道路構造物ジャーナルNET

⑬国際貢献・ステップ案件・弊害

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2020.10.01

(5)当時の日本側の対応

 本Uターン計画に対してJICAサイドは徹底して反対した。当然の如く、JICAの意向に沿って国交省も暫定開通案に反対した。ステップ案件であり、日本の基準に則っていないこと、安全が担保されないから、という事のようである。裏を返せば、こういうことではなかろうか。
 ①日本のステップ案件(本邦技術の採用)である。
 ②日本を代表するスーパーゼネコンが受注し、品質管理が出来ていない橋脚が完成。強度不足のコンクリートを施工した大チョンボが発覚。ゼネコン側は再構築を決定。
 ③その結果、開通時期が遅れる失態。
 ④大統領の早期開通の要望に応えるべく、「暫定開通案」を検討し、実験迄提案実施。
 ⑤常識ではあり得ない高速道路でのUターン案。
 ⑥JICAからすれば、この暫定案が実施され公表されたとしたら、日本の技術の失敗が明白になることを恐れたのであろう。

(6)暫定開通案のその後

 慢性的な渋滞を抱えていたジャカルタ市内とタンジュンプリオク港を繋ぐ道路は、本プロジェクトの完成により全てがうまくいくと期待されていた。しかし、用地買収の遅れや工事の遅れ(写真-7参照)もあって当初の開通予定が大幅に遅れた。


 また、追い打ちをかけるように工事のチョンボで歯抜け区間が発生してしまった。この区間の完成は早くて1年後。そこで政府に提案したのが「暫定開通案」つまり、Uターン案であった。道路総局長に運用案を提案したが実施には至らなかった。大臣レベルで高速道路でのUターン運用の安全性を考慮して許可が出なかった、ようである。(6)にも書いたが日本側の猛烈な反対があったようである。幸いにもスーパーゼネコンの卓越した技術力とパワーで再構築区間は大幅に工程短縮が行われ、何事もなかったかのように開通式が行われた。

 

(7)最後に

①ODA(政府開発援助)とは
「ODAとは何だろう」と、つくづく考える。国民の血税を原資として毎年何千億円が発展途上国の開発援助に充当される。この原資を元に、お金であり技術の援助や資機材の供与をする。相手国が借りたお金が事業資金として回る循環型システムである。この実務をJICAが実施する仕組みである。

②本当に必要な援助とは
 相手国が必要とする援助とは、「最新式の技術」、「高価な構造物」、なのだろうか。最新式で高価な構造物の建設技術が必須だから「ステップ案件(本邦技術の活用)」なのだろうか。私は違うと思う。平均的な強度があり(徹底した品質管理が行われ)、将来的な維持管理が容易で、価格も安い、そういう技術を日本に期待しているのではないのか。まさに今回の様な「ステップ案件」における技術の援助とは、ただ単に橋や道路を造って渡すことではない。将来に向けた「技術の移転」である。いずれかは独り立ちできる状態にするのが「ステップ案件」ではなかろうか。どこかの国が橋を落とした、という話をよく聞くし、見たりもした。今回の様に地元ゼネコンとJVを組み、技術指導を行いながら高速道路を施工する、というスキームは結構だ。しかし、品質管理も丸投げで基準を満たさない構造物を平気で造って、開通を遅らせ、相手国に迷惑をかける。こういう事実はひた隠しにする。

③相手国の思いを考える支援
 慢性的な渋滞問題を抱えるジャカルタ市。経済問題、環境問題、渋滞問題の解決は大統領の課題でもある。TAプロジェクトは少しなりとも渋滞問題の解決に寄与する。
 インドネシア政府にとって既に完成した区間を何とか使って、少しでも早く高速道路を供用させたい、という大統領の切なる思いに何で答えようとしないのか。大統領は「暫定開通案」に反対したJICA当局に言ったようである。「安全は自分達で担保する」と。このために暫定案に対する走行実験を行ったのである。自分達の失敗で工程が遅れたことを反省もせず、プライドだけは高い。大きな弊害である。
 ついでに、ジャカルタ高速鉄道計画について。2015年7月、インドネシア政府が発表した計画では、首都ジャカルタから西ジャワ州バンドンまでの150kmを高速鉄道(時速300km)で結ぶ。

④ODA対象国の技術力は如何?(インドネシアは?)
  アドバイザーとしてジャカルタ市内に滞在していた2011年11月頃の環状道路の工事状況を写真-8に示す。環状道路の建設現場では、プレキャストブロック桁のエレクションガーダ架設やエレクションノーズ架設が行われていた。近くで見たがしっかりしたコンクリートを打っていた。

 写真を見て分かる通り、インドネシアの地場ゼネコンは平均レベル以上の技術力(橋梁建設に関しては)を有している。この滞在期間中に公共事業省道路総局(BINA MARGA)の上層部の方と話す機会を頂いた。長大橋建設(例えば、ジャワ島とスマトラ島を結ぶスンダ海峡プロジェクト等)に関しては技術と資金の援助が必須だと。それ以外は・・・・(言えません)。

⑤ジャカルタ高速鉄道計画について(Wikipediaより引用)(図-8参照)
 2008年より、日本はインドネシアに対し新幹線の輸出を働きかけていた。2009年にはジャカルタ―スラバヤ間730kmを時速300kmで結ぶFSが実施された。この中で、高速鉄道の建設費は円借款で賄うことが提案された。その後、複数の区間に分けて施工する提案を行い、第1期はジャカルターバンドン間150kmを35分で結ぶ計画とし、詳細な事業化調査を実施した。2015年1月、ジョコウィ政権は費用がかかりすぎることで中止を表明。2015年3月、中国が受注競争に参加表明。日本・中国が高速鉄道システムの売り込みを行い、入札を実施。2015年9月3日、政府は高速鉄道計画の撤回を発表し、入札を白紙化。9月29日、インドネシア政府の財政支出や債務保証を必要としない中国案の採用を決定した。計画では2015年に着工し、2019年に開業する予定であったが、コロナの影響や用地買収の遅れなどで2024年以降の開業かも。
 何故、中国に奪われたか。結局、お金を出したくない政府に財政負担を伴わない案を示した中国側の勝利であった。採算を考慮してあくまでも政府による債務保証に拘った日本案の完全な敗北である。

⑥今後は(独り言)
 「ステップ案件」というのは、今や形骸化しているのではないか。真に必要な技術を移転しているのか。この「ステップ」という日本企業を助ける手法を編み出した官僚には敬意を払う気持ちは微塵もない。真に相手国が必要な、身の丈に合った、そういう施策をまず協議・検討すべきではないのか。チュニジア国の橋梁セミナー(主催;チュニジア国、後援;JICAチュニジア)で講演を行った際に言った言葉を思い出す。「身の丈に合った橋梁の維持管理をすべきである。橋梁の維持管理システムは私達が作るものではない。未来永劫に渡って維持管理を実施するチュニジア政府の技術者が作る、それを私達が支援する」。ついでに、よくある話を一つ。JICAが資材供与したものはすぐ壊れる。無償で貰ったものだから、使わないし、メンテナンスもしなくなる。逆に、自己調達した資機材は壊れない。身銭を切ったものだから一生懸命使い、メンテナンスをきっちりとするから。
 最後に、「Japan As NO.1」に拘る時代ですか?相手国が真に望むものを探らないと。税金だけが逃げていきますよ。(2020年10月1日掲載)

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