道路構造物ジャーナルNET

⑯斜張橋の発展とケーブル

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2021.01.01

(8)記憶に残る関わった斜張橋

 ①夢と消えた(仮称)姫路港広畑大橋
 本四3ルート完成後、設計部(現;長大橋技術センター)では将来の設計業務受注を考えていた。そのスタートが「(仮称)姫路港広畑大橋(図-15参照)技術検討」である。設計業務と言っても実施設計とか詳細設計は従前通り設計コンサルタントの範疇。一方、橋梁形式検討や構造検討迄を公団で行うというものである。
 急遽、福岡県から本四に呼び戻されて担当したのがこの斜張橋である。概略検討を実施していたのは、日本の斜張橋設計のリーダーである綜合技術コンサルタント。中央支間長300mクラスの「2径間1面吊り鋼斜張橋」であった。この綜合技術(案)に対して、側径間をPC箱桁橋にした「2径間1面吊り複合斜張橋」でコスト1割削減を目指したものを公団案(角案)として技術提案した。この時は、委員会で橋梁形式を決定するまでを担当した。

(裏話)
 県の担当は港湾課のⅠ補佐。⑤阪神大震災を振り返って(令和2年2月3日号)で紹介した西宮大橋の技術支援の担当がⅠ補佐であった。当時のO部長から「外注は一切認めない」「電子計算機での計算のみ外注を許可する」という命令があった中、一人で黙々と作業を行った。年度末の(仮称)広畑大橋技術検討委員会(委員長:松本勝・京都大学教授(当時))で橋梁形式を決定後、一身上の都合で岡山に異動した。
 その後、ひと悶着あった。優秀な人材が本四にも育ってきているにも関わらず綜合技術コンサルタントさんに下請けでの作業をO部長が要請した。それがⅠ補佐の耳に入り激怒。「本四直営で検討する、という約束を反故にされた」と。その後、某局の局長となったO氏にⅠ補佐が抗議に行ったことを後で知らされた。「そんなことを約束した覚えはない」とO氏に開き直られ愕然としたそうである。結局、2000年頃、本事業は財政的な面で中止になったと聞いている。

②支間長日本一のPC斜張橋 矢部川大橋(写真-13参照)
  2000年頃、国交省福岡河川国道からの依頼で「矢部川橋下部工ワーキング」(事務局は海洋架橋)を本四公団内に立ち上げた。本四の基礎経験者4人(K理事、角、他2名)で㈱長大さんの基礎形式案を検討審議するものであった。
 特徴的なのは、1)堤体を避けた位置に基礎を置くこと、2)有明海で養殖した海苔を井戸水で洗うことから地下水系に影響を与えないこと、3)地表面下30m付近に厚さ2~3mの薄層の支持層、50m以深に良好な支持層が存在すること、4)日本一の支間長を目指す(結果的に)、の条件があったと記憶する。瀬戸大橋番の州高架橋で実績のあるリバース杭基礎、ニューマチックケーソン基礎、鋼管矢板井筒基礎及び鋼管矢板複合基礎等の10数案が提示された。結局、私が推したニューマチックケーソン基礎を下部工ワーキング案として選定した。この基礎を推した最大の理由は、確実に支持地盤及び支持力が確認出来ること、であった。

 しかし、この2基の主塔基礎は上部工施工中に不同沈下を起こしてしまった。主原因は、コスト削減を目的とし、ケーソン基礎断面を絞ったことによるものと当時私は考えた。基礎設計の神様、吉田巌さんから教えられた。「基礎は安全に設計すべき」と。何のためにこの基礎を選定・提案したか、愕然とした。一方、福岡県時代以降、スーパーゼネコンS社から積極提案があった鋼管矢板複合基礎(中間層迄は通常の鋼管矢板、中間層から支持層迄は場所打杭)は、不採用とした。その理由は、30m以深の場所打杭と場所打杭の間(継ぎ手管の部分)が孔壁崩壊を起こす恐れがあったからである。

(裏話)
 ワーキングの最終打合せが終了し、私と長大のメンバーでディスカッションをした。長大のN氏が「基礎形式を決めて頂いて本当に助かりました」と喜んでくれた。端的に言うと、「シガラミ」だらけで技術者の正当な設計が罷り通らないのであろう。それは上部工にも続くことになるのだが。
  その後、矢部川大橋の施工管理に公団から一人出向させるという話が聞こえてきた。当然、基礎形式を提案・選定したこともあり、私は手を挙げた。しかし、海峡横断道路プロジェクトの仕事もあり却下された(本社の代理は出せないのが本音)。土研出向(確か基礎研)から復帰したばかりの若手社員を公団は出すという。若手の良い勉強になればと思った次第である。

  さて、予想外の基礎の沈下を受けて、「有明海沿岸道路橋梁検討委員会」で審議された原因推定や対策工法について各技術論文等で報告されているので紹介する。
 1)基礎寸法縮小(九州技報第45号2009.7有明海沿岸道路矢部川大橋の設計・施工について)
 ・免震支承の使用によるレベル2地震時の応答値軽減、橋脚張り出し部をPC構造としケーソンの刃口据付面を盤下げすることで橋脚基部を絞込み、寸法を縮小した。
 2)沈下原因(第2回有明海沿岸道路橋梁検討委員会)
 ・追加地盤調査の結果(層別沈下計等)、地下60m前後の洪積粘性土層の圧密沈下
 3)対策工(九州技報第45号2009.7有明海沿岸道路矢部川大橋の設計・施工について)
 ・プレロード工、周面摩擦強化工法、外ケーブル高強度化

 ③低主塔を有する川崎臨港橋斜張橋(図-16参照)
 川崎臨港橋は、中央支間長525mの5径間連続複合斜張橋である。特徴的なのは、羽田空港の空域制限のため低主塔(150m以上が合理的かつ経済的な主塔高)となっていること、これによりケーブル角度が浅く、同等支間長の斜張橋と比較して大容量な斜材を使用することになる。

 設計コンサルの会長さんからケーブル材料について問合せがあり、完全防食可能な工場収束型ケーブル(ノングラウトタイプ)を推薦した。しかし、ケーブル張力が非常に大きいこと、製作・施工時のケーブル(リール込み)重量が45トンを超える規模であること、ケーブルのハンドリング用のクレーンが別途必要であること、から防食上対抗出来そうなケーブルを検討した。対抗馬としては、本四新尾道大橋、有明沿岸道路矢部川大橋等で実績のある現場収束型ケーブル(FUT-H)とした。

 現場収束型ケーブルは、先行架設されたFRP管等の保護管の中に防食された被覆ストランドを一本ずつ挿入・架設する。各ストランドの緊張管理(張力)は±5%としている。以前、中国の技術者から意見を求められたことを思い出した。「保護管の中のケーブルのメンテ(状態把握)が出来ない、中が見えるように出来ないか」と。吊橋ケーブルの場合、現場でストランド毎のサグ調整(相対サグ、絶対サグ)を行い配列が確認できる。現場収束型ケーブルで保護管内のストランド配列がきちんと出来ているのか、を確認するために張力±5%時の配列チェックを行った。結局、ストランド径以上の配列乱れが発生することとなった。つまり、保護管の中ではストランド毎の摩擦・捩じれ・乱れが発生しており、しっかり張力管理をやっていると言いながら効いていないストランドが相当数出てくる可能性があることが分かった。ということで、工場収束型のノングラウトタイプケーブルを推薦した。その後、本橋のケーブル材料がどうなったかは聞いていない。

(9)最後に

  今回は、①斜張橋の発展、②ケーブルの種類、③ケーブルの防食、④防食技術の発展、⑤記憶に残る関わった斜張橋、ということでまとめた。ウラジオストクのルースキー島連絡橋の完成で当分の間、これを凌ぐ斜張橋は計画されないであろう。
 一般的に、ケーブル形状から男性的な斜張橋、女性的な吊橋、と例えられる。多々羅大橋の景観委員会でケーブルの着色という意見があったと記憶する。先例となっているのが、阪神高速の天保山大橋(天保山は片側ケーブルのみ白塗装)と東神戸大橋である。着色費用はメートル当たり4万円。多々羅大橋では「ケーブルを強調する」ことから敢えて着色は行なわなかった。
 吊橋の場合、エアスピニング工法を使用すれば8000m程度のケーブルは製作・架設が可能である。斜張橋の場合はどうか。工場収束型ケーブルではハンドリング重量に限界がある。必然的に7㎜鋼線の最大本数が決まってくる。現状では鶴見つばさ橋(首都高)の499本が最大である(因みに、多々羅大橋では379本が最大)。となると、超長大斜張橋には現場収束ケーブル(PCケーブル)が優勢かというと、そうではない。架設精度管理(張力と乱れ)や雪沢大橋(ケーブルの腐食と破断)のような不完全防食をどうするか、という課題がある。また、現場収束型・工場収束型共通の課題ではあるが、太径ケーブルになることによる振動(渦励振、レインバイブレーションやドライギャロッピング等)対策等、今後検討する課題は多い。既に、平行突起は損傷が出始めている。

  最後に、日本には非常に多くの斜張橋がある。今年の夏、ある自治体の斜張橋(歩道)のケーブル診断を行った。桁側ケーブル定着部の保護ブーツを開放した途端、中から多量の雨水が出てきた。定着鋼管も雨水の影響で腐食していた。一方、ある長大斜張橋のケーブル素線が錆びている、という嘘か本当か、そういう噂が飛び込んできた。斜張橋におけるケーブルは非常に重要な部材である。「防食方法・防食構造がこうだから大丈夫だ」と決めつけず(点検・診断の手を抜かず)、必要の都度、ケーブル定着部(一般部も)の非破壊検査や開放調査を実施してもらいたい。
 被覆で中が見えないなら開放してでも素線の状態を確認すべきである。PWSタイプについては大和川大橋でも調査してもらった。写真-11のような状態を避けるためにも管理者の行動力に期待する。
(2021年1月1日掲載、次回は2月1日に掲載予定です)

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