(1)大鳴門橋の厳しい自然環境
ここ数年、異常気象と思われる豪雨・暴風が各地で発生し、大規模な災害・爪跡を残している。2004年、大鳴門橋を含む長大橋(門崎高架橋、亀浦高架橋、撫養橋)の維持管理を担当していたこの年、年間10回の通行止めを行った(区間:淡路島南IC~鳴門北IC)。本四道の通行止め風速は、10分間平均風速で25m/sを目安にしており、必要により公団(現在の道路会社)と兵庫・徳島両県警高速隊により路上走行確認を実施し、通行止め要否の判断をしている。本州と四国を結ぶ東端の神戸淡路鳴門自動車道。その南端に位置する大鳴門橋(写真-1参照)は渦潮で有名な鳴門海峡を一跨ぎにしている。潮流も上げ潮(満潮で太平洋側から瀬戸内海播磨灘に)と下げ潮(干潮で播磨灘から太平洋に)時には1.5kmほどの狭い海峡を通り、下げ潮時に大きな渦潮が発生する。強風も同様でこの狭い空間を通過することでより増速する。このため、台風の進路が和歌山沖通過コース、大鳴門橋直撃コース、四国から中国地方通過コースの場合、ほぼ橋軸直角方向からの強風が大鳴門橋を直撃する。更に、強風の継続(吹送)時間が長いため、一度通行止めをかけると平均20~30時間、最大で40時間程度車両を止めることになる。こうなると鳴門市内や淡路島島内への車両滞留となるため、瀬戸大橋ルートに迂回してもらう等の対応が必要となる。
しかし、人間の心理として「もう少し待てば風も弱まる」「瀬戸大橋へ迂回するのはしんどい」となる。その結果、コンビニエンスストアの駐車場や近隣の駐車場が満杯になり、あぶれた車が路上に数珠繋ぎ。こうなると地元の方たちに迷惑がかかる。このため、車両が安全に走れる間に大鳴門橋を渡ってもらうために走行確認を頻繁に行うことになる。2004年に大鳴門橋が影響を受けた台風の内訳は、鳴門海峡を直撃する台風が4個、日本列島に沿って移動する台風が2個及び日本海・太平洋上を移動する台風が7個であった(日本気象協会の既往台風経路図より)。吊橋にとって強風は大敵である。第一回でも書いた通り、吊橋のように撓みやすい橋梁は振動問題や変位の検討が特に重要となる。その一方で海上に建設される本四橋、特に大鳴門橋は太平洋に面していることから、強烈な潮風の影響により極めて劣悪な腐食環境下にある。RC構造のアンカレイジ、主塔橋脚は塩害や中性化(一部、ASR)、鋼構造物である主塔、ケーブル、補剛桁及び管理路等の鋼製付属物は腐食が顕著となる。それではどうするか。塗装による防食である。ケーブルについてはケーブル構造の気密化による乾燥空気送気システムにより湿度40%以下に保つことで腐食の進展を防止している。補剛桁については、枠組足場、外面作業車や内面作業車による塗替え塗装を行っている。それでは主塔は?
(2)主塔の防食と塗替工法
塔や補剛桁の塗装は、現場継ぎ手部を除いて全て工場塗装としている。品質管理された工場内の塗装設備でブラスト~無機ジンクリッチペイント(防食下地)~エポキシ(下・中塗り)~ポリウレタン樹脂塗料上塗り(明石・来島・多々羅からはふっ素樹脂塗料)が施される。建設当時としては最高スペックの塗装仕様(長期防錆型塗装という)ではあるが自然環境が厳しい鳴門海峡では塗膜の損耗が特に激しい。塗装の劣化は、チョーキング(白亜化)からスタートする。チョーキング発生原因は、長期間の暴露により紫外線・熱・水分・風等により表層樹脂が劣化し、塗料の色成分である顔料(白色塗料に使われる酸化チタン)がチョークの様に粉上になって現れる現象である。このチョーキングが一度発生すると一気に塗膜が消耗する。塗膜の損耗スピードは、場所毎(構造部位や場所)に差異はあるものの概ね大鳴門橋で6~10μm/年である。参考までに図-1に塗膜劣化曲線の例を示す。概説すると、上塗り塗料には耐候性(耐久性)を期待していることから損耗スピードは緩い。しかし、エポキシ樹脂の中・下塗りは損耗スピードが速い。写真-2には塔頂水平材の当時の状況を示す。斑に見えるのがチョーキングによるものである。赤茶色は、下塗りのエポキシ樹脂塗料が見えている状態である。ここから本論である。前振りが長いのはご容赦頂きたい。
吊橋の主塔は、塔柱本体と腹材と称する斜材・水平材から構成される。この内、斜材及び水平材は、車両が走行する路面上の部材となり、今回のテーマである「塗替え塗装」に当たっては路面上への物の落下や塗料の飛散等、特に特別な配慮が必要となる。上下作業を禁止した「労働安全衛生法・ゴンドラ則第18条」に従うと、ゴンドラ作業の直下には第三者が入れない。つまり、ゴンドラ作業時には通行規制が必要となり、上下各二車線の大鳴門橋ではその施工範囲が最大でも1車線に限定され、非常に長期の塗替え作業となる。
さらには、前段で述べたように鳴門海峡周辺は強風の影響を非常に受けやすい。課題としては、①ゴンドラ作業の限界風速、②塗料の飛散防止対策、③ゴンドラの設置撤去方法、④規制方法、⑤工程短縮--等が挙げられる。そこで、吊橋といえば完成当時東洋一の関門橋がお手本になるかと考え、関門橋の管理を担当されている日本道路公団下関管理事務所(当時)に主塔の塗替え工法についてご意見を伺いに行った。当時、本四からの出向者が助役をしていたこともあり。主塔塗替えの一連の作業は、8時頃から規制を張り、9時頃から規制内に作業用ゴンドラを載せたトラックが進入。塔頂から巻き上げ用のワイヤーロープを降下。ゴンドラ巻き上げ作業の開始。17時頃迄には規制を解除するために16時頃にゴンドラ降下。実質10時~12時、13時~15時の4時間が塗装時間となる。
塔柱本体の塗装の場合、鉛直方向に壁があり、多少の風についてはゴンドラが塔柱の陰に入ることもある。しかし、路面上の斜材、水平材は鉛直方向に連続していないことからゴンドラ移動時はブランコ上に揺れることとなる。さらに、塗装作業という事で塗料が飛散しないようにある程度の飛散防止対策はなされてはいるものの、なかなか完璧にはいかない。急に、強風に煽られるとブランコ上に揺れる。苦労話の一つとして、黒塗りの車が主塔の塗替シーズンには頻繁に停車される、ということであった。「車にペンキが付いた」といった感じのクレームが日常茶飯事だという。さりとて、根本的な改善策や対策は打たず。「人事交流とは、技術の交流が前提なのになあ」、と思うのはいつも私だけ。大鳴門橋ではどうするか。揺れないゴンドラとして、本四公団の機械チームと子会社等で開発した「磁石車輪ゴンドラ」を活用する。通常のゴンドラは、塗装作業員と巻き上げ・巻き下げ操作員の2~3名がゴンドラに乗り込む。ゴンドラ内での操作で上下作業を行う。
では、磁石車輪ゴンドラはというと、車輪に内蔵された永久磁石の吸着力により鋼製の主塔に吸い付く。車輪の全周が磁石ではなく、ある範囲のみ永久磁石が設置されている。運転者が吸着したい時は、ハンドル操作で磁石面を塔柱に向ける。移動方向は、横行レールや吊元設備により、上下、左右、斜方向と自由自在である。ただし、「安衛法」で上下作業を禁止していることから縦横無尽の移動作業が出来ない。ここからがタイトル通りの「現場力」である。(図-2に主塔の路面上部材と路面防護工、写真-3に主塔斜材の塗装状況例、図-3に斜材への吸着方法を示す)