4. 成功の要因
私は長らくコンクリート構造物のひび割れに関する研究に携わっていますが、実構造物のひび割れ問題は様々な影響要因があるので容易ではないことを痛感してきました。今回の普代川大橋でひび割れ抑制が成功したからと言って、このやり方で今後のすべての橋梁でひび割れが抑制できるのかは分かりません。しかし、他の同様の橋梁と比べて上手く行ったことは事実ですので、そこにどのような理由があるのかを分析することは重要と思います。そして、何らかの知見が得られれば、それを実務に取り入れ、将来の実構造物の結果で検証し、改善を重ねていく必要があると思います。
私の指導する博士課程のベトナムからの留学生であるNgoc君が、RC床版のひび割れ抑制を含む耐久設計に関する研究に取り組んでいます。彼が、段階施工の数値シミュレーションソフトを使い、引張応力を低減する段階施工のやり方の肝を見つけてくれました。詳細については、学会の論文にも投稿しますが、エッセンスは図8に示す通りで、この図は2020年度に改訂作業を行った手引きに掲載されました。普代川大橋は、まさにこの図8に示す考えに基づいて段階施工が行われたので、段階施工による引張応力が低減され、ひび割れ抑制につながったものと思います。
単位膨張材量を25kg/㎥に増加することで引張応力も低減されますが、単位膨張材量が20kg/㎥であっても同じようにひび割れが抑制されたかは、私には分かりません。今後の検討が必要です。
5. 膨張材のリスク
膨張材を標準的な使用量である20kg/㎥から25kg/㎥に増加させることのリスクについても検討しました。懸念としては、鉄筋もほとんど配置されない床版の鉛直方向(厚さ方向)への膨張が過大になることと、スケーリング抵抗性が低下する可能性があること、でした。
床版の配筋をと同様の小型床版供試体を現場で使用するコンクリートで作製し、膨張ひずみの計測を行いました。膨張ひずみは、打込みの温度や養生条件の影響を受けますが、今回の実験条件では25kg/㎥にした場合に鉛直方向のひずみが1000×10‐6を少し超える程度で、硬化コンクリートへの大きな悪影響はないと私は判断しました。
また、作製した小型床版供試体を小さく切断し、凍結融解を繰り返してスケーリング抵抗性を調べました。ASTM C672の温度履歴とは異なりますが、過去の研究により、これと同程度のスケーリング劣化が生じる温度履歴により、実験を行いました。実験結果の詳細も、今後論文に発表していきます。図9はその結果であり、やはり単位膨張材量が25kg/㎥と増加した場合の方がスケーリング抵抗性には劣る結果となりましたが、25kg/m3の場合でも50回の凍結融解の繰り返し時点でのスケーリング量が0.5kg/㎡以下となっており、十分なスケーリング抵抗性を有していると判断しました。
2020年度に実施した手引きの改訂作業(改訂版は2021年6月に通知)により、ひび割れ抑制対策の中に「有害なひび割れの発生が懸念される場合には、単位膨張材量を標準使用量よいも増やすことを検討してもよい。」という記述を追加しました。これは、普代川大橋での取組みの結果に基づいていますが、25kg/m3に増加することを標準的な選択肢として位置付けるにはまだ検討が十分ではないと私は思っています。また、膨張材の反応は気温の影響も受けるので、25kg/m3という数値が独り歩きする懸念もあったので、具体的な数値は手引きの条文には入れないことにしました。
ひび割れの無いコンクリート構造物は施工者にとってもうれしい成果となるでしょうから、本稿での取組みも参考に、実構造物でぜひチャレンジしていただきたいと思いますし、その場合は、それぞれが貴重な検証事例となりますので、適切にデータを取得し、公表していただけると、今後の技術の発展に有意義であると思います。
6. おわりに
山口県のひび割れ抑制システムで勉強させていただいた私にとっては、東北地整のRC床版のひび割れ抑制はチャレンジングな研究テーマでした。すでに博士課程を修了して、現在は三井住友建設で働いている教え子のZerinさん(バングラデシュ、女性)の博士論文のテーマとして取組み、そこで分かったことを2019年版の手引きに実装しました。それなりに分かったようなつもりでいましたが、普代川大橋での勉強でさらに知見を積み重ねることができ、改訂した手引きにその知見が実装されることになります。
しかし、鋼桁に拘束されるRC床版のひび割れについては、私もまだ分かっていないことが結構ありますので、現在研究に取り組んでくれているNgoc君とも粘り強く勉強を続けたいと思います。