(1)はじめに
緊急事態宣言が再発令されてほぼ2カ月が経とうとしている。飲食店は時短営業で「青息吐息」状態。梅田のJR高架下の有名な立ち飲み屋も店員さんが呼び込みを行っているが誰も入らない。通勤経路である神戸市営地下鉄、JR神戸線(新快速や快速)、大阪メトロの車内は大勢の通勤客。「何で日本人はこれほどまでに勤勉なのか」と思うのは私だけか。最近は、ズーム会議が多くなり、議論世代を突っ走ってきた私としては少々残念な気がする。それでも近畿の小規模吊橋等の仕事を頂いているので時間が許す限り若手を連れて現地に足を運んでいる。つい最近は、道路メンテナンス会議の「自治体管理施設を対象とした技術相談会」制度を活用した「吊橋の補修方法や設計」に関する相談を近畿地整局さん及び自治体さんから受けた。古都の山の中に赴いて現橋の調査・診断・レポートの作成後、ズーム会議において診断結果の説明や相談事項に関する回答をする。会議の最後には、私の使命と考えている「官民若手技術者の育成を実現する」と宣言している。この考えについては皆さん、納得いただいているようである。
今回は、近い将来、発生が確実視されている東海地震、東南海地震及び南海地震といった巨大地震に対する「長大斜張橋の橋軸方向変位制御」について、である。これは、私の技術士第二次試験の経験論文の内、主論文としたものである。想定を超える巨大地震が長大斜張橋を襲った場合、どうやって制限値内(設計地震動レベル)に変位量を抑えるか、を検討したものである。当然の事ながら、想定地震(設計地震動レベル)に対しての橋軸方向耐震固定法の実施例についても簡単に紹介する。
(2)長大斜張橋の橋軸方向耐震固定法
斜張橋の耐震固定法は、中・小の斜張橋では地震時の慣性力が小さいことから「1点固定法」の採用事例が多い。しかし、長大斜張橋では1点固定法では慣性力が集中するため、固定橋脚とその基礎構造が大規模となり設計・施工が非常に難しくなる。また、慣性力の分散を図ることを目的として、「多点固定法」とすると温度変化時の主桁の水平変位による水平反力が大きくなる場合がある。このため、長大斜張橋では地震力の分散を図り、かつ地震力を軽減させるとともに、温度変化による水平反力を低減させるための各種検討を実施することになる。表-1に長大斜張橋の橋軸方向耐震固定法についての実施例を示す。
多くの斜張橋で塔部2点弾性固定法が採用されている。この理由は、主塔及び基礎には常時において大きな鉛直反力が作用しているため、所要寸法が大きいこと、端・中間橋脚に比して耐力が相当以上に大きいことが挙げられる。斜張橋の展示場とも呼ばれる名港トリトン(東・中央・西)ではMCD(Meiko Cable Damper System;名港ケーブルダンパーシステム)が採用されている。MCDは、主塔部において主桁をPCケーブルで弾性的に支持させている。これにより、橋軸方向の長周期化を図り、温度変化による水平変位を吸収させている(図-1参照)。瀬戸大橋の櫃石島橋・岩黒島橋では、端橋脚に三角リンクと皿ばねを組込んだスプリング沓で構成する弾性固定装置を設置して橋軸方向の長周期化を図るとともに水平変位が調整されている(図-2参照)。しまなみ海道の生口橋では、側径間のPC桁をゴム支承(リング沓)で支持し、水平方向にはゴムのせん断ばねを利用して長周期化を図っている(図-3参照)。同じく多々羅大橋では、主塔部にゴム支承(リング沓)を設置し、弾性的に支持させている。ゴム支承の水平ばねは、座屈モードが主塔から主桁に移行するように設計可能な最小限のばねとしている。これは、ばねを小さく(つまり柔らかく)すればオールフリー構造に近づき、水平変位が大きくなること、大きく(つまり硬く)すれば2点固定に近くなり、主塔の座屈が先行することによる。東神戸大橋では、オールフリー構造とし、長周期化により地震力を低減させるとともに、ケーブル形状をハープ形にすることで橋軸面内剛性を上げ、地震時の水平変位が大きくならないよう配慮している。また、不測の外力を想定し、端橋脚上にベーンダンパーを設置し、過大な水平変位が発生しないよう配慮している(図-4参照)。
また、それ以外の国内・国外の斜張橋の耐震固定法は以下の通りである。
・1点固定・・・・・・末広大橋(徳島県)、豊里大橋(大阪府)、六甲大橋(兵庫県)、
かもめ大橋(大阪府)、大和川橋梁(阪神高速)
・多点固定(主塔部)・・・・・・天保山大橋(阪神高速)等
〃 (端部)・・・・・・サンナゼール橋(フランス)
・弾性固定(端部)・・・・・パスコケネビック橋(アメリカ)
・オールフリー・・・・・・フリードリッヒエルベルト橋(ドイツ)、
ランデ橋(スペイン)
(3)多々羅大橋の橋軸方向変位制御
①多々羅大橋の支承
多々羅大橋の耐震固定法は、前述した通り、橋梁全体の耐荷力を高めるとともに、耐震性の向上を図るため主塔部で弾性固定(ゴム支承)方式を、端橋脚及び中間橋脚は可動方式を選定した(図-5参照)。端橋脚・中間橋脚の可動支承は、側径間PC桁の重量化(負反力防止の為のカウンターウエイト)を図り負反力の生じない構造としたことから、大きな水平変位にも機能するようなBP-A沓を当初設計では選定した(図-6参照)。
<裏話>
多々羅大橋の側径間PC桁の自立系(ケーブルで吊り上げる前)の設計が完了する頃、本社から通達がきた。馬鹿馬鹿しくてよく記憶していないが本省か土研からBP-A沓(高力黄銅支承板支承)は使うな、BP-B(密閉ゴム支承板支承)を使うように、と。本社は、国の言う事はよく聞く。しかし、私は福岡県へ出向直前まで当然の事ながら納得できないものは聞かない。当時の工事長も同時期に異動になったのでその時の会話を。「角君、もう本社の言う事を聞こうよ」。巷の話では、ゴムプレートの効果があり全方向への回転がスムーズだと。ある文献を紐解くと、「ステンレス板とすべり板(または固体潤滑剤)との組み合わせによるすべりやベアリングプレート、ゴムプレートの回転に関してBP-AとBP-Bとを比較すると、長期の使用実績や劣化の有無、実験の結果からBP-Bの方が優れている」ということらしい。これこそが現場無知の極致である。私の設計・施工の経験では、設計反力が大きく、回転機能を要求する場合はBP-A支承。既往吊橋の連続非合成鋼床版支承のように比較的設計反力が小さく、回転機能を要求する場合はBP-B支沓を。さらに、既往吊橋の非合成鋼床版では、BP-B支承の損傷が顕在化していた時期である。参考までに、BP-B沓で現れた損傷を写真-1に示す。写真の如く、すべり板(テフロン板)が徐々にはらみ出していく現象が発生している。