今回は地盤沈下や支点沈下に伴うコンクリート構造物のひび割れの例と、地下水の変化に伴って対応を迫られた構造物の例とそれと関係する構造の話を紹介します。
コンクリート構造物のトラブルとして、ひび割れがあります。前回までに紹介した劣化原因以外にも、温度応力によるものや、基礎や橋脚の移動、沈下が原因で生じるひび割れもあります。温度ひび割れは主にマスコンクリートの施工時の問題で、コンクリートの硬化熱による膨張と、その後の温度降下による収縮が拘束されることで生じるひび割れです。
完成後数年してから問題となるひび割れに、主に支承の沈下や、基礎の沈下や移動によって入るものがあります。このひび割れは設計時に想定していないためかなり大きなひび割れ幅となり、このようなトラブルの経験をしていない技術者はひび割れ幅の大きさに驚いてしまうことになります。
支点の沈下などの強制変位によるひび割れは、荷重によるひび割れとは性格が違います。荷重によるひび割れは、荷重が減らない限り作用し続け、鉄筋が降伏すると破壊に結びつきます。しかし、強制変位によるひび割れは、発見した時点で、鉄筋が降伏していることが多いのですが、変位が止まればそこで安定します。コンクリートが圧壊など損傷していなければ、鉄筋の伸び能力の範囲であれば、耐荷力は維持されています。ひび割れに樹脂注入などすれば、そのまま使用して大丈夫です。
現場でコンクリートの大きなひび割れを発見すると、鉄筋の降伏は破壊という教育を学生時代に受けているのか、鉄筋が降伏ひずみを超えていると、その原因を考えず構造物が危険だと慌てる人が多くいます。かく言う私も若い時には、慌てたこともあります。
1.基礎の沈下や移動による構造物の損傷事例
1.1 PC桁の桁端部大きなせん断ひび割れ
単線のPC桁が並列してある複線の線路でのことです。列車に乗っていたお客が窓の外を見ていたら、橋桁に大きなひび割れがあることに気づき連絡をくれました。すぐに調べると、PC桁の端部に、シューからななめ上方に向かって大きなひび割れが入っていました。
原因は、橋脚が少しスパンを広げる方向に移動して、シューを水平に引っ張ったためにひび割れが生じたものでした。発見されるまで数か月はこの状況で列車を通していたことになります。5mm程度の大きなひび割れであったと記憶しています。
橋脚のシューの前面に橋脚天端と桁との隙間に、すぐ木枕木を置き、応急対策としました。このひび割れがさらに開いて桁が下がっても、この枕木で受けることができるようにしました。桁のひび割れは樹脂注入で処置しました。その後、ひび割れよりもスパンの内側に、新しい支承部を造り受け替えました。橋脚はそのために桁座の拡幅を行いました。 古い時代の基礎は十分な深さまで届いていなかったりして、沈下したり、傾斜したりということが起こります。その場合、シューの移動防止装置に当たってしまい、桁の温度伸縮などの軸力で、支承部のどこかにひび割れが生じることになります。今回は桁端がひび割れましたが、桁座にひび割れが生じる場合や、支承の移動防止装置が損傷する場合もあります。
今回のようなPC桁の変状を見ると、この状況でかなりの間、列車を通していたことから、PC鋼材の定着がしっかりしていれば、かなり大きなひび割れでも、コンクリートの破壊や、鋼材が破断などしていなければ、耐荷力は維持していることがわかります。
この被害の時の写真は残っていないので、参考に桁端部の損傷の例を写真-1に示します。
1.2 支承が沈下したためRC桁が3点支持となり、RC桁にねじりによるひび割れが多数入り、また桁がバタついていた
列車の運転中の振動が大きいというので調査しました。桁が3点支持で、列車の走行中にバタついていたのです。沈下している側のシューを持ち上げ、バタつかないようにシューを据え付け直し、またRC桁のひび割れには樹脂を注入し、補修しました。ひび割れ幅はかなり大きく、0.5mm程度まで達しており、鉄筋が降伏点を超えているものと考えられました。
鉄筋は静的強度や、伸び能力は降伏しても充分あるので、降伏しても静的な耐荷力に問題はないが、疲労強度への影響が心配でした。このバタついていた桁はすぐ補修を終えて、徐行を解除しました。降伏した鉄筋の疲労試験の結果、問題があればさらなる補強などの対策を後からしようと考えていました。
そこで、鉄道技術研究所に依頼して、鉄筋に降伏ひずみ以上のひずみを与えての疲労試験をやってもらいました。 その結果は、図-1に示すように、降伏し、塑性化した鉄筋と、降伏していない鉄筋の疲労強度は変わらないという結果でした。単純に鉄筋が引っ張りで降伏して伸びても、鉄筋の表面形状に影響しないので疲労耐力には影響しないのだと思われます。曲げ加工した鉄筋の曲げ加工部は疲労強度が落ちるが、これは鉄筋の表面形状が変化するためだと思われます。
疲労の問題がないと分かったので、追加の補強などはせず、そのままの対策で終わりとしました。それからすでに40年近く列車を通し続けています。
図-1 降伏歪以上の歪をうけた鉄筋と健全な鉄筋のS-N線図1)
構造物に問題が発見されたら、すぐに通常運転が可能なように必要な処置を取ることが必要です。当面列車運行に支障が生じないような対策を速やかに行います。その対応が、技術的あるいは長期的に不安な点がある場合は、後から追加の対策が可能なことを考慮した対策とすることが大切です。
技術的に不安な点は必ずその後すみやかに確認しておくことです。同種の問題と再度出会った時には不安なく対処できるように実験などで確認しておくことが大切です。
1.3 支持地盤に達していない杭の沈下により高架橋にひび割れ
場所打ち杭は、1本ごとの施工の都度、掘削された土砂を見て支持層に達したかを確認することが原則です。設計図の地質図や、杭長は、付近の調査結果で想定した地質図であり、直接その地点のものではありません。数十mから数百mに1か所程度の地質調査で、その間は想定した地質図です。
杭の施工は、杭の掘削土砂を杭1本ごとに確認して支持層の地質であることを確認して掘削を終えることが必要です。その確認をしたのかどうか不明ですが、ほぼ設計図通りの長さで施工した現場があります。その現場の構造物は、施工後高架橋が不等沈下を起こし、梁などにひび割れが生じました。軌道も何度も調整を繰り返しています。
ひび割れは注入し、軌道は直して使い続けていますが、初期のメンテナンスは大変でした。高架橋の耐荷力としては、一部鉄筋が降伏点を超えていますがあまり心配はいりません。沈下が少しずつ進みますので、メンテナンスに手間と費用が掛かっています。
杭の施工にあたっては、設計図の地質図は単なる参考で、設計図通りにしないで、杭は1本ごとに支持層を確認して施工するのが原則です。設計図通り施工するなというのは杭の長さくらいでしょう。この構造物の地質を後から詳細に調査して確認したら、支持層が起伏の多いことがわかりました。
1.4 基礎の支持地盤下の圧密層により橋脚の沈下が続いていた橋梁
比較的大きな河川の数径間の橋梁で、毎年少しずつ沈下が進み、数年に1度橋脚天端をかさ上げしたり、シュー座コンクリートをかさ上げしたりということを繰り返した橋梁がありました。安全性の問題はないのですが、この補修の繰り返しが大変でした。施工技術の低かった時代の井筒基礎や、木杭が使用されていました。圧密沈下は周辺の地盤を含め緩慢に進行するため構造物の損傷は生じないので、メンテナンスの人件費の安い時代には直し続けて使っていってもよかったのでしょう。
1948(昭和23)年から12回にわたって桁扛上を実施し、その累計扛上量は最大の橋脚で929㎜となっていました。沈下の大きい4橋脚の沈下量の時系列を、付近の地盤沈下の時系列と一緒に図-2に示します。この付近の広域地盤沈下の影響を受けていると思われます。下り線は1985(昭和60)年に、上り線は1989(平成1)年に河川改修に伴い新橋梁に造りなおされています。沈下の傾向は、1963(昭和38)年7月の工業用地下水の揚水規制、1971(昭和46)年4月の工業用地下水の揚水禁止の行政処置との関連をよく示しています。