今まで主にコンクリートのトラブルとその原因などを紹介してきました。国鉄時代の構造物設計事務所(構設)や、JR東日本の構造技術センターでは鋼構造担当のメンバーと一緒に仕事をしてきました。鋼構造物のトラブルの判断は鋼構造の専門技術者に任せていましたが、その主要なトラブルと対処法について紹介します。
橋梁は東海道新幹線での騒音問題が生じるまでは、鋼橋が鉄道橋の中心でした。その設計、製作指導、工場検査などは国鉄では構設が担い、JR東日本では構造技術センターで集中管理が行われています。
鋼橋の取替えや補強が多く行われた時期は、機関車荷重が大きくなったことで補強や取替えが実施された1924(大正13)年から昭和初期の間と、第2次世界大戦に入ってから保守に手が入らなくなり、また空襲により被災した橋梁も多くなり、その処置に追われた戦後の時期(1945(昭和20)年以降)があります。
1923(大正12)年に9900型式機関車(後の「D50型機関車」)の出現で橋梁は耐荷力不足となり架け替えの必要に迫られました。しかし、同年の関東大震災の復旧に膨大な予算と資材の投入を余儀なくされたので、取替えに変わる暫定策として弱小桁に対してフィンク式補強、並列補強および溶接補強などの古桁補強法が考案され実施されました(図-1)。
図-1 フィンク式補強、並列補強
第2次大戦後は戦争で荒廃した桁から順次補修して、列車の運転に支障しない程度の処置がとられました。その主なものは、①腐食の著しい桁の塗装の塗替え、②腐食したリベットのうち替え、③著しく強度の低下した桁の交換、などでした。
それでも依然として劣化した桁が残っていたので、補強などの対策の順番の目安として、使われている鋼材の実降伏点応力度に対して桁に実際に生じる応力度が1.6の安全度を基準として、この安全率を下回る場合は徐行などの対応をして処置をするようにしていました。
今回の鋼橋のトラブルの紹介は、腐食に対する対策の例と、疲労亀裂に対する対策事例、桁に車が衝突した事例、ハイテンボルトの遅れ破壊の例を紹介します。このほか、支承が錆びて動かなくなったり、沓座が損傷して桁に変状が生じるなど、支承に係る損傷事例は多くありますが、ここでの紹介は省略します。
1.腐食
鋼構造物の最大の弱点は腐食です。腐食による断面欠損を防ぐために、適切な塗装が必要です。塗装の定期的な塗替えが適切に行われないと鋼材が腐食し、断面が減少します。それでも腐食を完全に防ぐことは困難で、耐荷力の管理が行われています。実際の桁に生ずる応力度の、降伏点応力度に対する比によって、徐行処置をしたり、必要な処置をとることの管理をしています。
ひどくなって安全性に問題が生じる恐れのある場合は、腐食している部材を交換する処置が一般に行われます。写真-1・2は腐食状況の例です。写真-3は腐食部材を取り除き、新しい部材に交換しているところです。
写真-1 鋼橋の腐食
写真-2 腐食部材の状況
写真-3 腐食部材を新しい部材に交換
構造的に塗装の作業がやりにくい箇所などでは腐食が進むことになります。支承周りや枕木下面のフランジなどは局部的に腐食が進行した事例が多くあります。補修に手間のかかる桁では部材交換で延命化するよりも、小スパンの桁などではコンクリートの桁に交換してしまうこともあります。
2.疲労亀裂
2.1 レールの継ぎ目直下の縦梁
写真-4のクラックは疲労亀裂です。この亀裂の入った縦梁の直上にレールの継ぎ目があり、その衝撃が大きかったことで疲労亀裂が入ったものです。
レールの継ぎ目をこの場所から移動させるとともに、この縦梁を交換しています(写真-5)。
また同じ構造の橋梁についても総点検が行われます。
写真-4 レール直下の縦桁の亀裂
写真-5 亀裂の入った縦桁を新材料に交換
2.2 東海道新幹線のスルーガーダーの床組の疲労亀裂1)
東海道新幹線の疲労設計は、在来線の疲労の許容値と変えない代わりに、荷重を2t増やして対応しています。16両編成の車軸は1編成で64軸です。スパン2.5m以下の部材は、この回数の繰り返しの最大断面力が1列車で生じます。スパンの長い橋梁の主桁などでは最大断面力の繰り返し数は多くないですが、開床式のスルーガーダーの縦桁、横桁等のスパン5m未満の床組部材は、当初、東海道新幹線の設計で考慮した2,000万回の繰り返し数は開業10年から20年で達してしまうこととなりました。
開業8年後、1972(昭和47)年12月に須津川橋梁のスルーガーダーの端横桁の溶接部に亀裂が発見されて以来、各所にこの亀裂が発見されました。この亀裂は疲労の照査対象箇所ではなく、初期の溶接ディテールが適切でなかった箇所でした。
開床式スルーガーダーでは、縦桁および横桁端部の腹板の切り欠き部から斜め上に進行していく亀裂で、ストップホールにより停止するものも多いですが、進行性のものもあり、これには高張力ボルトで添接補強が行われました。
スルートラスでは、縦桁端部の亀裂が主なもので、スルーガーダーと同様の対策がなされました。
デックのボックスガーダーでは、主として対傾構の取り付けてない中間補剛材の端部切り欠き部から、主桁の腹板に入る亀裂が見られました。これには補剛材下端を小さな部材で補強することで対処されました。
表-1 鉄桁の主要変状と対策の概要(一部)1)
民営化後は、JR東海においては社員を特に鋼構造物に重点を置いて検査の専門家として養成し、鉄桁の検査を実施しています。
なお、東海道新幹線の鋼桁での騒音問題が生じたことから、その後の新幹線では鋼桁の採用はほとんどなくなって、コンクリート橋が採用されています。
また在来線で疲労問題が少ないのは、多くの線区は、機関車荷重で設計されており、この荷重は電車荷重よりも大きく、最大断面力の繰り返しの回数も1列車で1回と少ないからです。