道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ㊿高齢橋梁の性能と健全度推移について(その7) ‐将来に残すべき著名橋になすべきことは‐

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2019.06.01

 ここで論点を切り替えよう。写真‐29を見るとはっきり分かるように、鋼主構や支材などの外観を見ると、山間部であるが凍結防止剤を散布する時代でもないことからか、塗膜劣化や断面欠損などの変状は無い。当時の『萬年橋』橋体が強振動した報告とは異なって、写真からは予想外に健全な状態と見受けられる。『萬年橋』の補強を考え、決定した技術者にヒヤリングしたわけでもなく、決定に至った資料を確認したわけでもないので、これからは私の独断と偏見での話と考え、聞いてほしい。
 明治から大正にかけて建設された鋼アーチ橋は、アーチリブの基部支点をヒンジ構造にした、2ヒンジアーチ形式が数多く採用されている。2ヒンジアーチは、1次の外的不静定構造であり、固定アーチと比べると、応力分布計算に不確定な要素が少ないことからであろう。アーチ形状の梁は、水平反力が十分にあることで力学的に安定した構造となる。
 このようなことから、支点が横方向に移動すると構造系が崩れ、簡単に崩壊するのは橋梁技術者にとっては常識である。アーチ橋は、主となる構造に鋼、またはコンクリートの部材を使い、曲げ剛性を持たせてアーチリブ本体を構成し、リブ断面は曲げによる引張応力度が出ることを許容する設計をし、アーチリブそのものにも曲げ剛性の大きな部材を持たせた設計をするのが一般的である。このようなアーチ橋特有の考え方で、『萬年橋』もアーチリブをトラスで組み上げた、ブレースドリブアーチ構造となっている。
 改めて、明治年間に建設された『萬年橋』の外観を見てみよう。何と、華奢で剛性に欠ける外観と思わないでしょうか読者の皆さん。資金や資材を準備できる時代であれば、『萬年橋』は架け替えの判断をするのが当時でも常道であったと思う。しかし、当時は残念ながら無い、架け替える資金も資材も、そして直営の人手(当時の施工は官直営が多かった)もだ。そこでこの難局を乗り切るために、想像力に富み、技術力に優れた専門技術者がさっそうとその場に登場し、ものの見事に解決、利用者の安全・安心を提供したのである。何とかっこ良いことか!技術者の鏡ですね。難局を乗り切った想像力豊かな考えは、メラン式鉄骨コンクリートアーチ橋への改造案である。

 ここで、メラン式コンクリートアーチ橋の説明をしよう。鉄筋コンクリートのアーチ橋は、セントルを作ってアーチリブのコンクリートを打設するのが一般的で、製作されるアーチリブは、橋梁の幅員と同程度の幅広の寸法を構成することから、支点を鋼アーチ橋のような機械的なヒンジ構造にすることが難しく、固定アーチ構造として建設するのが殆どである。このような理由から、コンクリートアーチ橋を建設する現場環境が、アーチの下側に支保工を造るのが困難な場合は、第一段階で鉄骨によって骨格となる鋼アーチリブを建設し、第二段階で組み立てられた鋼アーチを足場としてコンクリートを巻き立てる、言わばコンクリートを肉付けする方法でコンクリートリブを完成させる手法がある。この建設方法がメラン式アーチ橋である。
 改めて写真を見ると、その結果を知っているから分かるが、二代目『萬年橋』はまさに、鉄筋コンクリートアーチの鉄骨骨組みなのだ。何とかしなくてはならない担当技術者は、華奢な『萬年橋』を眺めつつ、彼の頭に浮かんだのがメラン式鉄骨コンクリートアーチ橋だったのであろう。最終形をコンクリート固定アーチ橋と考えれば、正に眼前に広がる路線バスや自動車が行き交い振動する『萬年橋』は、コンクリートアーチ橋の骨組みとして頭の中にイメージが浮かんだのであろう。人間の頭脳は素晴らしい!如何に人工知能が発達しようと、人間の柔軟で想像力にたける頭脳よりも優れるAI(人工知能)は無い、と実感する事実である。

 私の話が真実であったのか、『萬年橋』2ヒンジ鋼アーチ橋がメラン式コンクリート固定アーチ橋に生まれ変わる状況を、段階を追って見てみよう。写真‐30を見ると、『萬年橋』のアーチ基部付近の鋼部材にはほとんど変状が無く、最も重要なヒンジ支点部にも変状が無いのが分かる。二代目『萬年橋』を構成するアーチの各部材は、華奢ではあるが、美しいライン見ることができ、ここにも明治時代末における日本の優れた鋼橋製作技術を垣間見ることができる。

 写真‐31は、コンクリートを巻きたてる前の『萬年橋』であるが、まだ木製床版を支えていた床組み構造は残っているし、巻きたてる主構や鉛直材以外の鋼部材がはっきり確認できる。コンクリートアーチ橋を建造する仮設のセントルとしては心もとないが、既に鉄骨の骨組みがあるとすれば、要所を抑えた組み方に実に感心する。
 写真‐32は、固定式コンクリートアーチ橋に生まれ変わる工事中の『萬年橋』である。既に巻きたてる鉄骨以外の鋼部材は取り外され、生まれ変わったコンクリートアーチとこれから造る床版に連結するコンクリート垂直材が確認できる。写真‐33は、写真‐32と同時期、補強工事中の『萬年橋』遠景である。2ヒンジ鋼アーチ橋時代と対比するとコンクリート巻き立て部材のみとなったためか、ライズは低いが立派なコンクリートアーチ下弦材目立ち、すっきりして見通しが良くなった。写真‐34は、主構造のコンクリート巻き立てが完了し床版工事施工中の『萬年橋』である。



 ここまでくれば、先は見えた間もなく完成形、工事に拍車がかかる時期だ。写真‐35は、2ヒンジ鋼アーチ橋の重要なポイントの一つであるヒンジ支承部を固定アーチに替える工事状況である。支承の周囲を注意深く掘り込み、丸鋼(異形棒鋼ではない)で組み立て、コンクリートを打設する直前の状況である。
 写真‐36は、先のアーチ構造でも説明した、固定アーチの重要なポイントである支点に十分な強度を持たせるために、大量の鉄筋によって重要となる部分を補強している状況である。この趣旨は、ライズの低いアーチ橋は支点に作用する水平力が大きく、支点移動が長期間起こらないような処理が必要なのだ。
 蘇らせる『萬年橋』を長期に供用させるには何が必要であるか、それを十分に理解していた専門技術者の卓越した技術が、今回紹介した写真以外からもひしひしと感じる。

 今回紹介した二代目『萬年橋』を2ヒンジ鋼アーチ橋からコンクリート固定アーチ橋に生まれ変わらせる長寿命化工事(私は敢えて長寿命化工事と呼びたい)は、2年弱で終わり、平成18年5月には供用開始している。写真‐37は、長寿命化工事が完了した『萬年橋』の外観である、以前の木製床版、鋼アーチと比較して何と安心感を実感できる橋として見事に生まれ変わっている。

 二代目の『萬年橋』は、明治40年(1907年)から36年間供用した後、最新の道路橋として生まれ変わらせる補強工事を行い。その後平成13年(2001年)まで59年間使われ、現在の三代目『萬年橋』に引き継がれている。正しく言えば、四代目であるが、その理由は、二代目を補強する際に幅員を多少広げたが、その後急増する自動車交通量に容量不足となり、コンクリート固定アーチとなった『萬年橋』の横に隣接して、別途上路の鋼トラス橋を建設しているからである。私は今だから話すが、多摩川の河川敷から見上げたコンクリートアーチと鋼上路トラスが重なる外観は、全く美しさが無くなっていた。
 それはそれとして、『萬年橋』の補強工事は、現代に繋がる貴重な教訓と言えると私は考えるが如何であろうか。第二次世界大戦に突入する直前、資金も資材も無い時代、この時代に想像力と技術力に優れた技術者は、物の見事に難題に取り組み、十二分な成果として完了したしたのだ。正に今、現在が『萬年橋』を補強した時代と同じ社会状況であると私は思う。この話を貴重な教訓として、今ある多くの社会基盤施設を有効活用するために、専門技術者の技術力と想像力で乗り切るのが我々の使命であると考える。

 最後にもう一つ話題を提供しよう。『萬年橋』の補強工事と同様な事例が、愛知県・春日井市にある。その橋は、庄内川に架かる愛知県・春日井市と瀬戸市にまたがる『鹿乗橋』である。『鹿乗橋』は明治43年(1910年)に建設された橋長73mの鋼アーチ橋であったが、『萬年橋』に遅れること5年、戦後の昭和23年(1948年、昭和26年との説もある)に『萬年橋』と同様な長寿命化工事が行われている。やはり、戦後の資金も無く、資材が不足していた時代の官直営の工事であった。優れた実例を調べようと意欲があれば調べているし、それを活かそうとする人は、優れた過去の教訓を学び、活かしているのだ。『鹿乗橋』は、現在も地域の重要な道路橋として住民や利用者に愛され、使われ続けている。読者の皆さん、分かりますか私が話す『萬年橋』長寿命化に関する意図が。

 今回は、記念すべき連載50回の記念であることから、私の強き願いを込めて熱き思いで長々と執筆したが、読者の皆さんにはどのように映ったのか、感じたのか聞きたい思いである。

 さて、今回の記念すべき連載50回を区切りに連載の方法を変え、四半期ごとに1篇を掲載する方式にしたいと思う。毎月私は、これだけの量を書き続けて50カ月以上経過したが、連載内容を考える私自身の頭も、そして執筆する手も非常に疲れた。それ以上に、愛読者?の方々も難解な文章を読み続けて疲れたでしょう、私に付き合って。
 私個人としては、読者の皆さんが今日まで私の粗文を読み続けて頂いたことに、感謝の気持ちで一杯である。今後は、私も少し余裕を持って連載内容を考え直してみたいと思う。今後の連載目標は、私の知っている事実、真実を可能な限り忠実に再現し、読者の方々に少しでも役立つよう執筆したいと考えている。私の執筆内容にもし要望があるならば、当連載の責任者である道路構造物ジャーナルNETの“井手迫氏”までご連絡願いたい。それでは、次回9月以降の四半期連載となる51回目までしばし時間を頂くとしよう! See You Again!!

(※次回連載は2019年9月1日に掲載予定です。編集部としては連載間隔に短縮を筆者と交渉中です。読者の皆さんの反響に期待いたします。ご感想などのメールは井手迫瑞樹 idesakom@kokozo.jp までお届けください。筆者にお届けします。)

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