6.計算書なしでも設計図はできた
東北新幹線の建設で仙台の工事局にいたときの経験です。忙しい時代には、設計図が間に合わないこともあります。その時は、コンサルタンツの優れた技術者に設計をお願いしました。計算書はなくても、図面を工事の発注までに間に合わせてくれます。構造物がかなりできてきたころに正式な計算書が届くということもありました。
建設の盛んなときは、急ぐ時の設計は、当時のNコンサルタンツの長井士郎さんなど、各コンサルタンツの何人かの優秀な技術者に担当してもらいました。高架橋や橋脚、桁等の通常の列車荷重を受ける構造物は、優秀なエンジニアは少しの手計算ですぐに図面を作れました。鉄筋量やコンクリートの大きさを決めているのは、構造物の数断面です。列車の乗る梁は列車荷重で決まり、あとの部材は地震で断面が決まります。その数断面を簡単に検討すれば、ほぼ全体の配筋図も作れるのです。これらの技術者の頭には、当然過去の同規模の構造物の設計図があるからです。
今でも災害復旧の時など、復旧のための簡単な配筋図などはJRの社員のみで数時間で図面を作ります。図-3は東日本大震災の復旧の指示書の例です。このような図面付きの指示書をこの時は200件近くつくっています。
図-3 復旧の指示書
コンクリートの桁の、桁高とスパンの比は経済性からは1;10~14程度で、いろいろの条件で1;10~20の範囲で造られていると思われます。1;20を超えて桁高を小さくすることも応力的には可能ですが、鉄道ではたわみの制限からほぼ限界で、軌道などでの工夫をしないと、たわみが制限値を満足しなくなってきます。
このようなことを知っていることで、スパンが決まれば、ほぼ桁の形状は描くことができます。また鋼材の量も概略計算できます。まず白紙にこのような図が書けないと速やかな設計はできません。ベテランになると、あまり計算しなくてもほぼ妥当な形状と配筋図が書けるのです。
7.設計審査でベテランは図面のみのチェック
国鉄時代の設計は、鋼構造はすべてが構設でチェックされていました。コンクリートは標準設計と長大橋などの特殊設計は構設でチェックしていました。私が最初にこの組織に行ったときは、計算書を見ながら図面をチェックしましたが、ベテランの先輩は計算書を見ていませんでした。青焼きの図面を見ては、赤鉛筆で修正していました。
桁が活荷重で大きなひび割れが生じる場合は、これは荷重として作用するので、強制変位によるひび割れとは異なり危険です。このようなことが生じるのは、多くは設計のミスです。荷重を間違えて計算したり、計算書から配筋図を書くときに、単線分と複線分とを間違えたりなどの原因があります。
ベテランの技術者が図面を照査していれば、その時点でほとんどこのような致命的なミスは見つけます。コンピューターでの計算書を見て、図面でのチェックに慣れていない技術者に照査を任せると、このような危ない構造物を見逃す心配があります。
計算書を見るよりも、妥当な部材の大きさか、妥当な鉄筋量か、配筋などのディテールが妥当かなど、図面で確認するのが基本です。多くの図面を見ている経験があるからチェックができるのです。計算書の数字を追っているのみではまともなチェックはできません。
8.実構造物が問題なく存在しているなら、計算で常時が危険というのは誤り
地質調査の結果、既設の擁壁を計算したら危険です、というような相談があります。数十年、問題なく存在しているので、少なくとも常時は安定しているということのほうが正しいのです。その状況から判断した地盤の数値に調整して検討するべきです。
技術基準なども、実験結果等や解析から危険なので安全側に直すということが行われがちです。実構造物で長期間、問題が生じていないなら、常時の条件で、実構造物を大きくするのは誤りです。計算式を直すのであれば、問題の生じていない実構造物の大きさが変わらないように安全係数を小さくするなどで対応して直すべきです。
近年の大地震で被害を受けたことで、構造物の耐震補強が行われています。原因の多くは、部材の靭性不足です。被害を受けた部材の靭性を増やすように、鋼板巻き補強などの対策は必要です。被害を受けていない杭などを、現行基準ではもたないといって補強するのは過剰と思っています。被害を受けなかったということは、実地震でその部材の安全性を確認したので、計算よりも信頼性は高いのです。
部材の強度バランスを変えなければ壊れた部材の靭性補強のみで、壊れていない部材の補強は必要ありません。鉄道の耐震補強は写真-7のように壊れた柱のみの靭性補強とし、基礎など損傷のない部材の補強はしていません。ただし、新設扱いとなると現行基準によるというルールのため、基礎の補強も生じているようです。現行基準のほうが問題だと思います。
写真-7 柱のみを耐震補強する高架橋
9.設計における重要事項の変遷と今後の方向
設計における、着目事項が時代とともに変わってきています。
工事費に設計は大きく影響します。かつては、人件費が安く、材料費が高いので、材料を少なくすることが重要でした。今は人件費が上がり、相対的に材料費が安くなりました。その結果、製作のしやすい形が、材料が増えても求められています。また現場の作業員を確保することが難しい時代となり、現場作業員が少なくても施工ができるプレキャスト化が求められるようにもなってきました。
また、施工環境の厳しい都市部の工事では、その環境下で施工しやすい構造形式の選定が重要となってきました。
このような時代の変遷に伴い、設計計算を詳細にして材料を少なくするメリットは少なくなり、今は、施工しやすい構造を考えることのほうが設計者にとって必要となってきています。そのためには、計算にかける労力を減らし、施工法や施工工期で、メリットのある構造を多く考えることに労力を増やさなくてはいけない時代となっています。
写真-8は青森駅を一気に渡った青森ベイブリッジです。
写真-8 駅構内を一気に渡った道路橋
これに対し、列車本数の多い線路内にいくつもの橋脚を造っている同規模の道路橋もあります。この両者の橋梁の工事費を比較すると、一気に渡った青森ベイブリッジのほうが今では圧倒的に安くなっています。施工の制約のない場所での橋梁ならスパンを短くするほうが経済的でしょうが、列車本数の多い線路内の工事は、作業時間もほとんどとれず、作業スペースもないので、大幅にコストがかかるのです。計画時点で、線路外も一体に考えた3径間などにして、線路を一気に渡ってしまうほうがトータルとしての工期も、コストも安く済む例が増えています。
スパン割など構造計画が決められてしまってからではコストも工期も低減は難しいです。構造計画時点は簡易な計算で、多くの構造形式について、施工性や工期、工事費など同時に検討し、その場所に適した構造形式を選定することが重要です
設計に係る技術者は、計算能力は当然のうえ、コスト、施工法、工期の知識を十分もって、適切な構造形式の提案ができる能力が必要です。
【参考文献】
1) 小西純一、西野保行、中川浩一;大正、昭和前期における鋼鉄道橋の発達とその現況、土木史研究 第22号 (社)土木学会 2002年5月
(2021年3月1日掲載。次回は4月1日に掲載予定です)