4.補修費はだれが負担するべきか、JISは補修費を負担しない
私にとって大変だったのは、この補修費を発注者のJRが負担するのか、施工者のゼネコンが負担すべきなのかという議論でした。既に完成し、使用している橋梁の補修は、列車の通っていないわずかの時間での施工となり、建設費よりも高額となります。JIS にしたがって造ったので、施工者に責任を問うのはおかしいという説明で、なんとかJRで補修費を負担するように社内を説得しました。
しかし同じような欠陥構造物をまた造るなら、今度は君たちインハウス技術者の責任だといわれました。JISは責任を取ったり、補修費を負担してはくれないので、現行のJISのままでは欠陥が出ることを知った時点で対応を取らないのなら、対応を取らないエンジニアの責任ということになります。この橋梁以外にも、特にPC橋には千葉や水戸などでもアルカリ骨材反応と疑われるひび割れが発見されていました。
JISのままの対応ではアルカリ骨材反応の変状が生じる可能性があることを、今ではそれなりの施工者や、発注者は知っていると思われます。その場合、一般には、施工経験が多く、多くの情報を知っていて対策をしなかった施工者に責任は行くことになるのではないでしょうか。技術力の高いほうが責任を取り補修費を負担することになるのではないかと思います。民間発注で発注者が素人なら、責任は当然専門の技術者のいる施工者になるのでしょう。いずれにしてもJISをうのみにせず自己防衛が必要です。
5.補修の時期と選択する工法は、お金しだい
このPC桁の大規模な補修も、他の変状の対策の場合と同様ですが、徹底した補修をするには多額の費用がかかります。多くの構造物を抱えている中で、補修費も無限ではありません。限られたお金の中で、構造物が危険にならないように手を入れていくことになります。あまりお金のない年は、少ないお金でできる方法で、少しの期間の延命化の補修をすることになります。民間会社の場合は、修繕費は経費として扱われるので、売り上げが増えて大きく利益がでそうなときは、利益の半分税金に持って行かれるので、比較的潤沢に補修に使うことができます。
そのような時に、徹底した補修工事をするように保守の担当者は関係個所を説得して補修費にお金を回してもらうことになります。利益の少なそうな年は、会社は、ある程度の利益を確保するために経費を節約することになります。その場合は、少ないお金で可能な方法で補修し、延命化をすることになります。
耐震補強などのお金は経費ではなく、設備投資のお金となり、これは税金を支払ったのちの利益からのお金となります。補修しても財産価格は変わらないが、設備投資は財産価格が上がり、固定資産税が増えることになります。設備投資のお金も限られているので、駅ビルをつくるか、車両を新しくするのか、耐震補強をするのかという多くの要望のなかでの優先順位の議論が行われます。耐震補強をすると固定資産税は増えることになります。
東北のPC橋も、小修繕を繰り返しながら、利益の出そうな年に思い切って徹底した補修をすることにしました。そのような時期には、メンテナンスの関係者は必死に補修が必要なことを説明することが必要となります。同じようなものを2度と造ったら、責任をとるとの条件で高額の補修費を認めてもらいました。
常に利益の少ない企業は、修繕費という経費は常に節約することを要求されます。安全を確保するために、不十分なお金での修繕では、荷重制限や、徐行などの処置も併用することが余儀なくされます。
このように実際の補修時期と補修方法の選定は、理論ではなく、お金の状況や、補修技術の進歩度合などで選んでいくことが多いのが実情です。
6.アルカリ骨材反応で鉄筋の曲げ加工部や圧接が切れるのは、もともとの弱点が切れる
アルカリ骨材反応で鉄筋の曲げ加工部が切れるとか、圧接部が切れるとかの話題を聞くことがあります。これは初めから鉄筋にクラックが入っていたか、十分に接合していなかったものが切れたのだと思っています。鉄筋は切れるときは伸びて切れるのだが、鉄筋にクラックが入っていたりすると、伸びずに切れます。鉄筋の圧接は、ルールに従ってしっかり施工すれば圧接部で切れないものとなります。圧接面の掃除が不十分などで施工すると十分な強度が出ません。多くの数を施工しようとして必要な手順を省略すると、すぐ切れる接合となります。この場合は伸びがなく、接合部がはがれた状況となるのです。地震が起こるたびに内部の鉄筋があらわになると、多くの圧接部がはがれています。真面目に施工している業者もいるのでしょうが、実態は外観から良否のわからないものは、多くの不良品が紛れ込んでしまうのだと思います。鉄道では圧接は、今は外観で良否が判断できる熱間押し抜きの方法に限定しています。
鉄筋の曲げ加工部の内側はクラックが生じ、曲げ戻すと折れる材質のものが長い間使われていました。鉄筋のJISに曲げ戻し試験という規定が入っていないため、昭和40年代や50年代の頃の鉄筋は、曲げると曲げ加工部の内側にクラックが入りやすい材質でした。
現在のJISによると、以下のようなっています。
「SD295B及び SD345 の寸法の呼び名 D32 以下の異形棒鋼について,
注文者は,特に必要がある場合,曲げ試験の代わりに曲げ戻し試験
を指定してもよい」
今でも、曲げ戻し試験が義務化されているわけではないのです。
国鉄時代に、京葉線の東京駅や、新幹線の上野駅の工事で、連続地中壁を内側の壁と一体にするために、地中壁内に曲げて入れていた鉄筋を斫りだし、曲げ戻して接合するという工事が行われていました。この時、曲げ戻しをすると、多くの鉄筋が折れてしまいました。どうしたら折れないで曲げ戻せるかという実験を当時、構造物設計事務所の何人かがしていました。鉄筋を熱して、800℃程度以上にして曲げたら、曲げ戻した時に折れないなど議論していたのを思い出します。500℃など中途の温度で曲げたのでは、かえって冷間加工より悪いと議論していたようです。この時代の鉄筋の多くは、曲げると内側にクラックが入るのです。今インドの新幹線の仕事に関わっていますが、ヨーロッパやインドの鉄筋の規格では曲げ戻し試験は義務化されています。
(2019年11月1日掲載、次回は12月1日に掲載予定です)