2018年5月、本四橋をはじめ国内・国外の長大橋の耐風設計で非常にお世話になり、アフターファイブでは居酒屋で議論をさせて頂いた白土博通先生(京都大学大学院教授、享年61歳)が急逝された。4か月前、関西道路研究会(大阪市主催)の中に設置された「斜張橋ケーブルの耐久性評価と今後の維持管理に関する研究小委員会」の報告会で委員長と委員という立場で共にプレゼンしたところだった。その夜は、大阪駅前地下ビルの居酒屋で報告会後の打ち上げを行ったが、いつもの豪快さが無く、体調はもうひとつのようであった。この小委員会は、大阪市が管理する某斜張橋のケーブルの状態が良くないことから今後の維持管理(補修や架け換え)をどうするか、さらに、日本に存在する斜張橋のケーブルの維持管理手法を調査・分析して、合理的な維持管理手法を提案することが命題であった。阪神高速グループからはこの委員会に準若手を参加させたが、ファブも若手を参加させたため、急遽、白土先生から頼まれてメンバーに加わった。
2000年以降で白土先生とご一緒させて頂いた仕事は、関西道路研究会の小委員会、2012年の大三島橋横風対策検討(今回のテーマ)、2010年の本四耐風委員会、2007年の「道路橋耐風設計便覧改訂委員会」(日本道路協会)である。
この中でも特に印象に残っており、私が本四会社から阪神高速グループ会社へ転籍するきっかけの一つになった「大三島橋横風対策検討」について紹介する。
1.はじめに~耐風設計の重要性~
台風常襲地帯である日本列島、この日本においては橋の設計において強風の影響を考慮するのは必須である。強風は、時には橋に致命的な被害(落橋)を及ぼすことがある。ここでは、強風による落橋事故で有名な2件を紹介する。まず、イギリス、スコットランドの鉄道橋「テイ橋」の落橋(写真-1参照)である。
「テイ橋」は、1878年完成(フォース鉄道橋の12年前)、全長3,200m、85径間のラティストラス橋である。このうち、主航路上の13径間(支間長75mの連続トラス)が完成の1年後、1879年12月28日、午後7時過ぎに暴風の中を通りかかった旅客列車と共に海中に沈んだ。乗客75名の尊い命が奪われた。事故当日の最大風速は36m/秒程度と言われており、静的な変形とガスト応答による変形を合わせて考慮されるべき風荷重が適切に評価されていなかったことが原因である。また、その後の政府事故調査委員会の報告では、「強風に対して十分な強度では無かった。パイプは素人同然の業者が製作。原料をけちり、ひび割れにはススとロウを詰めて誤魔化していた」と。その後の長大橋の耐風設計の教訓となった。
次に、アメリカ、ワシントン州の「タコマナロウズ橋」の落橋(写真-2参照)である。「タコマナロウズ橋」は、1940年7月に完成した中央支間長853m、当時世界第3位の吊橋であった。開通から僅か4カ月後、激しい振動の為、崩壊してしまった。この時に撮影された落橋に至るまでの映像は私を含めて世界の人々に衝撃を与えた。事故当日は早朝から渦励振と考えられる鉛直たわみ振動が継続していた。風速が19m/sに達した時、突然激しいねじれフラッター(最大振幅45°)に移行、約1時間続いた後、中央径間から海中に崩落した。崩壊の原因となったねじれフラッターが生じた原因は、桁の断面形状として空気力学的に不安定な扁平H型断面を用いていたことによる。この事故を契機に風の動的作用の重要性が認識されることになった。1950年に完成した新タコマナロウズ橋は、トラス構造への変更やグレーチングの採用(空力特性の改善・剛性の増加)を行っている。その後、2007年には交通量の増大の為、新たに第二タコマナロウズ橋が開通した(写真-3参照)。