②晴天の霹靂 塩生橋の送り出し工法
塩生橋(しおなすばし)は、瀬戸中央道の鴻ノ池SAの海側、鴻ノ池上に建設された4径間連続鋼床版箱桁橋である(図-3参照)。橋長は285m、支間割は65m+94m+66m+58.5m。
当時の公団では、陸上部橋梁でも規模が大きく、難度の高い橋梁は「指定橋梁」として建設局設計課及び本社設計部ルートで審議されていた。稗田地区の御前道高架橋、岸ノ上高架橋も同様に指定橋梁である。この両橋やトンネル等の工事も順調に進み、会計検査における西田副長のハードルもクリアし、我ながら順風満帆な時代のことである。事務所長から突然呼ばれ、隣の工事区の「塩生橋の架設工事を担当してもらえないだろうかと」の強制的な要請であった。正に青天の霹靂である。隣の工事区は、道路公団からの出向工事長、本四一期生の工事長代理、建設省九州地建からの出向代理、建設省中国地建からの出向担当、本四プロパーと錚錚たる陣容。積算、発注、詳細設計から製作の最終盤までを担当しておきながら一番重要な架設工事を私にふるのである。
当時、凡その見当はついていた。「会計検査対応を含めて特殊橋梁は角に任せる」と。これを引き受けたことにより以降大変な目に遭うことになる。当時、私が担当していた工事は7件、100億円以上。陸上部としては大変な件数であり金額である。会計検査が近づくと前担当者(建設省)が積算した資料を夜中の10時過ぎからチェック・勉強する。送り出し工法の積算は、前記の橋梁架設工事の積算がベースとなる。忽ち「説明に窮する問題」が判明する。案の定、N調査官からこの部分を指摘されることとなる。要は、送り出しジャッキの仕様(能力)・台数、供用日数、従動台車の台数、の指摘である(図-4,5参照)。積算根拠と整合する説明資料(施工計画)を作り直し、会検期間中に何度も説明するが継続案件となった。日中は、本来工事区の橋梁の仕事、夜は会検資料の作成。その後、寝台夜行列車(あさかぜ)に乗り込み、半年間の会計検査院詣でが始まる。上京の際には隣の工事区の代理から「よろしくお願いします」と届け物(ビール券)を預かる。再三の議論を重ねるが平行線(見解の相違)を辿ることとなる。最終局面では、N調査官が「角さん、お疲れ様でした」と温かい労いの言葉を頂き、高いコーヒーをご馳走になった。
裏話であるが、公団の会検担当の技術管理課長に対して、「塩生橋を不当事項にしたら角さんに処分は及ぶのですか?」とN調査官から話があったようである。技術管理課長は、「彼の責任ではありません。処分はありません」と。最終的には、アメリカ流の司法取引が行われた。瀬戸大橋の長大橋に設置されている外面検査車・内面検査車(88基)の製作費にかかる機械経費率を見直すか(数十億円)、塩生橋の違算(1億円)をとるか、ということで瀬戸大橋を差し出したようだ。
(検査車の製作は、実態としては市中の鉄骨工場で製作しており、機械メーカーでは製作していない。このため、検査車の製作に関する積算基準の改定を求められていたことによる。)
(5)関空会社での会計検査対応(及び東京湾横断道路㈱)
関空会社では、基本的には運輸省港湾局の仕事のやり方を踏襲している。本社の設計課が設計し、工務課が積算し、発注する。現場は、工事監督のみである。設計変更対応も設計課と工務課で行う。会検対応は、殆ど設計課で行う。特に印象には残っていないが、トラス橋の塗装基準(関空バージョンではあるが、ベースは本四塗装基準)と塗装仕様についての説明を求められた。担当調査官は、この後首都高の検査なので勉強していたようである(この時に会計検査院からスカウトを受けた)
余談であるが、東京湾横断道路㈱(TTB)について触れておく。仕事のやり方は関空とほぼ同様である。少し違うのは、東京湾横断道路調査会なる組織を作り、大手・中堅ゼネコンから応援組が実務を行う。実務とは下部工(トンネル含む)の設計・施工計画作成や積算業務である。当然の事ながら工事受注後は会社に戻り、そのまま現場事務所(JV)の重責を担う。建設事務所の担当課長で出向していた本四先輩の話では、現場での工法変更や各種設計変更等の協議は発注前から合議済みであったとのこと。現場の担当課長は、現場監督だけで設計変更などの権限は一切持たせてもらえなかった、とのことであった。
(6)阪神高速道路での会計検査対応北神戸線・湾岸線
阪神高速では、設計は設計課で、積算は審査課で行うこととなっている。出向している4年間に3回会検対応を行った。
①塗装基準の改定
鋼道路橋防食便覧(日本道路協会)改訂後の2006年の会計検査での話である。所属していた技術開発グループ(補佐)は、設計基準の作成や改訂を行う組織で、便覧の改訂が阪神高速の基準に反映されていない、という会検の主張に対して徹底抗戦をした。彼らは、塗装というものを全く理解していない、新設では30年以上は寿命がある、ととぼけたことをいうから一喝した。その後、本四の塗装基準をベースにした阪神高速の要領を策定した。
②北神戸線の耐震補強設計
神戸の設計課長時代の北神戸線の耐震補強設計の話である。受験前に徹夜で設計計算書を見たが頓珍漢な設計を当時の担当者がしていた。はっきり言って、間違い。会検当日は、数十基あった橋脚の設計計算書(耐震補強)の内、唯一正解の橋脚一基のみのページを開いて説明し、事無きを得た(コンクリート橋脚の耐震補強工法で、RC巻き立て補強工法、鋼板接着工法及び炭素繊維巻き立て工法、の使い分けと設計計算)。当時の本社の積算グループ長からは、彼(設計担当者)に聞いてもダメですから、角さんが説明された方が確かです、ということだった。
③5号湾岸線の耐震補強設計
5号湾岸線の多径間連続鋼床版箱桁橋の耐震補強設計の話である。調査官は、道路橋示方書耐震設計編に示された耐震補強設計のフローチャートを示しながら、当該橋の設計概要を説明してくれと(この調査官は、阪神高速に検査に来る前に東京の方で同様な指摘をして手柄を上げたらしいと積算担当から事前に聞いていた)。この会検では勉強のために補佐を答弁に立たせたわけだが、あえなく撃沈。間違いですと。積算グループ長は、角さん、意地悪しないで会検に説明して下さいと。開口一番、「連続桁の落橋想定はしていない、不要だ」と。一言で終わった。
④東神戸大橋耐震補強設計
連載第10回で紹介した「東神戸大橋の耐震補強設計」の会計検査対応で苦闘した事例を紹介する。巨大地震時に斜張橋が橋軸方向に誘導円木現象を起こす。この変位量を許容値以内に抑えるために変位制限用の(超)高減衰ゴムダンパーを主塔部に設置した。このゴムダンパーの寸応は、1.15m(縦)×1.15m(横)×0.2m(高さ)。発注時(見積もり時)の寸法から平面形状で縦・横共に0.05mほど大きくした(ゴムの経年劣化に伴う硬化を解析上考慮)。私もこれまでに本四の大型支沓、吊橋のケーブルやバンド・サドル、北九州空港のピン沓等の見積りを査定してきたがこの一件では変なロジックが。製法自体はゴム沓も金属鋳物製品と同じ。型(砂等)を作り、ゴムを流し込み一体成型(加硫)する。ということは、多少寸法が変更になったとしても型(砂等)の製作費、ゴムの数量増分が付加されるだけである。
ところが、経済調査会に製品見積もりを依頼すると面白い結果になった。発注時は、メーカー見積もりを60%に査定した単価が経済調査会から報告されてきた。ところが設計変更時には、メーカー見積もりを100%に査定した単価が経済調査会から報告されてきた。設計者として納得がいかないので経済調査会を呼んでくれと言ったが、「経済調査会が査定していますから」と聞き入れられなかった。何を言いたいか。設計者は勿論のこと、積算担当者が積算(査定)や価格算定法を理解していれば不合理な設計書は出来ない。この(超)高減衰ゴムダンパーの総額は確か4億弱。今は経済調査会とは付き合いが無いし、信用もしていない。だが、信用している会社もある。
(7)技術者と会計検査
「技術者と会計検査」と書いたがお分かり頂けるだろうか。インフラ整備を行う官庁や道路会社、公社、機構等、それぞれ仕事のやり方は千差万別である。一般には、縦割り行政。20数年前、四国地整の道計二課長をしていた学校の先輩から聞いた言葉がある。「国の仕事は多岐にわたるので、出来ない仕事はアウトソーシングにせざるを得ないのですよ」と。この課長は阿南市の助役から戻ってきたばかりで非常に優秀な方でした。皆さんはどう思いますか。
半沢直樹が言った言葉を思い返してほしい。「仕事は自分の為ではなく、世の中の為に」。この事業が本当に必要なのか、この道路(橋)が本当に必要なのか、こんな立派な橋にする必要があるのか、会計検査に対して答弁できるのか、将来管理は誰がするのか、こういうことをトータルに考えることが出来るのが技術者ではないのか。中途半端な技術者は要らない。
(8)最後に
日本列島改造論、高速道路14,000キロ、整備新幹線建設、国鉄分割民営化、郵政民営化、専売公社や電電公社の民営化、道路公団民営化、これらは日本で成し遂げられた、あるいは途上のプロジェクトであり改革である。高速道路に目を移せば、必要のない道路(B/Cが小さい)は造らないと言いながら、粛々と国税で無料道路を造っている。高速道路を整備する横でスピードを競う新幹線を建設している。高度経済成長期から60年。今は少子高齢化の時代に突入し、人口はどんどん減っていく。残された73万橋はどんどん朽ちていく。国の施策により5年毎の定期点検はスタートしたが老朽化対策の費用が嵩む。これらの事柄を少し頭の隅において以下を読んでもらいたい。
国内・国外から長大橋等について問い合わせが来る。例えば、歩道吊橋についての相談である。歩道吊橋を管理しているが、今後の補修・補強や架け替えについて意見が欲しいと。現地に赴き、ケーブルや桁、床版、主塔、アンカーブロックについて近接目視調査を行う。提案書にまとめて役所に提出し、役所内の発注手続きが行われる。この会議の場で、上層部から調査や設計の費用を掛けるくらいなら架け換えすればいいではないか、と。果たして、自分の財布が痛むとしたら架け替えという言葉が無責任に出るのだろうか。私はケーブルが健全だから架け替えする必要は無い、と申し上げている。あくまで、架け替えの判断は管理者がすることであり、手伝いはコンサルがすべきと考える。どこに行ってもこういう役人が増えている。国や地公体の会計検査でよく見られる光景。受験側の席の後方にコンサルタントの技術者が。こういうことをいつまでもしていると国際競争力は持てませんよ。戦後復興間もない頃は、役人自ら設計し、図面を書いていたと学生時代に聞いた。会計検査院の仕事は非常に重要だ。会計検査院の検査官に鍛えてもらったから今の自分があると考えている。
20代半ばの頃、瀬戸大橋与島橋の工事発注用設計理事協議の部長説明を終えた夕方、会議室で懇親会があった。本社の担当設計課長(W大学卒)が酔って絡んできた。「君は俺を馬鹿にしてるだろう」と。会議で自分の方に視線を向けて欲しかったようである。「私は、半年間、コンサルタントと一緒に設計し、その成果を協議書としてまとめ、説明しています。私の下手な説明と資料を短時間で理解し、判断できる課長であり部長・理事であると考えています」と答えた。会計検査院の調査官も同じである。専門で無いことでも瞬時に見極める非常に高い能力が必要である。
会計検査院の仕事は非常に重要である。「国民の為」、さらには「世の中の技術者(特に発注者側)育成」の為、ご尽力をお願いしたい。
(2020年9月1日掲載、次回は10月1日に掲載予定です)