-分かっていますか?何が問題なのか-
第60回 景観とメンテナンス(その1)-計画・設計時の景観は重視しても、メンテナンスの時は?-
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
2.2 ランドマーク・パイロンのお化粧直し
本年の夏に1年遅れで開催された『2020東京オリンピック』を迎えるにあたって、東京国際空港に諸外国から多くの人々が訪れることから、『ベイエリアの華』ランドマーク・パイロンは、今から4年前、お化粧直しの検討が開始された。
お化粧直しの対象となった鋼製パイロンは、供用開始から約30年経て、塗膜の劣化やさび発生が顕著になってきていた。施設管理者としては当然、劣化が目立ち始めたパイロンを再塗装し、美しい姿で東京国際空港に訪れる多くの人を迎えたいと考えるのは当然、適切な判断である。管理者側の行政技術者は、お化粧直しの理由を定量的に示し、その方法と概算費用等を決めるために調査委託を外部発注している。次に、現状のパイロンに確認された変状及び対策について調査した結果を基に、私の見解を加えて説明する。
東京国際空港ターミナル地区は海岸線から約1kmの範囲にある。パイロンの置かれている環境は、東京湾からの飛来塩分を遮蔽する大きな構造物がなく、吊っている斜張橋の桁下を通行する車両の排気ガスを浴びていることから、厳しい腐食環境に区分される。
ターミナル地区に造られた鋼製土木系構造物は、長期耐久性を考慮し、基本、防食方法として一般的なポリウレタン樹脂塗料を上・中塗りとする重防食塗装仕様が採用されている。
ここで注目すべきは、ランドマークの鋼製パイロンである。「ラセットブラウン」色に輝くパイロンが、当時採用事例の少ないふっ素樹脂塗料を上・中塗りに使われていることである。行政技術者であった私には、上部工は一般的なポリウレタン樹脂塗料、しかしパイロンはふっ素樹脂塗料、同一橋梁で異なった塗装仕様を採用することには抵抗感があり、事業スタート時の社会環境と設計者の置かれていた状況が痛いほど分かる。
公的機関で発注する工事において、標準塗装仕様ではない特別な塗装仕様を採用することは、会計検査において理論的で説得力のある説明が必須となる場合が想定される。行政技術者としては、会計検査院の指摘を受ける可能性の高い事項は可能な限り避け、標準仕様で進めるのが常識である。一般的に、このような同一構造物において、異種の仕様を採用することはないはずである。
しかし、異例とも思える決定を行った背景には、景観研究会の発言を重視する状況であったことは明白で、担当した技術者の苦悩とその後の種々な対応が見えるようである。先に話題提供した本四架橋プロジェクトも同様であるが、多少無理であっても国策として進め、著名人や時の権力者で構成する委員会等を活用すると、過大投資も可能となるのが「世の道理」である。読者の多くも、同様な体験、同様な手法を取った人が数多くいるであろう。
パイロンの塗装仕様決定には、景観研究会が関与した可能性は高く、その理由は景観研究会の構成メンバーを見て明らかである。それでは肝いりで採用したふっ素樹脂塗料を使った重防食塗料の耐用年数は何年であろうか?
既往の文献資料「Design Data Book」(日本橋梁建設協会)、「重防食塗料ガイドブック」(日本塗料工業会)、「道路橋の計画的管理に関する調査研究-橋梁マネジメントシステム(BMS)-国総研資料第523 号」(国土技術政策総合研究所)などを参考にすると、ふっ素樹脂塗料を使った塗装仕様の耐久性能は約30年となる。一般的に重防食塗装系の塗膜劣化は、図-11に示すように光沢度が減少し、塗膜の白亜化(チョーキング現象)が進み、それとともに徐々に耐候性を保っていた上塗り、中塗り、下塗りの順で塗装膜厚が減少する。
図-11 重防食塗料の塗膜厚と経年のイメージ
ここに示した塗膜の劣化進展の流れから考えると、パイロンは26年経過しているので塗膜には種々な変状が発生しているはずである。次に、厳しい腐食環境下にある鋼製大アーチ・パイロンの26年経た変状状況について説明する。
(1)塗膜の変状状況とその原因
パイロン外面に発生している変状を調査した結果を図-12に示す。代表的な変状として、塗膜の白亜化、一部はく離と鋼材の軽微な腐食が見られる。
図-12 鋼製大アーチ・パイロンの変状(塗膜、鋼材の損傷)位置、内容
代表的な塗膜の変状状況を紹介すると、図-13は、パイロン上フランジに発生した上・中、一部下塗り塗膜が異常はく離した状況を示している。異常はく離の原因として考えられるのは、避雷設備の収納設備を収納するディテールの配慮不足が挙げられる。図-14も図-13と同様な塗膜のはく離現象であるが、一部鋼材の腐食が確認された。
図-13 上フランジの塗膜剥離①/図-14 同②
当該箇所は、現場継手部であり、溶接の影響や現場塗装であることから塗料塗布の均一化、密着度確保が出来なかったのが原因と考えられる。これらはいずれも、製作・架設時の十分な管理が行われていなかったことから発生する、局部的な変状である。
図-15は、パイロンウェブ面の白亜化損傷である。パイロンウェブの白亜化をよく観察すると、日照面側が顕著であることから、紫外線等を浴びたことが劣化現象の主たる原因である。フランジからウェブコーナーには、塗料のダレ跡が確認できるが、これは上塗り塗料の白亜化が進むに従って工場塗装塗布作業跡が現れたものである。
図-15 ウェブ塗膜の白亜化
図-16は、パイロン基部に発生した鋼材の腐食及び断面欠損である。ここに示す局部的な腐食の原因は、パイロン基部根巻きコンクリート部のシール材が当初から逆勾配で雨水や塵埃、塩分等が溜まり易い形状となっていたことが原因で、防食塗膜の劣化、鋼材の腐食、断面欠損と急速に進展したものである。
図-16 鋼材腐食及び断面欠損:アーチパイロン基部
ここまで、パイロン外面の代表的な変状を抜きだし、予測できる原因について説明した。パイロン内面は、当時一般的に使われていたタールエポキシ樹脂塗装仕様(現在は、主材タールが有害物質であることから、使用を制限されている)である。パイロン内面は、部分的な変状であり、箱内構造の結露、基部部分の耐水等が原因で塗膜の劣化と鋼材の腐食が一部確認された。パイロン内面の変状については、今回の本題には直接関係がないので変状写真と詳細な説明は省略する。次に、塗膜の劣化程度を判断する要素の一つである、塗膜厚の測定結果を示す。
(2)現況塗膜厚
塗膜の劣化は、先にも説明したように光沢がしだいに低下することから始まる。光沢の低下は、白亜化だけではなく、塗膜表面の凹凸、しわや亀裂、汚れなども原因となる。塗膜の白亜化は、塗膜表面が粉化して次第に消耗する現象である。白亜化の原因としては、塗膜中の着色顔料が紫外線によって変質したり、顔料が脱落したりするなどによって、着色度合いバランスが崩れるなどで起こり、塗料の変退色と密接な関係がある。
パイロンの変状状況で明らかなように、ウェブ面でかなり白亜化が進行し、肝いりの「ラセットブラウン」色も大分赤みが薄れてきている。今回塗膜厚を測定した結果を図-17に示す。
図-17 鋼製大アーチ形状パイロン塗料の塗膜厚測定結果
塗膜厚の測定結果は、外面部の平均が381μmあり、当時のふっ素樹脂中・上塗り重防食塗装仕様基準膜厚265μmに対しプラス43.8%、内面部の平均が329μm、タールエポキシ樹脂塗料仕様255μmに対しプラス29.0%と、外部、内部いずれの塗装も基準膜厚を大きく上回る測定結果であった。
一般的な新設橋梁の塗装膜厚を考えると、厚めに塗布されている事例を良く見るが、ここまで厚く塗布されている事例は少ない。パイロンを厚く塗布したのは、先に示したふっ素樹脂塗料採用と同様で、受注者側においても景観の長期保持を考え、かなり念入りに厚めの塗布作業を行ったものと想定される。これだけの厚さがプラスとなると、当時の塗料発注体制、空缶検査、膜厚管理結果はどのように評価されたのであろうか? それよりも、受注者側として、損得勘定なしで請け負ったのであろうか、とても不思議である。
今回測定した塗膜厚の結果のみで塗替えを判断するとすれば、塗替えが必要とはならない。しかし、先にも一部紹介した塗膜の白亜化、退色、はく離、ちぢみ現象が確認されていることや、2020東京オリンピックを迎える東京国際空港の位置づけを考えると、塗膜の塗替え、お化粧直しが必要と判断したのは、行政側として適切と判断できる。
次に、現状のふっ素樹脂塗料を中・上塗りとしているC-4系塗装仕様に近い塗装を変更するか、変更するとすれば補修方法として何を選択するかについて、検討を行っているので説明する。