-分かっていますか?何が問題なのか-
第58回 鈴木俊男さんから学んだこと ‐突桁式吊補剛桁橋にチャレンジした恐ろしい胆力は何か‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
2.メキシコの地下鉄高架橋崩落事故について
2021年5月3日(月曜日)現地時間午後10時22分頃、メキシコシティ地下鉄の高架橋が崩落し、死者24名、負傷者79名の大惨事となった。写真-1、2は崩落事故発生直後の報道写真である。
写真-1 メキシコシティ地下鉄高架橋崩落事故現場(Metro Tezonco station側から)
写真-2 メキシコシティ地下鉄高架橋崩落事故現場(Metro Olivos station側から)
崩落したのは、メキシコシティ地下鉄の中で最も新しい12号線のオリボス駅とテソンコ駅の間、東行きの車両がオリボス駅の手前約220m(720フィート)地点にある鋼主桁の高架橋である。
崩落事故報道によると、Av.Tlahuacの中央を走る高架橋が崩落し、軌道ごと列車が6m(16フィート)下の地上に落下した。図-2にメキシコシティ地下鉄崩落事故現場の位置図、図-3にメキシコシティ地下鉄の路線図を示す。
図-2 メキシコシティ地下鉄高架橋崩落事故現場位置図/図-3 メキシコシティ地下鉄路線図
メキシコシティ地下鉄は、当初フランス政府の援助を受けて建設が始まったことから、パリ地下鉄の運行システムが導入されており、ゴムタイヤの新交通システム(ライトレールタイプ)と似た方式を採用しているが、A路線と今回事故が起こった12号線(別名ゴールデンライン)は、鉄車輪方式である。
2012年10月に開通した総延長24km の12号線は、11.6kmが高架橋である。駅は20あり、30車両/日の車両が走行、今回崩落事故が発生した区間を含む南部路線は、約35万人の乗客が利用していた。日本の場合は、軌道法適用の交通事業である。図-4は、道路名Av.Tlahuacから見た 12号線高架橋区間の遠景である。
図-4 メキシコシティ12号線高架橋区間遠景
今回の事故原因について、サイモン・ボーン氏(メキシコ・橋梁コンサルタント)は、「崩落事項を起こした高架橋の構造は、鋼2主桁の上にコンクリートスラブがある非常にシンプルで単純な形式である。今回の事故は非常に珍しいことに、径間中間部で崩壊したようであり、不幸にも当該区間上には車両があった。単純桁が曲げによって径間中間点で破壊したと想定すると、コンクリートスラブの圧縮破壊(コンクリートの品質に問題があった)か、もしくは鋼主桁フランジの引張破断(溶接部の品質)としか考えられない。桁下の道路からの衝撃や地震発生などの外的要因がなければ、建設時から抱えていた欠陥が、今回の事故原因であると考えられる」と述べている。
私が事故後の状況を見た瞬間の感覚は、主桁が折れて落下したのではなく、コンクリート単柱部、もしくは梁に何らかの異常が起き、主桁がずれて支承から外れ、列車もろとも地上に落下したと思った。しかし、私の第一印象と、現場とは大きく違っていた。私は、何度も崩落事故状況写真やニュース動画を見直し、正しいかどうかは別にして、何が現場で起こったのか分かってきた。そうなると、私自身が持ついつもの探求心、私の心に火が付いた。
メキシコシティ地下鉄の中でも、いわくつき路線と悪評が高かった12号線について、現地資料を調べて見ると下記の記事があった。
「12号線は、メキシコシティ中南部から南東部の半農村地帯・トラワックまでを結ぶゴールデンラインとして知られ、当該プロジェクト費用は260億メキシコドル(日本円換算:約1,431億円)である。他の路線と同様に、12号線も市街地では地下を走り、郊外では高架構造となっている。
12号線は開業当初から高架区間の列車走行に問題を抱え、脱線する可能性が危惧され、一部区間では時速5kmに抑えなければならなかった。また、今回崩落事故の起こったオリボス駅とテソンコ駅を含むアトラリルコ-トラワック区間約13㎞は、技術的・構造的な欠陥の修繕で開通後、20カ月間閉鎖されている。当時、欠陥原因の調査と対策検討を目的とする特別委員会が設置されている」と、事業開始前、開始後の黒い噂などに触れている。
事業費的に分析すると、私が関係した東京臨海新交通『ゆりかもめ』の場合、総延長(新橋~有明)が12.1㎞、インフラ部1,151億円(運行システム等含む1,702億円)であることから、キロ単位当たり事業費は95億円である。一方、メキシコシティ地下鉄12号線は、キロ単位当たり72億円と、『ゆりかもめ』の約76%となる。この事業費分析結果が何を意味するのかは読書の方々に委ねる。
さて、特別委員会の調査報告書には、「12号線の計画、設計、建設、運用において欠陥があった」と結論づけられている。どこかの国にもあった、現在もある、何か美味しいもの、将来の飯のタネを食い物にする悪しき集団、技術者倫理上最悪のパターンである。私には、私利私欲に走る人の群れが事故現場の背景にハッキリ見える。
また、2017年に発生したマグニチュード7.1のPuebla Morelos(プエブラ)地震(日本ではメキシコ中部地震。メキシコ・プエブラの南約55㎞震源:メキシコシティで20以上の建物崩壊)によって、12号線も被災し、テゾンコ駅からオリボス駅を含む東側ターミナルまでの6駅が一時的に閉鎖されている。大地震による構造物の揺れによる影響は甚大で、特に12号線のような図-5に示す鉄筋コンクリート製単柱には、柱基部にはひび割れが集中するので、地震後に行なう安全性確認の重要なポイントである。また、別の資料には、地震被災後に行なった耐震補強状況を示す資料があったので、資料中から代表的な事例を抜粋し、図-6に示す。
橋脚基部は分かるが、鋼桁の補強を見て、なぜ鋼桁を支える必要性があるのか、より詳細な現地資料の分析が必要と思った。
図-5 メキシコシティ地下鉄12号線橋脚建設状況/図-6 メキシコシティ12号線地震被災後の復旧工法