-分かっていますか?何が問題なのか- 第52回 一巡した定期点検結果の公表資料を読み解く ‐私が意図した点検・診断は適切に行われたか?‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
3.国が公表した道路橋の定期点検結果を紐解いて考えること
法で定められた道路橋の定期点検が一巡し、今年の夏、国から貴重な資料が公表された。今回一巡した定期点検は、『道路橋維持管理の流れ』を考えると図-3でお分かりのように点検・診断がその中心的位置、正にメンテナンスの『要』にあたっている。この中心的位置にある点検・診断をある決まった頻度で、それも点検・診断を行う要領に沿って専門技術者が行うのが道路橋定期点検である。米国・ミネアポリスの州間連絡道路の道路橋崩落事故や木曽川大橋・本荘大橋斜材破断事故を受けて国が進めていた『橋梁長寿命化修繕計画策定事業』の実施内容の不備さがあまりにも悪い状態であったことから、私が打って出たのが現在の法で定められた定期点検である。私が、事例として取りあげた日本の中心位置で太平洋側の政令指定都市・浜松市や日本海側の富山市の職員の方々には大変申し訳なかったと思う反面、図‐4で示す『NHKスペシャル』で撮りあがられたことが現在に至っていることをプラス思考で考えてほしい。先陣を切って頂いた地方自治体としての名前も売れ、そして国の補助金も多額付いたことを考えればとても良かったと、私個人として勝手に思い込んでいる。それでは、『道路メンテナンス年報』によって公表された、道路橋の定期点検結を分析した結果説明に移るとしよう。
3.1 管理橋梁数と点検実施率
国は以前、国内の道路橋管理橋数は、約73万橋であると公表していた。図-5を見て分かるように一巡した結果を見ると722,942橋となった。これは、平成26年度公表値よりも実に2,965橋少ない値である。要するに、あると持っていた橋梁が無く、無いと思っていた橋梁があった結果を差し引いた結果がこの値であって、今回の公表値でようやっと国内の道路橋の管理橋数が一応確定したことになる。私がNHKスペシャルまで使って『近接目視実施』を訴えた趣旨はここにもある。行政で仕事をしている方々はお分かりと思うが、管理数が実態と合わないことは昨日今日に始まったことではなく、ある想定の数から差し引きして管理数を出していた過去の遺物的結果なのである。
図-6を見てもらいたい。このグラフは、平成28年に公表された管理橋数をグラフ化した図である。このグラフを見れば分かるように、実は市区町村の管理橋数は、平成31年と比較すると驚くなかれ、5,957橋1.24%も減少している。地方自治体の道路橋には、15m未満、それも橋長が2m程度の橋梁が山ほどあり、点在しているから確認が容易ではない。写真-11に読者の方々が分かり易いように地方自治体の管理する小橋梁の実態を示す道路橋を掲載したので参考にされると良い。
次に定期点検実施率に移るとしよう。図-7は、公表された定期点検実施数をグラフ化した図である。法で定めた定期点検を開始して6年目に入った現在、実施率が99.1%とはすばらしい成果であったと素直に喜びたい。しかし、遠望目視点検から近接目視点検に手法を変更した目的、『見ない』、『見過ごし』は無くなったのであろうか?私が載せた写真-12について眼を見開いて見てほしい。どこの橋であるか知識と経験豊富な読者の方々はお分かりと思う。河川敷や歩道からも見える位置にこの変状はあり、どう見ても何ら対策が取られていないようであった。私の思い過ごしであればよいが、先の99.1%実施の成果は近接目視等によって道路橋に発生している変状を『見逃し』たり、現地に行ってはいるが『見過ごし』しているのではないだろうか?私は心配だ、ハインリッヒの法則をあてはめると、ここに示したリスクのある変状は無限大であることを関係者は分かってほしい。次に、一巡した定期点検結果で診断・判定された内訳を見てみよう。
3.2 定期点検による診断結果
今回一巡した定期点検においては、①健全、②予防措置段階、③早期措置段階、④緊急措置段階の4つに区分評価・診断するように決められている。診断する技術者は、発生している変状に対し、「損傷程度の評価は、できるだけ正確かつ客観的となるように行わなければならない。」と点検要領には記述されている。それでは内訳を見てみよう。
図-8に今回の定期点検結果として公表された全管理者の診断結果、定期点検評価基準によって分類された結果をグラフ化したので見てほしい。健全もしくは予防保全段階の橋梁が評価全数716,466橋の90%となっている。管理者別に区分けしてみると、図-9が国土交通省直轄、図-10が高速道路会社、図-11が都道府県・政令市、図-12が市区町村である。国土交通省は、健全と予防保全段階合わせて91%と状態として良いことが分かる。高速道路会社は、合せて89%であるが、予防保全段階が82%と変状はあるが長期的な観点から予防保全、特に大規模修繕を睨んだ数値であるようにも考えられる。都道府県・政令市になると高速道路会社と同様な割合ではあるが、予防保全段階が50%と32%少ない結果となっている。裏を返すと健全と評価・診断した割合が多いと言うことになる。本当であろうか?市区町村の分析結果を見ると、健全と予防保全段階が91%と私が今回の法によって規定された定期点検開始前の予測結果と大きく異なった結果となった。
私が当時の副大臣や局長に対し、定期点検を近接目視で行うように規定してほしい、とお願いした趣旨は、「施設の特性を踏まえた合理的な点検」、「点検の質の改善」などがある。それでは今回一巡した定期点検の評価・診断結果から何が問題かを考えてみた。
図-13は、県が管理する道路橋の定期点検結果、点検報告書の一部を抜粋、読者の方々に分かり易いように加工したものである。当該橋A橋の場合、見て明らかなようにトラスの斜材等主構造が塗膜劣化、鋼材の腐食が報告されている。防食塗膜は、鋼材の腐食を抑制する材料で、写真で分かるように膨れやさび汁が確認される場合は、死膜となった塗膜を剥いで鋼材を露出させ、断面欠損状態を確認するのが常識である。ところが、当該橋梁の場合は、遠望目視、近接目視と段階を進む点検結果を記録する写真はあるが、肝心の塗膜を剥いで断面欠損状態を確認している写真は一枚も無かった。結局、評価診断結果は、Ⅱランクの予防保全段階であった。私が現地に点検・診断作業に行っていれば、少なくともキーポイントとなる個所は、塗膜を剥ぎ、構造的に十分な安全性を確認すると思う。そうすれば、評価・診断レベルは、Ⅲランク、嫌、Ⅳランクの緊急措置段階と評価し、交通規制を指示していたはずだ。
写真-13は、定期点検実施6か月後にA橋の鋼斜材が4か所も破断し、崩落しかかった状況写真である。橋梁技術者としての有り方を考えさせられる実事例であった。まさに、先の分析結果で説明した、Ⅰランク、Ⅱランクの割合が多かったのは、点検・診断の質が悪い結果が全く反映されていない、あってはならない結果ではないのかと、私は不安で一杯だ。最後に、定期点検によって行われた点検・診断結果を活用して、現在各組織がどの程度対策を行っているのか実数が公表されているので、これまでと同様に内訳を見て、分析してみよう。
3.3 定期点検の評価・診断結果を活用した措置実施状況を考える
まずは、Ⅲの早期措置段階とⅣの緊急措置段階の対策実施状況を管理者別に見て、考えてみよう。図-14は、国土交通省の対策実績について、工事着手、着工、完了した総数は、3,262橋の95%とかなりの高率で、予算措置も技術者も十分で、メンテナンスに対するモチベーションが高いことが伺える。次に、図-15の高速道路会社を見てみよう。着手、着工、完了の総数は、1,835橋で69%と意外と少ない。重要な幹線道路、緊急交通路線がほとんどである現状からは、国を上回るレベルでの対策実施割合となっていることを望むばかりである。都道府県・政令市の分析結果を図-16に示したが、着手、着工、完了の総数が10,721橋、割合が52%と手つかずの割合は私が想定した割合よりも少なかった。図-17に市区町村の分析結果を示したが、先の都道府県・政令市と比較して対策実数は約7,000橋程多いが、未対策割合58%を考えると通行止め橋梁が市区町村管理橋に多い理由、予算が十分でない実態が何とは無く分かるような気がする。
次に、現在国内で進めている予防保全型管理を示すⅡランク・予防保全段階の対策実施状況について分析してみよう。図-18にⅡランク・予防保全段階について、国土交通省が対策を実施した内訳を示したが、国レベルであっても着手、着工、完了総数が7,592橋で割合が43%と半数以下である。高速道路会社の場合は、図-19に示したように着手、着工、完了総数が994橋、割合が5%とほとんど未着手状態である。先に話したが、高速道路会社が管理している道路橋の重要度を考えると、予防保全型管理について、可能な限り早期に実施割合を高める努力を国や都道府県・政令市が一体となって行う必要があると考える。次に、都道府県・政令市のⅡランク実施数は、図-20に示したように3,687橋、割合は4%、市区町村のⅡランク実施数は、図-21に示したように13,341橋、割合が6%と割合だけ見れば、極端に少ないが、母数を考えると予防保全型管理に舵を向けようと努力している結果とも考えられる。私の私感で申し訳ないが、市区町村が予防保全に向けた措置を、これだけの数手を付けていることを考えると、結構努力しているなとも勝手に解釈した。私は、高速道路会社に関係する技術者の尻を叩きたい。以上が、今回国から公表された資料道路メンテナンス年報を見て、分析した結果である。