるというエネルギー一定則の論文や、大型コンピューターを使っての多数の動的解析結果の論文などの結果を記憶していました。
また1978(昭和53)年の宮城県沖地震で、建設中の新幹線構造物にも多くの被害が出ました。阪神淡路大震災に比べると被害程度は軽いのですが、柱の損傷など同様の被害です。この時の調査でも被害は柱が中心で、基礎は損傷を受けていませんでした。
この判断は、ある層が壊れるとほかの層には被害がほとんど生じないという研究成果をかつての勉強会で記憶していたことや、宮城県沖地震での高架橋の被害調査の経験から、基礎は致命的な損傷はないと判断できたからです。
設計の基準は東海道新幹線、山陽新幹線、東北、上越新幹線は同じ震度法の設計基準で、計算手法も同じです。1983(昭和58)年の基準から、建築の新耐震の基準と同じように、約1Gの弾性応答加速度を考慮した耐震設計に変わります。ちなみにこの1Gの弾性応答加速度を考慮して設計された新幹線構造物は、東北新幹線では大宮以南の構造物の一部と、長野新幹線の構造物からです。阪神大震災以降の耐震設計では、考慮する弾性応答加速度は2G程度となっています。
2.3 旅客会社の権限でできる復旧方法
もうひとつ、ジャッキアップを中心に、既設の構造物を再利用しようと判断したことには理由があります。この時点ではJR各社は民間企業であり、法律上新設構造物の設計は運輸省の認可が必要となっていました。既設構造物の補修は、JR各社で国の認可なくできることになっていました。
このような大きな損傷が生じたときに、新設するのであれば、設計の基準を今までと同じで認可するなどというのはできないだろうから、多くの先生の意見を聞いて技術基準をまとめることとなり、時間がかかってしまうだろう。それなら復旧はJR各社の自己責任でできる方法としようとの判断もありました。
壊れた部分を可能な範囲でせん断補強を追加して、とりあえず、建設時の性能以上に復旧する。その状態で、運転を再開し、再開しながら耐震補強をしていけば良いだろうと考えました。この被災したエリアの構造物だけ、耐震性能を大きくしなくては再開できないということにはならないと思っていました。新幹線全線が建設時の耐震性能のままなので、ここだけ補強をしてもラインとしての性能は上がらないので、補強はラインとして順次やっていけば良いだろうと思っていました。
実際には、この地震被害の復旧は、社会的な影響を考えたのだと思われますが、耐震補強を終えてから列車の運行をするということが国より指示されました。法的には、耐震補強は運行後で良いはずですが、復旧工事をした構造物だけは、耐震補強を運行開始までに終えることになりました。そのため、もう少し早く新幹線の開通を考えていたのですが、耐震補強と検査の工程が加わり、私の想定していた期間を超える結果となりました。