-分かっていますか?何が問題なのか-
第59回「建造物の景観と色彩設計 ‐誰でも色は変えられるが、色を変えた責任は重い‐」
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
メキシコシティーの地下鉄崩落事故
スタッド、コンクリート品質、主桁溶接に問題?
3.海外の橋梁事故について
国内外の橋梁関連の情報を調べてみると、悲しいことにここ数か月内に何橋かの橋梁事故が発生していた。前回話題提供したメキシコシティー地下鉄崩落事故は、2021年5月3日であり、事故発生後4カ月が経過した。当然事故報告書が出されると思い調べていたところ、約1か月経過した6月に事故原因に係る報告書が公開されたので一部紹介する。
3.1メキシコシティー地下鉄12号線崩落事故原因について
2021年5月3日に発生した、メキシコシティーの地下鉄崩落事故状況を図‐10に示す。私としては、前回の私からの説明やテレビ報道等を見た読者の多くは、路線計画段階から実施設計・施工における瑕疵によって「起こるべくして起こった最悪の崩落事故である」と理解されたと確信する。
2021年6月13日のニューヨーク・タイムズ紙には、直接的な原因として「様々な工学専門家や政府関係者の意見を集めると、崩落した原因は、鋼製主桁とコンクリート床版を一体化させる鋲(スタッド)の溶接不良が主原因である」との記事がある。
また、メキシコ市政府が依頼したDNV社(Det Norske Veritas:ノルウェー・オスロが本拠地で日本にも支社がある)と専門家による報告書には、「鋼主桁とコンクリートパネル式床版を固定するネルソン方式スタッドボルト、使用しているコンクリート、鋼部材の溶接などにおいて欠陥が確認された」との記述がある。先に示した事故原因報告書の内容を取り纏めると、
①鋼桁と床版の合成構造に必要なスタッド本数が不足し、スタッド溶接も不完全である。
➁本来であれば、梁や床版固定に使用するコンクリートは、単一種であるはずが、複数使用しており、最悪なことにコンクリートの材質も悪い。
③鋼主桁の組み立て溶接については、溶接不良箇所が多い。また、適切に施工管理を求められる隅肉溶接部分を調べると、施工管理が不十分であった
と推測される箇所が多い。
以上の3点が報告書に記載されている事故原因を取り纏めた結果である。
また、メキシコ土木技術者大学(Colegio de Ingenieros Civiles de México; CICM)からは、同時期に先の公的組織とは別に独自の調査を行って報告書を出している。報告書には、先に説明した事故原因内容と同様な原因が示され、溶接不良、梁の不適切な間隔、柱や梁の亀裂、主桁支持部の不規則性を挙げ、区間別の欠陥割合が具体的に数値で示されている。
ここで、2つの報告書を見て直接的な事故原因のポイントを示したが、これ以外にも、軌道主桁の線形不良や均一断面でないなど通常考えられない、種々な施工不良が公開されているが、前回も指摘したように、メキシコシティー地下鉄12号線の計画、設計・施工段階における公的組織の瑕疵行為が主原因であることには変わりはない。今後、第二次、第三次の報告書を出すと報告書には記述されているので、今回説明した以外の新たな事実が明らかとなった場合は、次回以降に再度事故原因を解説したいと思っている。
メキシコシティー地下鉄12号線崩落については、前回、私が想像力を働かせ事故原因を推測したが、今回公表された事故原因報告書を読む限りでは、私が指摘した事故原因と報告書の本筋は合致していた。私は、高度情報化社会の発展によって、国内外の種々な情報をリアルタイムで収集できることから、現場に出向くことが少なくなってきている。高度情報社会の恩恵を受けている私から、多くの技術者に対する忠告は、自らが機会を創り、現地に行って、自分の目で見て、耳で聞き、五感を使って調べ、想像力を働かせることを忘れてはならないとの事である。私が願うポイントを忘れてしまうと、結果的に机上論者に成り下がり、真の専門技術者から外れることになる。専門技術者として、口先で『安全・安心』と言い、住民の真の声を聴かずに心の中で権力や富を得る事ばかり考えていると、メキシコシティー地下鉄12号線事故のように、必ずしっぺ返しを受けることになる。
さて次の話題提供も、過去に国内外で何度も起こった道路橋に係る事故の情報であるが、情報が得られやすい米国と情報をほとんど得られないロシアの事例である。
3.2米国では跨道橋が落ちる寸前となった
米国・ジョージア州ソパートン(Soperton)郊外の州間高速道路(Interstate)16号線において、2021年7月15日午後4時頃、16号を走行していた大型トラックが荷台を上げたままの状態で跨道橋(州道86号)に激突した。図‐11に事故後の状況を州間連絡道路側と州道の跨道橋を示す。大型トラックの激突によって、州道86号の跨道橋は橋軸直角方向に約3.5m大きくずれた。道路管理者であるジョージア州DOTは、跨道橋が落下する可能性が高いと判断、当該箇所の16号線全線を通行止めとした。
米国の高速道路桁下高さ建築限界は、4.9m(建築限界、通常大型車の垂直方向の動きを考慮し+0.2m程度余裕をとる。国内の場合は、4.5m)である。米国で発生した事故と同様に、桁下を走行する車両が荷台を上げたままの状態や杭打機やクレーン車両がブームを上げたままの状態で桁に激突する事故は、日本にも良くある話である。私自身も同様な事故を何度も経験し、その都度、通行止めの措置や事故原因車両への損害賠償請求を行ってきた。いつも感心するのは、結構重車両は頑丈で、場所にもよるが、橋梁に激突した程度で走行不能となる事例は少ない。それとは別に、米国の事故情報を調べていて私が感心したことがある。
それは、事故翌日から約2日で写真‐17に示すように、ジョージア州DOTが跨道橋を全て撤去した行動の速さだけではなく、事故現地において、州DOTの職員が次の新たな跨道橋の設計を行っていたことにある。
以前私も米国において何度か確認しているが、米国の各州DOT技術職員は、かなり高度な技術力を持っており、一般的な構造物の設計はコンピューター等を上手に使いこなし、自らで設計し、設計・施工関係図書も作成できるスキルと実行力があった。今回のジョージア州で発生した事故においても、私は州DOTの行政技術者が設計を行っている情報を見て、私の理想とする技術者の姿を見せつけられ、強く感動した。実に素晴らしい、私が接してきた、厳しい責務を負い、日々研鑽を怠らない理想の行政技術者像は、米国において今も健在であった。さて、我が国の行政技術者に米国DOTの行政技術者と同様なことが行える人が何人いるのであろうか?口で言うのは簡単だが、行動が伴わなければ全く意味も無いし、周囲から軽蔑されるだけだ。
次は、種々な情報を得る事が非常に困難な国ロシアで起こった、道路橋を補修中に落橋した事故と、米国と同様な原因で跨道橋が物の見事に落橋した事故情報の2つである。
ロシアの道路橋落橋事故
合成構造と非合成構造の判断ミスの可能性が高い
3.3ロシアの落橋事故について
メキシコシティー地下鉄12号線の崩落事故が発生した4日後の2021年5月7日にロシア、カザフスタンに近いオレンブルク州のオクチャブリスキー地区のサルミシュ川を跨ぐ道路橋が落ちた。写真‐18に道路橋が落橋した状況を示す。
落橋事故の概要から読み解くと、鋼桁が腐食し、床版を除去して補修しようとしたところ、上部工全てが河川内に落ちたようである。写真‐18で明らかなように、落橋した状の写真が非常に不鮮明であること、関連する情報が無いこと、肝心のGoogle mapが使えないことから、落橋は事実であるが、落橋の原因は私の過去の知識等から推測するしか手段が無い。道路橋で鉄筋コンクリート床版の鋼桁の場合、補修中に落橋する事例の多くは、合成構造の場合、仮設重機等計算の誤りなど等であるが、それなりの技術力のあるロシアの場合は、私は合成構造と非合成構造の判断ミスの可能性が高いと予測する。
当該落橋の原因推定は、私が困難な写真を可能な限り拡大し、目を凝らして、想像力を発揮した結果である。さてさて、先の落橋事故を種々な角度から調べていたところ、SNSによる投稿?と思われるとんでもない落橋事故情報がヒットした。それは、先に紹介した米国の事例と同様に、桁下を通行するトラックが跨道橋(人道橋?)に激突した事故である。図‐12に人道橋の落橋事故状況を示す。この事故は、R254高速道路(旧称:ロシア連邦道路M51)を走行しているトラックが跨道橋に激突し、昇降部分を見事に残し、跨道部分が落下する事故であった。落橋した時の、跨道橋に引っかかったトラックの荷台外観が米国の事故状況とあまりにも似ていたので、思わず笑ってしまった。当該事故が人身事故であったのか否かは、発生地がロシアであることから、その他の情報やその後の情報を得ることが出来なかった。どこの国でも、跨道橋の桁下高を守らない車両は多いが、まさか、規則が厳しいと思っていたロシアにおいても、桁下制限を理解しない同様な事故が発生するとは驚きであった。
このようなヒューマンエラーによる落橋事故がたびたび起こっては困るが、法規を守らない人、リスクを全く考えないで行動する人は、国内外問わず必ずいるもので、安全・安心を確保するには、自らが細心の注意を払って、不幸にしてそのような事故に遭遇しないことである。自分の身は自分で守る、基本中の基本である。
『熱意』、そしてそれを裏付ける『技術力』と『想像力』
4.おわりに
今回の連載の締めに、隅田川の派川に架かる相生橋を写真‐19に示す。隅田川の派川とは、永代橋を下ると直ぐ、河口に向かって左右に川が分離し、派川とは河口に向かって左側の流れで、派川の旧河口には東京海洋大学越中島キャンパス(旧商船大学)がある。東京海洋大学の直近に架かるのが相生橋である。
読者から「髙木さん忘れてはいませんか!隅田川にはもう一橋、重要な橋がありますよ」と言われると思い、隅田川の派川に架かる三代目の相生橋を示した。相生橋に使われている色彩は、私の好きな「青色」系の色彩ではあるが、構造型式が最終決定する段階で組織の権力者によって方向転換を余儀なくされた、私にとって相生橋は思いで深い橋梁でもある。個人的には、色彩は取り巻く環境に合っているが、トラスの斜材が輻輳していることがマイナスとの評価である。私は見るたびに、架け替える以前のゲルバー桁構造の方が、中之島公園を挟んで外観のバランスがとても良かったと思っている。
さて今回の主題は、橋梁などの建造物を新設する際と既設で塗り替える際の色彩について、どのように検討し決定するのかを、私の持論を基にした解説と、今まさに種々な施策に取り組んでいる現役世代への苦言を呈した。私が現在最前線で活躍している多くの行政技術者に忠告したいのは、新たな施策を考える際、関連する過去の施策等を調べ、過去にどのような検討がなされ、どうして事業化したのかを、もう少し丁寧に調べてほしいことにある。二番煎じの施策は、住民や利用者のニーズに応えることが出来ず、無駄な投資となり易い。現役を離れた多くの優れた技術者の方々にも、もっと多くの苦言や提言を現役世代に発信してほしい。それこそが、生きた後継者育成、技術の継承となる。
また、海外で発生した地下鉄崩落事故について、公開された事故原因報告書のポイントを示し、腐敗した考えで事を進めると大きな損失となることを教訓として学び、我が国で同様なことが起こらないように警告した。
私は声を大にして言いたい、技術者たるもの、第一に公平・公正が必要であり、そして、多くの人から学ぶ努力が必要である。行政技術者としては、外部に対して訴える『熱意』、そしてそれを裏付ける『技術力』と『想像力』、そして多くの人が納得する成果が必要不可欠であることも忘れてほしくない。少なくとも私は、今でも多くの技術を受け入れる意欲と多方面に渡って勉強する、日々の努力を怠ってはいない。(次回は2021年12月1日に掲載予定です)