3.規格が決まると、規格にない性能は失われる
3.1 開発時と性能が変わってしまったプレキャストコンクリート板
新材料の開発後、規格を定めます。数年後、開発時の材料の特性を思い出し、その特性を利用した使用を考えました。その時点で、流通している製品を確認したら、決められた規格を満足していましたが、開発直後に持っていた靭性などの性質は失われていたため、目的の用途には使えないことがありました。
企業は規格が定まると、その規格を満足する範囲で日常的にコストダウンの努力を行います。そのため、規格に定められていない性能はそぎ落とされていきます。目的の性能を満足できるような規格を完全に定められれば良いですが、規格が定められると、規格を満足する中での低コストを目指す努力が日々行われ、規格にない性能はなくなることになります。
4.技術基準
4.1 せん断の設計
(1)柱の帯鉄筋
せん断の許容応力度は、1980(昭和55)年頃にそれまでの約半分になりました。表-1と表-2に鉄道の基準のせん断の許容応力度の変わる前と、後の値を示します。
表-1 1983(昭和58)年前までの基準の許容せん断応力度(割り増しあり)
表-2 1983年の鉄道の設計基準の許容せん断応力度(割り増しなし)
1980年頃までのせん断の基準の許容応力度は、コンクリート強度が240kgf/cm2の時は7kgf/cm2でした。高架橋の柱の設計では、地震荷重でも割り増し係数が乗じられたせん断の許容応力度を超えないので、帯鉄筋はあまり入っていません。その結果、過去につくった構造物の柱の多くは、曲げ降伏前にせん断破壊を生じ、阪神大震災での高架橋の倒壊に結びついています。
東海道新幹線の高架橋の設計は、後に東大教授となる松本嘉司先生が担当していました。東海道新幹線の高架橋の柱には帯鉄筋が10cmピッチに入っており、せん断破壊先行にはなりません。最初は5cmピッチにしたら現場で施工できないといわれ、10cmピッチにしたのだと聞かされました。この頃までは、設計の担当技術者の意思が設計に強く反映されています。
その後の新幹線の設計は、設計基準に従って、できるだけ余裕がないような設計となってきました。これは、会計検査で許容値に対して余裕がありすぎると不経済設計だと指摘されるので、それを避けるようになってきたからです。そのため、基準の間違いがすべての構造物に影響するようになってしまいました。
鉄道では1983年の設計基準の改定で、せん断の許容値が半減するまでは、山陽新幹線以降の高架橋の柱の破壊は地震時にせん断破壊先行となり、変形性能のない耐震性能の小さいものがつくられてしまいました。これら高架橋は耐震補強が進められ、今は補強を終えています。
(2)フーチングの厚さはせん断で決めている
東海道新幹線のラーメン高架橋の建設途中で、杭基礎のフーチングがせん断破壊し、高架橋の柱が沈下するということもおこっています。フーチングはその厚さをせん断の許容値(表-1のτa1)で決めていました。その許容値が大きすぎたことと、杭の施工誤差も重なり、フーチングがせん断破壊してしまったのです。
この後、国鉄ではすぐにフーチングのせん断応力度の許容値を小さくしています。壊れたフーチングは、別の杭を追加してアンダーピンニングしています。またこのとき、1フーチングの杭本数が4本で、躯体の下にはなかったことから、杭は最低でも躯体に1本はかかるようにするということが決められました。
国鉄では、この反省でフーチングのせん断の許容応力度を幾分小さくするように対応していたのですが、学会の示方書の変更後の値はそれよりもさらに小さな許容値が定められました。
フーチングの厚さは、帯鉄筋を配置しないため、せん断の許容値で決まることから、フーチングの厚さが今までよりもかなり大きくなることとなり、設計結果を見ては関係者が皆、驚いてしまうこととなりました。そこで、今までの経験上の安全であった厚さ程度に収まるようなルールをフーチングについて至急勉強することになりました。
フーチングはせん断スパン(厚さ/張り出し長さ)が比較的小さく1.0~2.0程度が普通です。このせん断スパンの小さいことがせん断耐力を大きくするという研究があることから、フーチングに目的を絞り、大型の模型試験を数十体行い、せん断スパンによりせん断の許容応力度を変えるルールを作り、鉄道の設計標準に取り入れました。
ほかの部材は帯鉄筋を増やすことで、断面を大きくしないで対応できるので、形状やコストにせん断の許容値が変わったことはあまり影響しません。影響の大きかったフーチングは鉄道の設計基準に、ルールを新たに追加してあまり大きくならないように対応したのです。
この他に影響したのは、連続地中壁の壁厚がありました。これも、帯鉄筋が配置しにくいことから壁厚はせん断の許容応力度で決まることになります。これは設計事例が多くないので設計基準に入れることはせず、その都度、せん断スパンの影響を考慮してせん断の許容応力度をせん断スパンに応じて割り増しして、あまり壁厚が大きくなりすぎないように個々の設計で対応しました。
梁の試験などをもとに、設計のルールが変えられます。これをすべての構造物に適応すると、ある形状の構造物が今までと大幅に変わることが起こります。このような構造物には、新しいルールの根拠の実験の範囲外のことがあります。そのような構造物にはそのまま適用せず、再度確認してルールをうのみにしないことも大切です。
4.2 疲労でクラックの入った保守用通路の安全柵
新幹線高架橋の線路の脇にはところどころに金網やFRP板が取り付けられた柵があります(図-2)。高速で走る列車の近くでバラストや雪などが飛んでも安全なように、人がこの網や板の背後に隠れるのです。この柵のフレームが鋼管です。雪の降る地域での飛雪防止板を取り付けていたフレームの鋼管が、新幹線が走り始めて数年で付け根にひび割れが生じ始めました。列車による風荷重など測定して、決めた荷重で設計してあります。
もともとは鋼管の肉厚は倍くらい厚い設計で、以前からつくられてきたのですが、会計検査で許容値が余り過ぎているので、経済設計に直すように指示され修正したとのことです。
この柵は、列車が通り過ぎてからもほとんど減衰しないで振動を続けているのが、現地調査の結果わかりました。この繰り返し回数が異常に多いことで疲労亀裂が入ったものでした。この工事局だけ会計検査に指摘され、鋼管の肉厚を薄くしていました。剛性が小さくなりすぎて振動しやすくなったのだと思われます。この工事局の柵で、鋼管の肉厚を薄くしたものはすべて後から補強しました。設計上、応力が余っているからと簡単に今までと変えると想定外のこともおこることもあります。
図-2 安全柵と疲労亀裂の生じた支柱と縦梁の接合部
4.3 設計荷重も実情に応じて変えてきた
設計に用いる列車荷重は、建設時点に線区に応じて決められています。在来線は、かつては蒸気機関車の荷重を基本としたKS荷重が決められていました。その後、蒸気機関車がなくなり電気機関車と電車が中心になり、EA荷重が機関車荷重で、P荷重が電車荷重と決められています。
機関車はこれで客車や貨車を引っ張るので、大きな荷重です。1列車での最大の断面力は、この機関車荷重で定まります。電車荷重は、各車両に動力があり、同じ重量の車両が連結されているので、最大断面力は何度も1列車で繰り返します。
新幹線は電車荷重です。東海道新幹線の建設規定を決めるときの議論で、標準活荷重の軸重は16tと決められました。車両はこのP-16を超えないように設計し、構造物はP16に耐えなくてはならないということが規定に定められています。標準活荷重は、車両と構造物相互が守る約束した荷重です。電車荷重で、軸重が16tという荷重です。
東海道新幹線の構造物の設計では、電車は機関車と異なり最大荷重の繰り返し数が大きく増えるということで、構造物の設計は疲労設計を特別に在来線と変えて実施しない代わりに、軸重を2t大きくして対応するようにしています。この設計荷重を決めた時の前提は、全員着席して乗るということで、最大でも定員乗車と考えられていました。しかし運行が始まると、すぐに定員外の乗車を認めるようになってしまいました。
そこで、そのあとの山陽新幹線では、標準活荷重の規定はそのままにして、疲労のほかに定員外乗車を考慮して、設計荷重をさらに1t増やして3t増しの19tの軸重で構造物の設計をしています。軸重とは、1車両に車軸が4軸あり、車輪は8個あります。この1軸にかかる重量です。
東北新幹線では、寒冷地対策などで車両が重くなるということで、標準活荷重の規定を変えて軸重17tのP-17の規定になりました。この時は、定員外乗車として軸重を2t増して設計荷重とし、疲労は実際の車両を想定して、スパンに応じて繰り返し回数を算定して検討するように変わっています。
構造物の設計では、規定での荷重のままでなく、列車の実際の運用の変化に応じて、設計実務の中で荷重を割り増したりして対応してきています。列車本数も軸重も想定よりも増えてしまったのが東海道新幹線で、そのため鋼構造物の床組など短い部材の繰り返し数が大きいことから、疲労亀裂が多く入り、交換することになりました。つくった後のメンテナンスも自社で責任を持つことになるので、設計時点で荷重の変化にも対応して、その時点時点で問題の生じないように対応しようとしてきたのだと思います。
表-3に新幹線の荷重の変遷を示します。死荷重も増えてきています。これは主に騒音対策のための防音壁の荷重が増えてきたことによります。図-3は新幹線の標準活荷重です。N荷重というのは荷物荷重という意味です。今は旅客荷重のP荷重のみで設計されていますが、このころまでは旅客以外にも荷物輸送も考えて設計されています。
表-3 新幹線の荷重の変遷
図-3 新幹線の標準活荷重(NP荷重)
4.検査はできるだけ完成構造物で検査するルールに
コンクリートの剥落のテーマの時にも紹介しましたが、鉄筋腐食はかぶり不足がその原因のほとんどです。コンクリート打設前の鉄筋の配筋検査ではなく、完成した構造物でのかぶりの非破壊検査を徹底すれば問題の多くはなくなります。
プレキャスト製品などの関係者は、プレキャストは品質が優れているという方もおり、またそんなことはなく単に屋根があるかないか程度で品質が良いとは言えないという意見もあります。品質管理や検査が容易な設備なので、完成品でのコンクリートの空気量の保証や、かぶりの非破壊の連続検査などを導入して、本来の品質を検査して確保していることをPRしてもらえたらと思います
トンネルのコンクリート剥落の多くも、建設時の型枠脱型時のひび割れを原因としています。これも、完成したトンネルの打音検査を実施することでなくすことができます。
あまり技術のなかった時代につくられた今の検査方法を再度見直して、完成構造物の品質保証となるように、最新技術を取り入れて完成構造物を直接検査することで、構造物のトラブルは減らしてほしいと思っています。
同じ欠陥が続くことのないように、欠陥を見つけたら、建設時の原因でも、その原因を取り除いていくのがメンテナンスの技術者の役割の一つだと思います。多くの原因は建設時にあります。その面からも、建設とメンテナンスのいずれにも対応する技術者を各分野で育てていくことを期待しています。
【参考文献】
1)三浦秀一朗 高山充直、コンクリート鉄道構造物の凍害とその影響因子、セメントコンクリート No.850,Dec,2017
(2020年11月1日掲載。次回は12月1日に掲載予定です)
石橋忠良氏【次世代の技術者へ】シリーズ
①私の概歴
②鉄道建設の歴史
③アルカリ骨材反応
④アルカリ骨材反応(2)
⑤アルカリ骨材反応(3)
⑥コンクリートの剥落
⑦新設構造物のコンクリートの剥落対策
⑧塩害(海砂、飛来塩分)
⑨道路 PCグラウト
⑩支承部の損傷
⑪基礎の移動、沈下、地下水の変化による構造物への影響
⑫構造物の欠陥との付き合い
⑬RC桁の曲げひび割れと乾燥収縮
⑭たわみで問題となった桁