シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊲
「東北地方のRC床版の耐久性確保の手引き(案)におけるひび割れ抑制対策を構築した考え方」
横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授
細田 暁 氏
3. ひび割れ抑制対策を構築した考え方
試行工事における分析の結果、高炉セメントを用いて水結合材比を45%程度とした高耐久床版のひび割れリスクは、構造形式ごとに異なることが明らかとなりました。
ひび割れのリスク分析には、温度応力解析を用いました。温度応力は、高耐久床版にひび割れを発生させる駆動力の一つですが、発生する温度応力が、構造形式、施工時の外気温やコンクリート温度、コンクリートの熱膨張係数や自己収縮特性、膨張材の有無等により大きく異なることが明らかとなってきました5)、 6)、 7)、 8)。なお、数値解析は打込み後、材齢28日までの湿潤養生期間中を対象としています。そのため、その期間の乾燥収縮や、湿潤養生終了後の乾燥収縮の影響は考慮していません。
温度応力解析はJCMAC3を用いて行い、図2に示すように材料レベル、部材レベル、構造物レベルの3段階で検証を行う手法によりモデルの検証を行いながら検討を重ねました3)。材料レベルの実験を行い、その結果に基づいて、圧縮強度やヤング係数の発現、自己収縮特性、断熱温度上昇特性、凝結時間、コンクリートの熱膨張係数等をモデル化しました。次に、部材レベルにおいては、膨張コンクリートの膨張エネルギーと、クリープ等の影響を考慮するためのヤング係数の低減係数を、床版を模擬したRC供試体での計測結果を用いてキャリブレーションしました。その後、これらの材料モデルを入力した構造物レベルの解析を行い、構造物での計測結果と整合するように、力学的な境界条件や、要素の表面の熱伝達係数のキャリブレーションを実施しました。
このようにして検証された有限要素法の実橋フルスケールのモデルを用いて、温度ひび割れの発生に影響するパラメータを様々に設定したパラメトリックスタディを行いました。外気温、コンクリート打込み温度、膨張材の有無、コンクリートの熱膨張係数、自己収縮の大小、などの要因を調べました3)、 6)。ひび割れのリスクは、材齢28日までの湿潤養生期間中の最小ひび割れ指数で示しました。膨大な組み合わせの数値解析の結果は、「東北地方のRC床版の耐久性確保の手引き(案)2019年試行版」の巻末資料に含まれており、公開されています。
図2 材料・部材・構造物の3段階で検証を行った温度応力解析3)
2径間以上の連続桁の場合は、RC床版の打込みが1回ではなく、分割しての段階施工になります。先行して打ち込まれたロットには、後に打ち込まれるロットの重さにより応力が発生します。分割されたロットの打込みの順序や打込み日の間隔によって、先行ロットに発生する応力は異なり、適切に配慮しないとひび割れが発生するリスクがあります。図3には、2径間連続と4径間連続の場合の打込み順序の例を示しました2)。2径間連続の場合は、中間支点上のロット(図中の②)を最後に打ち込むのがよく、それによって、先行して打ち込まれた①-1と①-2の硬化コンクリートには圧縮応力が導入され、ひび割れの発生リスクの観点からは有利な条件となります。一方で、4径間連続の場合は、打込み順序に配慮しても、1.0MPa程度の引張応力が生じる箇所があることが、試行工事での検討結果から明らかとなりました。
ここまで述べたように、検証された有限要素法のモデルを用いて、様々な条件について温度応力解析を実施し、条件によって温度応力によるひび割れ発生のリスクは大きく異なることが明らかとなってきました。さらに、2径間以上の連続桁橋の場合は、床版の段階施工の影響により、ロットごとのひび割れのリスクも異なることが分かりました。段階施工による応力は、打込みの順番や、打込み間隔を適切に設定することにより、悪影響をなるべく小さく抑える必要があります。一方で、温度応力の具体的な抑制方法については、膨張材の使用、コンクリートの打込み温度を低くすることや、熱膨張係数の小さいコンクリートや自己収縮の小さいコンクリートを使用することなどになりますが、実際の施工で取り得る対策は膨張材の使用くらいです。
これらの状況を踏まえ、あまり複雑なひび割れ抑制対策となっては事前の検討が煩雑になるし、検討したとしても実際に取り得る対策が限られているため、なるべく簡易なひび割れ抑制対策で有害なひび割れの発生を抑制することを模索することとしました。
4. 構造形式ごとのひび割れ抑制対策
東北の各地域で高炉セメントB種を用いた高耐久床版の試行工事が進められました。試行工事の数が増えるたびに、ひび割れに関する知見も蓄積され、数値解析による事前事後の分析も重ねられ、構造形式ごとのひび割れのリスクが少しずつ解明されてきたように思います。
結果としては、表1に示すようにひび割れ抑制対策を取りまとめました2)。どの構造形式についても、施工の基本事項の遵守は必須です。試行工事において、高耐久床版の施工の基本事項についての知見が蓄積され、RC床版用の施工状況把握チェックシートが開発され、手引きに包含されています2)。単純桁の鋼桁やPCコンポ桁については、施工の基本事項を遵守することで、ひび割れ抑制対策とみなしてよいこととしました。一方で、連続桁については、径間数に応じて、追加のひび割れ抑制対策を検討することとしました。以下に、それぞれの構造形式についての対策を設定した根拠を概説します。
4.1 単純桁のひび割れ抑制対策
これまでの試行工事において、単純桁の場合は、竣工検査までに床版本体にひび割れの発生は確認されていません。試行工事の実績からも、単純桁のひび割れのリスクは大きくはないと想像されます。 図4に温度応力解析から得られた、材齢28日までの湿潤養生期間中の最小のひび割れ指数を示しました。単径間のPCコンポ桁で、コンクリートの熱膨張係数を12×10-6/℃と仮定した場合の、膨張材の効果を示しています。膨張材が無い場合、28日の湿潤期間中の最小ひび割れ指数が1.0程度となる場合もあるため、この手引きにおいては膨張材の使用を標準としました。さらに、膨張材を使用する条件において熱膨張係数と打込み温度をパラメータとした数値解析を実施したところ、図5に示すように、28日の湿潤養生期間中の数値解析による最小のひび割れ指数が、最も厳しい条件設定においても2.0程度であることが確認できました。湿潤養生終了後の乾燥収縮の影響は考慮できていませんが、現実の単径間の橋梁に竣工検査までにひび割れが確認されていない観察結果と合わせて、「手引きに示す基本事項を遵守した施工を行うことで、ひび割れ抑制対策とみなしてよい」としました。なお、PCコンポ桁の場合は、下面が埋設型枠のために、供用開始後もRC床版の下面からの乾燥が生じないため、ひび割れリスクの観点からは非常に有利な構造であると考えられます。
単純桁の鋼桁橋においても、パラメトリックスタディの結果、厳しい条件設定においてもひび割れのリスクがPCコンポ桁と同様に大きくないことを確認し、施工の基本事項を遵守した施工を行うことで、ひび割れ抑制対策とみなすこととしました。
4.2 2径間連続の鋼桁橋のひび割れ抑制対策
図6は、鋼2径間連続箱桁橋のRC床版の温度応力解析において、コンクリートの熱膨張係数ごとに、外気温およびコンクリートの打込み温度を10~30℃のケースで計算した結果を示しています。この解析結果に、段階施工による応力は考慮されていません。材齢28日までの湿潤養生期間中の最小のひび割れ指数は、2径間の鋼連続桁による外部拘束の影響が大きいために、単径間の場合と比べて小さくなる傾向が認めらました。しかし、解析の結果から、最も不利な条件となる熱膨張係数が12×10-6/℃の場合でも、すべてのケースでひび割れ指数が1.0程度以上を確保できることが分かりました。
2径間連続桁橋については、床版の打込みを3分割し、中間支点上のロットを最後に打ち込む場合には、先行して硬化した2つの両側のロットに、最終ロットの荷重による圧縮応力が導入され、ひび割れ抑制の観点では有利な条件となります。また、RC床版の橋軸方向の鉄筋比はほとんどの箇所で1.0%以上であることも勘案し、特段のひび割れ抑制対策は必要ないものとしました。ただし、第2ロットの打込み時の荷重が、第1ロットの床版にもたらす引張応力を十分に配慮した施工により、有害なひび割れの発生を抑制する必要があります。
図6 鋼2径間連続桁橋の温度応力解析の結果(段階施工による応力は考慮していない)
4.3 3径間以上の鋼連続桁橋のひび割れ抑制対策
3径間以上の連続桁の場合は、床版の段階施工のステップ数が多く、段階施工によりRC床版に生じる引張応力が最大で1.0N/mm2程度となることがあります。また、床版の温度応力に与える連続桁の外部拘束の影響も大きいこと、さらには試行工事における実際の橋梁で3径間以上の連続桁の場合に高耐久床版にひび割れが発生していること、を勘案して、有害なひび割れの発生を抑制するために、床版の橋軸方向鉄筋量が1.0%以上となるように補強鉄筋の配置を検討することとしました。図7は、段階施工により生じる引張応力を1.0N/mm2と仮定した場合の、7径間連続桁上の床版のひび割れ指数の解析結果です。厳しい条件においては、最小のひび割れ指数が1.0を大幅に下回ることが明らかとなりました。
図7 段階施工による応力を考慮した鋼7径間連続箱桁橋のひび割れ指数(段階施工による応力を考慮)
5. 今後の課題
この原稿の執筆時点では、竣工検査時点でRC床版の本体に現行基準により補修を必要とする0.2mm以上幅のひび割れの発生は報告されていません。しかし、本稿で報告したひび割れ抑制対策は、コンクリートの乾燥収縮の影響を陽な形で考慮しているわけではありません。試行工事が重ねられるにつれ、幅0.2mm以上のひび割れが発生するかもしれません。手引き2)においては、床版工工事の引渡しまでに幅0.2mm以上のひび割れが発生した場合は、受注者が補修を行うものとし、幅0.2mm未満のひび割れが発生した場合は、学識経験者等の助言に基づき、必要に応じて発注者が補修を行うものとしています。試行工事等から得られた知見や、基礎研究の成果等に基づいて、ひび割れ抑制対策の改善を重ねていく必要があると考えています。具体的には、1ヶ月程度の床版上面の給水養生と床版下面の封緘養生を行うことが記載されていますが、長期の養生は施工者への負担も大きく、RC床版の耐久性が確保される前提で簡素化することも検討すべき項目の一つと考えています。
なお、4径間連続の鋼桁橋において、段階施工による引張応力の大きいロットにおいて、膨張材の使用量を25kg/m3に増やした試行工事や、壁高欄のひび割れ誘発目地でない伸縮目地から発生した地覆部のひび割れが、RC床版本体へとひび割れが進展することを防ぐために、すべてをひび割れ誘発目地とした試行工事等が行われており、これらの結果も将来の手引きの改善にフィードバックされるものと期待しています。
参考文献
1) 東北地方整備局:ひび割れ抑制のための参考資料(案)(橋脚,橋台,函渠,擁壁編),2017.2
2) 東北地方整備局:東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)
3) Arifa Iffat ZERIN: Full scale numerical simulation of girder bridges to determine the influential factors causing transverse cracking in RC deck slabs, 横浜国立大学博士論文,2018.9
4) Arifa Iffat ZERIN, Akira HOSODA, Satoshi KOMATSU: Numerical simulation of early age expansion and autogenous shrinkage behavior of blast furnace slag concrete with expansive additive, Journal of Structural Engineering, Vol.64A, pp.666-674, JSCE, 2018.3
5) Arifa I. ZERIN, Akira HOSODA, Satoshi KOMATSU, and Nobuyuki NAGATA: Numerical simulation of thermal stress in highly durable RC slab on PC composite girder bridge, コンクリート工学年次論文集,Vol.40, No.1, pp.465-470, 2018 6) Arifa I. ZERIN, Akira HOSODA, Satoshi KOMATSU, and Nobuyuki NAGATA: Utilizing expansive additive to reduce thermal cracking risk of RC slab on single span PC composite girder bridge, コンクリート工学年次論文集,Vol.41, No.1, pp.707-712, 2019
(2020年6月16日掲載)