-分かっていますか?何が問題なのか- ㊼高齢橋梁の性能と健全度推移について(その4) ‐将来に残すべき著名橋になすべきことは‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
2.環境の違いが道路橋の健全度に与える影響
今回の分析対象地域は、東京都(島嶼を除く)に位置する道路橋が対象である。地形は、海抜ゼロメートル地域も含む沖積平野の舌状台地の低地の入り組んだエリアから、武蔵野台地、多摩丘陵から関東山地のエリアで構成されている。
気候区分は、主に太平洋側気候であるが、関東山地の部分は冬季に20cm以上積雪する中央高地式気候に属している。平均気温は、27.1℃~1.3℃と幅広く、山間部では1月の平均気温が-3.0℃、夏季には日本全国でヒートアイランドの影響が最も大きいエリアも抱えている。
読者の多くは、東京都は温暖な地域で、海から飛来塩分も少なく、凍結防止剤による被害や凍害などないとお考えの方が多いと思う。私自身も東京都に勤務するまではそう思っていた。今は亡き丸の内の庁舎に転勤して約2年が経過、山間部エリアの担当になった時、初めて経験する変状に触れることになった。今考えれば、お恥ずかしい話ではあるが、敢えて話をしよう。
梅雨が始まる時期に現場に行き、写真-11に示すように、路肩の既製品コンクリートL型街渠がボロボロになり、骨材が手で取れる現場に出くわした。
何故、このような状態になるのかが分からず、コンクリート製品を製造する時の誤りか、何らかの異物が混入したことによる変状と判断。矢印箇所を袋に入れて持ち帰ることにした。私は、持ち帰ったコンクリート片を机の上に広げ、コンクリート工学の技術書と対比する。
知識の少ない私には何故だか分からない。そこで、よせばいいのに大学の材料力学の教授のもとに持参し、相談することにした。私の強心臓もここまでくると呆れ果てるが、今、当時を思い返すと顔が熱くなる。
大学の材料力学研究室、北田教授の前での話となった。
「北田先生、お久しぶりです。一寸先生に相談事があって来ました。多摩地域の山間道路にあるコンクリート街渠が写真に撮ってきたように、ボロボロになって困っているのです。先生どう思われますか? もし時間があれば、このようになる原因を調べていただけますか?」
黒縁のメガネの北田教授は、私が持参した写真数枚と材料片を交互に見て、「髙木さん、これは寒冷地特有の凍害現象と思うよ。でも、東京都の山間部でこのようなひどい状態となるのは他の原因もあるかもしれないので、調べてみましょう」と快く請け負って頂いた。
その後、先生からの要求で私が確認した箇所周辺、数カ所からテストピースを抽出し、研究室に持参した。北田先生の結論は、「髙木さん、典型的な凍害現象ですね。凍結防止剤の影響もあること、水道(みずみち)であること、含水率が高いことなどから東北や北海道などの寒冷地でなくても発生したと思いますよ」であった。
付け加えて「凍害現象を判断するには、外観で、微細なひび割れ、ポップアウト現象やスケーリング現象など特徴ある変状を確認すれば容易にできますよ」とコンクリートの凍害事例写真を見せて細かく説明して頂いた。
私の若かりし頃、『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』からの恥ずべき経験談である。北田教授も頭の中では「もう少し基礎的な勉強をして、その後、本当に分からない時に聞きに来るのが本来だろう。何時ものことだが失礼な奴だ」と思ったに違いない。
しかし、その後、北田教授を奥多摩の山間部(写真-12。冬季に積雪で通行止めする区間・バスケットハンドルニールセンローゼ橋の三頭橋)に案内し、橋梁や道路擁壁部の凍害現象を見てもらい、戦前に架設したコンクリート上路アーチ橋の橋詰めにある、著名な蕎麦屋で楽しく昼食をとったことを今でも覚えている。
こんな経験もあり、私自身、一般的に厳しい環境と言われている飛来塩分の多い海岸地域と、東京都であっても凍結防止剤を散布する山間部の、どちらの健全度が悪いのか興味もあった。それを確認した分析結果が以下である。
それでは、私も興味があった定期点検の分析結果について説明しよう。図-2が都市部の健全度ランクの推移である。C→C→Cが最も多く、9.88%、以下B→C→Cで5.99%、B→B→Cで5.69%、C→B→Cで5.69%、A→A→Aで5.09%、A→A→Bで5.09%となっている。
ちなみに、当初Aランクは78橋の23.4%、Bランクは99橋の29.6%、Cランクは最も多く113橋の33.8%、Dランクは39橋の11.7%、Eランクは5橋の1.5%である。
10年経過した定期点検においては、Aランクは44橋減少して34橋の10.2%、Bランクは15橋減少して84橋の25.1%、Cランクは逆に39橋増加して152橋の45.6%、Dランクは22橋増加して61橋の18.3%、Eランクは2橋減少して3橋の0.8%であった。
次に凍害は一部あるものの、気候としては穏やかな山間部の分析結果を図-3に示した。山間部の健全度ランクの推移は、A→A→Aが最も多く12.86%、以下A→A→Bで7.32%、A→B→Bで7.32%、B→B→Bで7.14%、C→B→Bで4.46%、C→B→Bで4.46%となっている。
都市部と同様にランク別の割合を調べると、当初Aランクが最も多く229橋の40.9%、Bランクは132橋の23.6%、Cランクは156橋の27.9%、Dランクは42橋の7.5%、Eランクは1橋の0.1%である。
10年経過した定期点検においては、Aランクは、90橋減少して139橋の24.8%、Bランクは、逆に82橋増加して214橋の38.2%、Cランクは2橋増加して158橋の28.2%、Dランクは7橋増加して49橋の8.8%、Eランクは1橋減少して皆無となった。やはり、山間部にある橋梁のほうが、健全度レベルは良好であり、10年経過後も同様であった。
最後は、環境的に飛来塩分の影響を受けやすいと言われている海岸から2.0㎞の範囲内にある海岸地域の健全度ランクの推移を図-4に示した。
図-4 健全度ランクの推移(地域別):海岸地域(0~2.0㎞)
海岸地域の場合、C→B→Cが最も多く13.33%、以下C→C→Cで12.22%、B→B→Cで6.67%、B→C→Cで6.67%、D→D→Dで6.67%、C→D→Cで5.56%となっている。他のふたつの地域と比較して明らかにCランク、Dランクが多いことが分かる。
ふたつの地域と同様にランク別の割合を調べると、当初Aランクは11橋の12.2%、Bランクは23橋の25.6%、Cランクが最も多く40橋の44.4%、Dランクは16橋の17.8%、Eランクは無かった。
10年経過した定期点検においては、Aランクは7橋減少して4橋の4.4%、Bランクは8橋減少して15橋の16.7%、Cランクは逆に7橋増加して47橋の52.2%、Dランクは6橋増加して22橋の24.5%、Eランクは0であったが2橋となり2.2%となった。
以上、3つの地域を比較してみると、中央値Cランクを軸に都市部、山間部ともBランク傾向、海岸部はDランク傾向であった。今回の分析結果からいえることは、冬季に積雪し、気温がマイナスとなる地域はあるものの、山間部は環境的に穏やかで健全度レベルは良好と判断した。飛来塩分の多い海岸から2.0㎞内の地域は、塩化イオンによる塩害傾向からか厳しい環境であることが、明確ではないが分析結果からその傾向が読み取れた。
今回の分析結果を、ある程度裏付けられるような資料はないかと考えてみた。その結果が、C橋の上流側に位置する支承と下流側に位置する支承を幾つか対比して見た。写真-13が上流側支承、写真-14が下流支承の塗膜劣化状態である。
左:写真-13 C橋の上流側支承(全く塗膜劣化が無い)
右:写真-14 C橋の下流側(海側)支承(塗膜劣化が著しい)
海岸線から約600mにある、一級河川を跨ぐC橋梁であるが、同時期に塗装を塗り替えている。塗り替え塗膜にこれだけの差異がでるのは、飛来塩分だけでなく、素地調整法や塗料の塗布時期も大きく影響しているとも考えられる。しかし、飛来塩分の影響も確かにあると私は判断した。
本来であれば、より正確に幾つかの対象橋の主桁外面を比較し、付着塩分量の計測結果や塗膜劣化度をもとに判断すべきであるが、論文ではないのでご容赦願いたい。
以上が、環境の違いによる健全度の差異を分析した結果の説明である。やはり、東京都の場合、健全度の悪化は、山間部の凍害や凍結防止剤散布地域として、海岸部の飛来塩分による影響のほうが大きかった。北海道や東北などの大量に凍結防止剤を散布する地域と、東京の山間部とは、散布量も温度も異なることから、同様に考えるのは無理であったとも思った。
最後に読者の皆さんが期待する、話題を提供して今月は終わりとしよう。