1.はじめに
山口県のひび割れ抑制、そして品質確保のシステムで開発され、活用されてきた「施工状況把握チェックシート」と、東北地方整備局の品質確保システムで大々的に活用され始めた「目視評価シート」の二つのツールを活用したコンクリート構造物の品質確保の国交省の試行工事が、全国で行われています。
この試行工事は、平成29(2017)年度から始まりました。施工状況把握チェックシートと目視評価シートの両方を活用した東北地方整備局の品質確保の手引きを参考にして、品質確保の試行工事に取り組むよう、国土交通省の技術調査課から全国の地方整備局等に通知されました。
試行工事の対象は、橋梁の下部工とNATMトンネルの覆工コンクリートです。北海道から沖縄までの各地域で、少なくとも下部工1基、トンネル1つ以上で試行工事をするようにしてください、という通知でした。東北地方整備局の策定した「コンクリート構造物の品質確保の手引き(案)(橋脚、橋台、函渠、擁壁編)」と「コンクリート構造物の品質確保の手引き(案)(トンネル覆工コンクリート編)」を参考に、品質確保の取り組むものであり、東北地整ではすでに実施しているということで、それ以外の地域で試行工事がなされることとなりました。
筆者は、山口システムや東北システムに深くかかわり続けてきましたが、この2017年度から始まった全国での試行工事には、当初は十分には関与し切れていませんでした。試行の4年目となった2020年度から本格的に関与するようになり、2021年11月26日(金)には、技術調査課と土木学会356委員会「養生および混和材料技術に着目したコンクリート構造物の品質・耐久性確保システム研究小委員会」(委員長:細田)が連携して、試行工事に関する講習会(http://hinshitsukakuhoch.web.fc2.com/sonota/NewR31126kosyukai_douga.pdf)を開催するに至りました。
本稿では、講習会の内容の概略説明と、講習会の開催に至るまでの試行工事全体の経緯について説明します。
2.試行工事の当初の状況
2017年度から国交省の試行工事が始まった経緯の詳細はあえてここでは述べませんが、2017年3月20日に初版が発刊された「新設コンクリート革命」(日経BP社)のp.107に、図37(コンクリート構造物の品質確保・耐久性確保に向けた将来展望)があり、筆者らの4つの提言が示されています。
図-1は、新設コンクリート革命に掲載された図の元になったものです。これらの4つの提言のうち、特に4番目の提言が、国交省による品質確保の試行工事につながっています。また、このような試行工事は将来的には提言3にあるように、地方のニーズにあわせた技術規準の策定にもつながると考えており、その一例として、四国地方整備局から2020年3月に「トンネル覆工コンクリートの品質確保の手引き(案)」(http://www.skr.mlit.go.jp/yongi/duties/information/check_point/co_202003.pdf)が通知されています。
図-1 コンクリート構造物の品質確保・耐久性確保に向けた将来展望
提言1:復興道路等のコンクリート構造物の耐久性確保のため、フライアッシュの活用等、最新の耐久設計法を活用すること
提言2:産業廃棄物・副産物であるフライアッシュや高炉スラグ微粉末を適材適所で有効利活用し、コンクリート構造物の耐久性を確保すること
提言3:地方のニーズにあわせた技術規準を策定すること
提言4:施工中の不具合を抑制しコンクリート構造物の品質を確保するため、施工者に的確な施工を促す対策をとること
技術調査課からの通知により、2017年度から試行工事が開始されたものの、当初は筆者らと技術調査課の間に直接のコミュニケーションはありませんでした。試行工事のいくつかの現場に筆者らの同志が支援に入る形で連携していましたが、体系的な支援はできていませんでした。
例えば、北海道開発局の試行工事においては、寒地土木研究所の吉田 行委員(356委員会委員)が、工事関係者らに対して品質確保の試行の意義や、施工状況把握チェックシートなどのツールの活用方法について事前説明を行った現場もあります。
筆者も2018年7月に打込み後の品質を目視評価法や表面吸水試験等で評価に行きました。良好な品質が得られている現場もある一方で、トンネルの現場においては試行対象の2つのブロックでは良い品質であったのに、試行が終わった後の隣接する複数ブロックではあまり良いとは言えない品質を見て、残念に思ったことを覚えています。2018年度以降も、吉田さんが現場への啓蒙活動を続けていただき、2つのツールも活用した品質確保の取組みについては、アンケート結果においても、効果や意義を認める意見が多かったようでした(図-2)。
図-2 北海道のトンネル工事における目視評価の結果と品質の向上
また、四国地方整備局のトンネルの試行工事においては、香川高専の林 和彦准教授(356委員会委員)が関与し、骨材事情も考慮した品質確保について取り組み、前述の四国版の手引きの策定につながっていきました。
沖縄においても、琉球大学の富山 潤教授(350委員会委員)の調整で、沖縄総合事務局と沖縄県の合同での品質確保の勉強会が2018年7月に開催され、沖縄総合事務局の南部国道事務所の建設監督官を務めておられた與儀 和史氏の現場を訪問し、とても情熱的に品質確保の取組みを現場で仕切っておられた様子が印象的でした(写真-1)。
写真-1 衣装ケースを用いた型枠で、バイブレータの振動領域を手で確認する実験方法について説明する與儀 和史さん
このように、全国各地での品質確保の試行工事は始まったものの、筆者らの従来のつながりに頼った連携はいくつかありましたが、技術調査課との直接の対話もなく、体系的な連携ができているとは言えない状況にありました。
3.4年目からの技術調査課との協働
全国での試行工事と並行する形で、2018年度から国交省の3年間の技術研究開発課題として、「養生技術・混和材料を活用した各地域のコンクリート構造物の品質・耐久性確保システムについての研究開発」が採択され、筆者が研究代表者として活動することになりました。まさに、山口・東北システムの高度化と全国への展開を目的とした研究プロジェクトです。
委託者からも全国への展開を強く期待されましたが、研究に取り組んでいる当事者としては、実務における展開は容易ではなく、また将来的に展開するためにも、すでにあるシステムの高度化や強化が重要であると私は考えていました。そこで、3年間のプロジェクトの最初の2年では、東北地整のRC床版の耐久性確保のためのひび割れ抑制の研究等に相当なエネルギーを注力し、その成果を「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)」に反映するなどの実績を積んでいきました。
そして、技術研究開発の2年目の終盤に差し掛かった2020年2月に、委託者からの期待にも応えて、技術研究開発3年目に全国への展開も図れるよう、技術調査課に連携を申し入れました。私の大学時代の同級生の野坂周子氏が技術調査課にいましたので、連絡を取り、品質確保の試行工事の担当者とのコミュニケーションが始まりました。
ご存知の通り、そのころからコロナ禍が始まりましたので、結局、最初のミーティングを持てたのは2020年6月7日になり、オンラインでの会議となりました。技術調査課の栗原 和彦工事監視官や土木学会の350委員会「コンクリート構造物の品質確保小委員会」(委員長:田村隆弘 福井高専校長)の全国のコアメンバーがオンライン会議に参加し有意義なキックオフミーティングができました。
技術調査課と議論した基本的な方針は、2020年度の試行工事においては、試行工事の現場のリストを事前に共有し、実際のコンクリートの打込みが始まる前に、可能な範囲で事前勉強会を開催し、有意義な試行になるように支援していく、というものでした。350委員会のメンバーで手分けして地方整備局等の担当者に連絡をし、工事関係者や350委員会のメンバーが参加しての事前のオンライン勉強会などが開催されていくこととなりました。
350委員会のメンバーにはつながりがほとんどなかった中部地方整備局については、筆者が担当者に直接連絡を取りました。結果的に沼津河川国道事務所の河津トンネルと、岐阜国道事務所の東海環状の岐阜ICの橋脚の現場で、数多くの事前勉強会が開催され、打込み時の施工状況把握や脱型後の目視評価なども含めてGood Practiceが実践された現場となり、後述する2021年度の全国での講習会でも施工者に発表していただくこととなりました。
350委員会は2020年8月25日に最終の講習会を開催し、活動を終了しました。委員会報告書は公開しており、どなたでもダウンロードすることができます。(https://committees.jsce.or.jp/concrete44/system/files/%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%88%e6%8a%80%e8%a1%93%e3%82%b7%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%ba_124_0.pdf)
その後、2020年10月に本格的な活動を開始した356委員会のWG3(主査:子田 康弘 日本大学教授)が試行工事の技術的なフォローを引き継いでいく流れとなりました。