3.診断にあたって設計面からの構造物の着目点
3.1 鋼材の腐食は危険、コンクリートの劣化は鈍感
古い健全な構造物を見ると、構造物の材料である鉄やコンクリートは、100年程度では劣化するものでないことがわかります。鉄は腐食させなければ、特殊な個所に生じる疲労破壊がなければ、耐久性に問題は生じません。コンクリートも、強度面では内部での膨張が生じる凍害やアルカリ骨材反応などがなければ強度低下は生じません。コンクリートの中性化は鋼材の防錆機能の低下を意味しますが、強度上は問題がありません。
さらに、鉄筋コンクリートという構造物で見ると、多くの場合コンクリートの強度低下は構造物の強度低下にはならず、鋼材の断面減少はその減少分だけ構造物の強度低下となります。特殊な条件下で桁高を小さく制限されて設計しているものはコンクリート強度もクリティカルとなるが、一般にはコンクリート強度は、設計上は十分余裕があり、強度が半分程度に落ちても構造物としての耐荷力はおちないことが多いのです。表-1は以前にも紹介しましたが、RC桁の設計例です。耐荷力的にはコンクリート強度が半分程度に低下しても大丈夫なのがわかるかと思います。
表-1 土木学会コンクリートライブラリー118より
多くの構造物は自ら初期の劣化を、外観から教えてくれます。RCは鉄筋が腐食すると、かぶりが落ちます。その時点では鉄筋の断面減少はわずかですので、その時点で腐食を止める対応しても十分安全性は確保されています。このような対策でも、予防保全といってもよいでしょう。定期点検が行われているなら、多くは外観で見つけてからの処置で十分です。
鋼桁は錆による断面減少、コンクリート構造物も鋼材の腐食に気を付けていることが大切です。
構造物の耐荷力の低下の原因のほとんどは鋼材の腐食による断面減少や破断です。
3.2 ケーブル構造は要注意
怖いのは、外から見えない鋼材の腐食です。斜張橋や吊り橋のケーブル、PC桁の主ケーブルです。RCでは鋼材はさびると膨張するので、その膨張圧でコンクリート表面を壊して外観に症状が出てくるのでわかります。またRCでは鋼材が数多く配置されているので、鉄筋数本の損傷では壊れません。
しかし、ケーブル構造のシース内のケーブルで、グラウトが不十分な場合は、鋼材が錆びて膨張しても外観に出てきません。またこれらケーブル構造では、もともとケーブル本数は多くなく、少しのケーブル破断が橋梁の耐荷力に致命的な影響を与えるものが多いのです。ですからこれらの構造物は、外観ではわかりにくい鋼材の腐食や破断について入念に時々調べることが大切です。錆汁が見えた場合などはすぐに調査して、必要な処置をすることが大切です。
写真-4は斜張橋です。このような形式の橋梁では、斜材が橋の耐荷力のほとんどを担っています。数本の主ケーブルが破断すると、落橋してしまう危険もあるので、このような構造の斜材の防錆に十分注意して点検して、メンテナンスしていくことが大切です。
写真-4 PC斜張橋
4.メンテナンスのための設計の基本知識
メンテナンスに関係する技術者にも、設計の基本的なことを知っているほうが良いので、参考になりそうなことを以下に記します。
4.1 構造物は力学的な合理性でなく、経済的合理性で造られている
構造物の形状や断面はどのように決められているのでしょうか。力学的な合理性なら、鉄筋やコンクリート各材料がその性能を目いっぱい発揮することを目指すのでしょう。
設計作業では、コストが最小になるように形状や断面の大きさを決めているのです。耐荷力は満足し、施工性も考慮し、耐久性も考慮するという必要な性能は満足しなければなりません。
鉄筋やPC鋼材とコンクリートの値段は強度あたりで比べるとコンクリートが安いのです。そのため、RC桁やPC桁では、発生応力度では、鋼材は強度を目いっぱいに使い、コンクリートは強度に余裕をもっているのが一般です。鋼材量を減らすために、桁高さをある程度大きくして形状を決めているからです。
あまり桁高を高くしすぎると自重が増えてかえってコスト面で不利になるので、その限界点付近で桁高さを決めています。特に桁高さを小さく制限された場合などの特殊な桁では、コンクリートの応力度に余裕のないものもあります。一般のRCやPC構造では、コンクリートが劣化して強度が低下しても、部材としての耐力はあまり影響を受けないのは経済性から断面形状を決めるため、コンクリート強度に余裕があるためです。コンクリートの強度は耐久性から定まる水セメント比の制限より決まり、強度計算で必要な強度よりも高い強度のコンクリートを一般に使っているのです。
4.2 補強材(鉄筋など)の配置は、構造解析の断面力の一部(最大値)を使っている
例えば橋脚の設計ですと、地震で設計が決まります。動的な解析で断面力を橋脚天端から下端までの分布を精緻に求めても、配筋は下端の最大モーメントで求めたものを、そのまま天端まで伸ばして配筋するのが普通です。
かつてはモーメントの大きさに合わせて鉄筋を途中で徐々に減らしていましたが、今では鉄筋の段落とし部が地震で被害を受けた事例が多いことから段落としをやめて配筋することがほとんどです。図-1は鉄筋をモーメントに合わせて徐々に減らしていた設計です。写真は地震で鉄筋を途中で減らした箇所が被害を受けた例です(写真-5)。今は徐々に減らすことをやめる例が多くなり、下端の最大モーメントで求めた鉄筋をそのまま上まで伸ばしている事例が増えています。それゆえ、下端でのモーメントさえわかれば設計図はできるのです。
図-1 橋脚の配筋の例(鉄筋を橋脚の上に行くにつれて減らしている)
写真-5 鉄筋を減らした箇所での橋脚の損傷
ラーメン高架橋の柱の配筋も同様です。柱のモーメントは柱と梁の交わる両端で最大となり、中間ではほとんどモーメントが生じないことになります。この場合も柱の上端か下端の最大モーメントで求めた鉄筋をそのまま柱の上から下まで同じ配筋とするのが一般です。
鉄道や道路の構造物は、直接車や列車が乗る梁以外はほぼすべての部材の設計は地震で決まっています。ですから配筋は橋脚では下端で、ラーメンでは柱の上端か下端の大きな断面力で求めた鉄筋が一律に配筋されています。時刻歴応答解析などで部材の断面力の分布を計算しても、1次の応答の最大モーメントのみが使われることになります。特殊な斜張橋や吊り橋などでないと高次の応答は使われることはないのです。設計は静的な計算で一般の構造物は十分なのです。
この配筋の状況がわかってないと、構造物の損傷を見ても安全性の判断ができません、クリティカルな断面の損傷でなければ、構造物としての耐荷力にはあまり影響しません。
余談ですが、写真-5のような橋脚の被害が地震で多く生じました。この被害を見て、設計の知らない研究者などから、鉛直振動による圧縮破壊などという意見が多くあったことがあります。この位置で鉄筋が減っている配筋状況を知らないと判断を誤ることになります。
また実務の配筋がわかっていると、設計においてあまり厳密な計算をすることは、無駄な労力をかけていることになります。
それなら発生応力に合わせて断面を変化させるか、鉄筋量を変えていったらという意見があるかもしれませんが、型枠形状を変えたり、鉄筋を途中で変化させることの問題点を解決するのは難しいのです。コンクリート材料や鋼材などの材料を少し減らすよりも、施工が容易なほうがコスト面でも今は有利なのです。
ですから、構造物のクリティカルな断面は構造物の数断面で、あとは余裕があります。大きな地震で損傷を受けるのはそのクリティカルな断面となります。ほかの断面ではほとんど被害は生じないこととなります。
直接列車や車が載荷される梁は、列車や車の荷重で設計が決まり、鉄道のラーメン構造などでも、この活荷重を支持する梁の耐力は大きいので、地震の時もこの梁は壊れないこととなります。実際の地震被害での壊れ方も計算通り、梁は無傷で、地震で設計の決まっている柱が壊れています(写真-6)。
せん断破壊しなければ、柱の壊れる位置は、柱の上端か、下端で中間は損傷を受けません。多くの場合、ブリージングの影響や、打ち継ぎ目処理の不十分な柱の上端側の損傷となります。
写真-6 高架橋の地震時の損傷個所は柱の梁との接合部
梁の配筋は梁のスパン中央での最大モーメントで鉄筋量を求め、端部に行くほどモーメントが減るので、少しずつ主鉄筋を曲げ上げてせん断にも効くようにしていきます。安全を考えて曲げ上げる数を決めています。梁はモーメント図を考慮した配筋としていますが、中央断面で決めた鉄筋を、余裕をもって少しずつ曲げ上げて減らすので、中央断面以外では一般にクリティカルにはなりません。