-分かっていますか?何が問題なのか- 第55回 市民が好きになる橋の外観、そして塗替えとライトアップ ‐住民のニーズに応える行政判断とは‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
3. 隅田川に架かる橋梁の塗替えと既設塗膜の分析
隅田川を跨ぐ、車や人が利用できる橋梁の数は、27箇所であるが、その他の目的で架けられた橋梁としては、鉄道、水道などの占用橋があり、総数は38橋である。27箇所の道路橋は、先に説明したように最上流が新神谷橋、最下流が築地大橋である。今回説明するのは、隅田川中流域の白鬚橋から河口に近い勝鬨橋までの8橋である。まずは鋼道路橋に最も多く採用される塗料によって鋼材を被覆する防食法である塗装、その塗替えについて基本な考え方を説明しよう。
3.1塗装の塗替えと素地調整
鋼道路橋の防食は、数ある防食法の中で、外観(色相、彩度、明度をコントロールできる防食法)、施工性及び費用から塗装を採用するのが一般的である。他の防食法には、被覆系ではメッキ、金属溶射など、材質系では対候性鋼材、電位制御による電気防食、湿度制御による機械的防食などがあげられるが、被覆系防食法は経年で被覆材が劣化し、定期的な被覆材の更新、もしくは新たな防食法への変更が必要となる。塗装の劣化による更新は、周辺環境が変わらなければ、更新前の塗装系を変更せずに採用し、塗替え工事を行うのが基本である。
しかし、材料的には塗装に採用する塗料も研究が進み、防錆性能や対候性能、環境性能に優れた新たな塗膜形成成分、添加剤、溶剤、顔料などが開発されている。また、塗装されている構造物の置かれている周辺環境の変化や、経費節減の観点、ライフサイクルコスト比較によって、塗料や塗装仕様の変更を求められる場合もある。さらに、景観上の観点から、光沢の低下や色相の変化が生じにくい塗料が求められる場合もある。ここに挙げた性能等の向上が求められた場合には、これまで採用していた材料や仕様を変更し、塗替え工事を行うことになる。
塗装仕様を変更する塗替え工事の留意点は、施工条件、各層の塗装間隔、塗膜厚管理、安全管理などが挙げられるが、忘れてはならないのは、付着塩分や塵埃の完全な除去及び確実な素地調整である。適切に付着塩分や塵埃の除去や素地調整を行わないと、どのように耐久性に優れた塗料を選定しても、早期にさびや塗膜の変状が発生する可能性が高い。また、新規でも塗替えでも行う素地調整の目的は、鋼材表面に発生しているさびや不良な塗膜を除去するだけではなく、塗料の密着を良くし、塗膜の防錆効果を高めるために行うものである。
特に、塗替え時に行う旧塗膜の素地調整は、塗替えた塗膜の耐久性を左右する最も大きな要因である。塗膜の性能を調査した研究資料によると、素地調整の良し悪しが塗膜の防食性能に及ぼす影響として50~70%程度を占めると示されている。しかし現実は、理想通りに素地調整を行えない場合が多く、『鋼道路橋防食便覧』において推奨されている、ブラスト等を使って鋼肌を露出させる1種ケレンを行う事例は極めて少ない。その理由は、理想と現実には大きな乖離が存在することである。そこで、今回紹介する事例は、素地調整レベルを最も望ましい1種ケレンではなく、対象部分の多くが素地調整レベルの低い、3種ケレンを採用せざるを得ない理由も含めて解説することとする。多くの塗替え工事に関係してきた技術者は素地調整レベルを1種ケレンとしない理由を分かっているとは思うが、その理由が分からない人を対象に話を進めるので、私の要望も頭において熟読され、理解を深められたい。これが既設橋梁塗替え現場の現実なのだ。
3.2既存塗膜素地調整作業の困難性
先にも説明したが、既存塗膜の塗替えにおいて、防食性能が期待する性能となる要因の第一は、素地調整レベルとその品質確保である。鋼部材の腐食は、鋼材表面に局在する陽極から陰極に腐食電流が流れることによって進行する。鋼材の腐食を防止するためには、表面を清浄して陽極や陰極の発生を極力抑え、表面が均一な状態となるように保つことが重要である。鋼材表面の清浄度が十分でない状態で塗装した場合、水分や塩分等を遮蔽する効果に優れた塗料を塗付しても、腐食電流の抑制ができないだけではなく、鋼材素地面に対する付着性が十分確保されないことから、期待する防食機能を十分に発揮することはできない。
その理由は、積層した塗膜によって酸素や水分を完全に遮断できるのであれば腐食は進行しないが、現状の技術では完全遮断が困難だからである。技術者の中には、塗料は雨水を弾く性質があるとの考えから、外気を完全遮断できるとの思い込み、素地調整は重視していない人も多々いる。また、一部の技術者は防食自体を軽視し、「たかがペンキだ、ダメになったらまた塗り替えれば良い」との付属物的な扱いをする言葉を良く耳にする。例えは悪いが、塗りたくる厚化粧は人の肌にも良くないが、鋼材にも同様であると理解されたい。
今回隅田川の主要橋梁塗替えに採用したC系塗装仕様のエポキシ樹脂塗料~ふっ素樹脂塗料の塗膜形成においては、これまでの知見においても素地調整の影響が大きく、ブラストなどを使ったグレードの高い素地調整を行うことが求められている。塗替えを完ぺきに行うには、本来であれば旧塗膜を完全にはく離し、鋼肌を理出させる1種ケレンが必要との結論となる。しかし既設橋の場合、施工空間や環境問題等から、ブラストによる1種ケレンを行うことは困難と判断した事例が多くある。
特に、戦前に架けられた橋梁の場合、部材の接合や継ぎ手がリベットによって接合されていることから、最新のブラスト工法に話題に事欠かない剥離剤を併用したとしても、不可能と言わざるを得ない。今回代表事例として紹介する清州橋の素地調整、塗替え作業が困難と判断する状況を写真-3、4に示す。写真でも明らかなように、矢印の先に示す主構造内面エリアの作業は、人の手が入るか入らないかの状況であることから、マニュアルで示すような素地調整や塗料の塗布作業を行うのは困難である。これから話す清州橋の場合、1928年(昭和3年)架設以降、過去に7回の塗替え工事を行っている。これまでの塗替え工事は、人力による素地調整で、ディスクサンダー、サンドペーパー、ケレン棒(スクレーパー)、ワイヤーブラシなどを使って旧塗膜やさびを除去し、新たな塗料を塗布していた。今回の塗替えは、過去の動力工具のみによる素地調整から、乾式ブラスト処理、水系塗膜はく離剤及び動力工具を併用した素地調整を行っているが、その工程を分かりやすく図‐3に示す。
近年使用事例が急増しているはく離剤は、現場で使われた方はお分かりと思うが、カタログ通りに塗膜を剥ぐことは困難であり、想定を超える追加作業が必要となる。
具体的に示すと、はく離剤を使って旧塗膜を完全に除去するには、シンナー等の希釈剤や動力工具などを駆使し、半ば強制的な塗膜はく離作業が必要となる。図‐3の作業工程を見れば明らかなように、既存の塗り重ねた塗膜と発生しているさびを全て除去する作業は、供用年数が長く成ればなるほど作業回数が増し、素地調整の作業時間は長期間に及ぶ。
次に、重要な塗装仕様の選定となる。長期防食性能を期待する場合は、重防食仕様を選定することになるが、『鋼道路橋防食便覧』で推奨しているのは1種ケレン面に塗装系Rc‐Ⅰ系仕様で塗料を塗布する仕様である。Rc‐Ⅰ系仕様とは、有機ジンクリッチペイント(600g/㎡)、下塗り弱溶剤形変性エポキシ樹脂塗料2層(240g/㎡×2)、中・上塗り弱溶剤形ふっ素樹脂塗料(170g/㎡+140g/㎡)の積層塗布であり、これだけの回数を規定の塗装間隔で積層する施工難易度は、かなり高い。その理由は、第一には先にも示した狭隘な施工環境、厳しい周辺環境(環境汚染問題)である。第二には、既存塗膜、鋼材腐食面の素地調整の困難性にある。本事例として取り上げた清州橋などの震災復興橋梁の多くは、供用開始以降行った何回もの塗替えを行っているが、いずれの塗替えも既存塗膜が残置する3種ケレン、それも3種ケレンB、もしくはCレベルの素地調整である。この後の4章で説明するが、既存の塗装外面を例えると、公家女子の正装である五衣唐衣裳・十二単のように積層している旧塗膜と、部分的にさびが発生している混在状態であることがポイントである。ここに示す十二単のような既存塗膜を完全に剥ぐには、清洲橋の塗装面積が23,272.7㎡(橋梁本体22,338.4㎡)であることから考えると、素地調整だけでも約10か月以上を要すると考える。
素地調整期間と塗替え期間を総合して考えると、理論的には長期耐久性を十分確保できるRc‐Ⅰ系仕様の採用がベストではあるが、現状は先に示す施工困難・技術困難と実施工期間制限から、防食性能に劣る他の仕様に方針転換するのが現実的なのだ。今回の隅田川筋の橋梁塗装の塗替えの最終的な判断は、推奨されているRc‐Ⅰ系仕様の採用とはならなかった。それではどのような塗装仕様を選択したのかというと、特に高い防食性を期待する支承周りのみRc‐Ⅱ系仕様とし、その他は、Rc‐Ⅱ系仕様よりも防食下地の有機ジンクリッチペイントの塗布量が40g/㎡少ない、Rc‐Ⅲ系仕様とせざるを得なかったのである。
今回の塗替えに対する反省点と今後の方向性は、防食性能に優れたRc‐Ⅰ系仕様を先の条件から採用できなかったことが反省点である。反省点からの方向性は、次期塗替え(最適な塗替え仕様でなかったということは、10年~20年程度経過すると塗替え時期が来る)までに、厳しい施工環境下においても施工可能な塗替え工法の開発、現行のRc‐Ⅰ系仕様よりも高い耐久性を保証する塗装仕様の研究、開発である。具体的に述べると、狭隘な箇所でも施工速度が速く、施工時の騒音やはく離塗膜等の飛散が少ない新たなブラスト工法の開発や有害塗膜の処理技術の研究・開発、そして狭隘部でも確実に塗布でき、防食性が高く、周辺及び施工環境に配慮した塗料の研究、開発が待たれるところである。私が今回示した方向性は、数十年前からの抱えている課題解決のポイントであり、これまでも新たなブラスト工法や剥離剤、塗布工法の開発を行っているが、満足できるものは皆無である。社会にニーズがあるから、企業や研究所は持てるシーズを使ってそれを叶えるのが技術者であるならば、未だニーズに十分に応えていないと評価されても致し方ないのが現状である。私の説明を読んで、塗料や素地調整方法の開発、研究者の方々は奮起していただきたい、市場は小さいが用途は限りなく広がっている。次に、今回説明した隅田川の架かる主要橋梁の色彩変更及び既存塗膜の塗替えにあたって、過去に塗り重ねた塗膜がどのような状態であるかを調査したので、その概要を説明する。