「ハイブリッド型点検」とは?
【オピニオン】回転寿司に学ぶ、インフラ維持管理における最適解。
一般社団法人特殊高所技術協会
代表理事
和田 聖司 氏
新技術をどう使うべきか
昨年末に、国土交通省の森事務次官とお話させていただく機会があった。 この当時のことを振り返ってお話をされていたが、結果としては、思っていたよりも厳しい状況だったようだ。
その後も検証を重ね、試行を重ねてきた国土交通省は、結果として、今年度新たに改定された橋梁定期点検要領の中でも、ドローンなどの新技術は、活用を認める範囲を限定的にした。
省人化、オートメーション、AI活用などから受ける印象は、様々あるものの、社会インフラにおける大きな課題の一つ、コストに対しての期待感はかなり大きいのだと思う。 内閣府が平成29年に実施した「地方分権改革に関する提案募集」においても、コスト縮減への期待から、ドローンやAIの活用を要望する提案が多く見られた。
では、そもそもだが、ドローンやAIなど、先進的な技術による橋梁定期点検は、精度において、また、費用の面で近接目視と比較してどうなのだろうか?
私が知る限り、精度としてはかなり良いところまで来ていると思う。むしろ限られた1部分を抜き出して詳細調査などに用いるならば、人間よりも高い精度で情報を持ち帰ることが出来る物まである。
とはいえ、総合的にみると、人間の作業を代替できるまでには至らない。 特に、現状のルールに則った定期点検という観点から考えると同じ精度で確認出来ない部位が多すぎる。もし出来たとしても、持ち帰ったデータの量が膨大なものになるのは目に見えて明らかだ。
現時点においては、膨大な写真や動画のデータから損傷を自動で検出し、技術者が確認しなくて良いほど、AIは万能ではない。Google翻訳などを使ったことがある方ならば、今のAIの精度がどれほどかを推測しやすいのではないだろうか? 言語の世界ではAIの覇者とまで言われたGoogleですら、ご存じの通り、人が通訳するレベルには達していない。
AIの精度を高める為には、まだまだ正確な情報、教師データの収拾が欠かせない。
従来の点検方法に比べ、報告書作成にかかる時間が各段に多くなってしまっているのが実情であり、それらは全てコストに跳ね返ってくる。
撮影しやすい限られた部材だけを不必要に高い精度で確認出来るということであるならば、定期点検レベルでは大きな魅力にはならない。加えて、不必要に精度の高い結果を得る為にコストが増加するならば、誰も喜ばないだろう。
最近、ドローンを活用した風力発電機のブレード点検が増えているが、この場合でも、点検自体が安くなるという話は聞いたことが無い。
それでもブレード点検でドローンが活用される理由は、現地での点検時間の短さによって、発電所の停止時間が短くなるなど、別のところに理由があるようだ。
点検費用自体は高くても、別のところで取り戻せるならばやる価値はあるだろう。橋梁の場合、橋面の規制が必要なくなるなど、社会的損失が抑えられたり、規制に係る費用が必要なくなることによって、各段にトータルコストが縮減出来る場合はやってみる価値があるのかもしれない。
「安価にドローン点検やります。」という人達が、今後沢山出てくることは想像できる。しかし、そうした業者の多くは、初期段階において、対象構造物の維持管理に対しての知識や経験を持っていない可能性が高いのではないだろうか?
私達のところにも、「ドローンで点検出来ます。」という人達が、少なからずアプローチしてくるが、話を聞くと出来るのは点検ではなく、概ね撮影だけだ。近接目視に比べ点検精度が劣る上に、維持管理に対してしっかりとしたスキルを持っていないとしたら、しっかりとしたスキルを持った技術者が双眼鏡で覗いて点検を行っていた5年前よりも状況は悪くなるかもしれない。
ドローンやロボット技術はあくまでも調査・点検機器を対象まで近づける為の道具でしかない。それらを使って適切な調査・点検を出来る技術者が実施する場合、極端に金額が安くなることは、今のところありえないだろう。
では、ドローンやAIなど、先進的な技術は、現時点では使えないのか?というと、そうでもない気がする。人間が行っている近接目視点検を、100%代替するのは厳しいと思うが、それぞれの能力をしっかりと理解した上で、上手に使うことによって維持管理は格段に進歩すると私は考えている。
ここまで読んでいただいた方は、私がドローンなどロボット技術に否定的な意見を持っていると思われたかもしれない。 しかしながら、私は意外にも、ドローンなどロボット技術の推進派だ。
例えばドローンの場合、見通しが良ければ、全体を定量的に撮影することが可能だし、移動範囲の広さ、速さはかなり大きなメリットになる。ロボット技術やドローンには、それを使うことによる利点がたくさんある。様々な要素、それらバラバラなピースを組み合わせて使うことで、現時点における維持管理の最適解に近づくことが出来ると私は考えている。
点検は、全てをオートメーション化することが目的ではないし、損傷図を作ることが目的でもない。ましてや、国土交通省の省令を満たすことが目的でもないはずだ。適切な維持管理に必要な情報を出来るだけコストを掛けずに得られるならそれに越したことは無い。であるならば、ドローンやAIなどが、最も得意な部分だけを担い、そうでない部分は人間がやれば良い。
前述の通り、人が担っている作業全体をロボット技術に置き換えることで、単純にコストの縮減をはかることは難しいと思う。 しかしながら、それぞれが持つ得意な部分だけ、特にコストの面で縮減がはかれる部分だけをロボットが担うとしたらどうだろうか?
まさに回転寿司の成功事例の通りだ。
国土交通省が2月に発表した「点検支援技術 性能カタログ (案)」記載の表1を見て欲しい。この表の通り、構造物全体をロボット等の新技術で点検することは難しそうだが、得意な部分のみに使うという方法は考えられる。 現時点で言うならば、新技術が得意な部分は、表1のように、条件の整った場所でのみ、コンクリートのひび割れやうきの存在を、ある程度の精度で見つけることが出来るということになるだろうか。